囮捜査(1)

文字数 2,215文字

 その日、私服の純一少年は、学生風の女子(と言っても実は成人だったのだが)と連れ立って都内の一角を歩いていた。

 純一少年は、ビルの角を曲がって裏通りに入った時、辺りに人気が無いのを確認し、彼女に小声でそっと耳打ちをする。
「どうして僕たちが、こんなことをしなきゃ、ならないのですか?
 矢口隊員、僕たち航空迎撃部隊でしたよね。これって、空からの攻撃って訳じゃないですよ……」
「いいじゃん、純一君。あたしたち暇なんだしさ。宇宙人の資金源を断つって事も大切な仕事だよ。それに、こんなこと出来るのって、あたしたちだけでしょう?」
「面倒臭いなぁ……」
 純一少年と変装した矢口ナナ隊員は、宇宙麻薬の販売実体の囮捜査を行っていた。尚、彼らがこの役に抜擢されたのは、余りにAIDS隊員らしくないとの理由であった。

「でもね、あたしたちの役目は宇宙人の逮捕じゃないからね。単に販売の実体を掴むだけだからね。分かってる?」
「はいはい。僕も街中(まちなか)で宇宙人と大立ち回りなんてご免ですよ……」
 純一少年も諦めたのか、タメ息を吐いて小さく微笑んだ。
「じゃ、行きましょう。純一!」
「仕方ない……。行こうぜ。ナナ!」

 二人は怪しいと噂のあるドラッグストアの前まで移動し、そのまま、そのドラッグストアへと入っていった……。
 彼らは店に入ると、店の中の商品を隅から隅まで見て回る。まるで何かを探しているかの様に。そして、一通り見て回ると、二人はお互いの顔を確認し、首を横に振って店を出る。いや、店を出ようとした。
「何かお探しでしょうか?」
 店員の問いに、純一少年が何も考えていない様に、あっけらかんと答える。
「友達が前来た時、ここにさ、薬があるって言ってたんだけどさ……」
 矢口隊員が、純一少年の脇を小突く。
「純一、やばいよ……」
「大丈夫だよ、別に買ったって訳じゃないし。でも、ガセだったらしいぜ」
「どのようなお薬でしょうか?」
 純一少年は、店員の問いに、あっさりと宇宙麻薬の名を告げる。
 店員は驚いた様な態度をとって、「すみませんが、その様なお薬は、当店では取り扱っておりませんので……」と答えた。
 矢口隊員は、純一の手を取ると、引きずる様に店を飛び出した。そして二人は、走る様に、そのまま街外れの方へと逃げ出して行ったのである。

 純一少年と矢口隊員は、人気のない工事現場の砂利置き場に走って逃げ込み、そこで立ち止まって息を整えた。そして、辺りに誰も人がいないのを確認してから話しを始める。
「これでいいんですか?」
「うん、OKだよ。今回はこれでいいと思うよ。次はあの店員を避ける様にして、何回か店を覗くの。あの店員には会いたくないって態度を取るのよ。当然、何の薬を探しているか、あの店員には分かっているからね……」
「なんか、態とらしいなぁ……」
「ええ、恐らく奴らも、私たちを捜査員と疑って掛かって来るんだって。だから『迂闊に店に近づかない方がいい』って、情報探索部隊の人も言っていたわ……」

 彼女の言葉の終わった直後、彼らの来た道の方向の物陰で小さな音が聞こえた。
 それは砂利を踏んだ音だ。
 純一少年は、彼の魔力を封じている鼈甲の腕輪をさっと外し確認し、その結果に愕然としてしまう。
「矢口隊員、僕たちは囲まれている。今日、始めて店に現れたと云うのに、もう対応して来るとは……。少し相手を甘く見過ぎた!」
「え? どうしよう、純一君。私たち、武器を持ってないよぉ」
「取り敢えず、相手の出方を伺いましょう。もし、相手が攻撃を仕掛けてくる様だったら、一般人の振りをして、少し素手で抵抗し、適当な所で降伏しましょう……。
 捕まってしまっても、直ぐにAIDSの誰かが助けに来てくれますよ……」
 二人が小声で相談していると、何人かの怪しい男が二人の前に現れた。しかし、それで全員ではない。資材の陰に、まだ何人か待機している様だ。

「お前たち、何者だ!」
 純一少年が分かり切ったことを、お約束の様に尋ねた。
「君たち、薬を探しているんだろう? 分けてやってもいいんだぜ」
 純一少年は彼らの意図が分からないので、とりあえず囮捜査を続行する。
「本当っスか?」
「純一、やばいって、こいつら麻薬Gメンかも知れないよぉ」
 矢口隊員も、純一少年に合わせて咄嗟に囮捜査上の役を演じる。
「うっさいな~」
 純一少年は、矢口隊員に文句を言ってから、愛想笑いをしながら怪しい男との交渉を始めた。
「で、済みませんけど、そいつ……、幾ら位なんスか? 高いんスよね?」
「君たちが付いて来てくれれば、今日はサービスだ、只で分けてやるよ」
 純一少年は単純に嬉しそうな振りをし、矢口隊員はそれを心配する彼女の役を演じる。そして、嬉々として付いて行く純一少年に、矢口隊員も一緒に付いて行こうとした。
「ナナ。お前、帰ってろよな! ちょっと、うぜぇんだよ……」
 純一少年は矢口隊員を帰し、情報探索部隊の捜査員に連絡を着けさせようとする。だが、それは相手に拒絶されてしまった。
「彼女が帰るんなら、薬は出せないな」
「え~、こいつ薬はやらないぜ。うるさいだけなんスけど……」
「なんだよぉ、純一を心配してるのに!」
 純一少年は矢口隊員を帰すことを断念した。ここで少し疑われたかと思われるので、少し口喧嘩をして、矢口隊員を帰そうとした不自然さを誤魔化そうと考えたのである。
「しゃ~ねえな、付いて来いよ。でも、ごちゃごちゃ言うんじゃねぇぞ!」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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