訪問者(4)
文字数 1,806文字
「純一君、君の妹さんは『少し困る』と言っていたけど、僕には、あの怪獣は、それ程危険な存在とは思えない。ある意味、台風や洪水などの自然災害の方が、被害の深刻度は高いんじゃないか? ここは寧ろ、攻撃せずに放っておく方が得策なのではないかな?」
それに答えたのは耀子の方だった。
「直接的にはそうです。でも、ベヘモットは物凄い量の植物を食べるのです。今はまだ食欲が無い様ですが、あの巨体です。食べ出したら、レべノン杉などは全部食べ尽くされてしまいますわ。そして、それが済んだら次の森林が狙われて、それも直ぐに食い尽くされてしまうでしょう。
それから、あのゲップ。あるいはおなら。それらの量も半端ではありません。恐らく、相当量の二酸化炭素やメタンガスが含まれています。この二つに因って、徐々に大気のバランスが崩れ、温室効果ガスが増えていき、そのうち地上は、極端な気候変動に見舞われてしまうに違いありません」
「そうですか……。なら、急ぎではなくとも、矢張り、倒さなけりゃならない相手だってことなのですね……」
「しかし、おならとゲップで人類が滅びるなんて、洒落にならねえな」
鵜の木隊員が、場を和ませようと言った冗談だったのだが、誰一人として笑うものはいなかった。
暫くの間、航空迎撃部隊の面々は作戦室のTVモニタに齧り付いていたが、人間側の一連の攻撃が終ったと見え、双方の動きも殆ど無くなり、緊急放送は怪獣の出現原因など、怪獣に詳しい有識者の解説などが中継に挟まれていく形に変わって行った……。
蒲田隊長は、現時点では原当麻基地が対処できることは何も無いと判断し、全員に待機命令を出すことにした。
「取り敢えず、今は大きな動きが無い様だ。我々としても、今後、どのような要請があるか分からない。矢口隊員を除き、各自自室にて待機。矢口隊員は済まないが、俺とここで連絡係を務めてくれ。
えーと……、耀子さんには、申し訳ありませんが、純一隊員の部屋で待機していて頂けませんか? 基地内を部外者に歩かれると、色々と五月蝿いことを言われるもので……」
「分かりました。ご面倒おかけします」
そう言うと、耀子は蒲田隊長に一礼をし、純一少年、美菜隊員の後に続いて、二人の部屋へと向かった。同様に、他の隊員も隊長命令に従って自室へと戻って行く。
動きがあったのは、待機命令が出てから8時間後のことであった……。
各自が持つ携帯の緊急コールが鳴り響き、その緊急呼び出しに応じ、全隊員が作戦室へと一斉に集まってくる。勿論、その中には、部外者である耀子の姿もあった。
「隊長、どうしたんです?」
「やりやがった……」
沼部隊員の質問に、蒲田隊長はモニタを指さしながら、吐き捨てるようにそう答える。
作戦室のモニタを見た航空迎撃部隊の隊員は、思わず息を飲み込むしかなかった。なんと、皆が見たそのモニタには、巨大なキノコ雲が映し出されていたのである。
「国連の要請で、A国の核ミサイルが使用された様です……」
矢口隊員の説明も、何人の隊員が理解できたのか分からない。全員が口を少し開いたまま画面を食い入る様に見つめていた。
「で、あの怪獣はどうなったんだ……?
まさか、核も通用しないって云うんじゃないだろうな? 糞! この画面じゃあ良く分からねぇ……」
鵜の木隊員の問いには耀子が答える。
「どうやら、怪獣は退治された様ですわ。あそこから、怪獣についての脅威が無くなっていますから。でも、何かが引っかかるのです。何か、核で倒せたことが、むしろ悪い結果である様な、そんな嫌な気がします……」
「確かに、核の使用は、それほど急ぐ相手でないのだとしたら、短絡的な判断の様な気がしますね。この後、放射能の除染やら、色々な後始末をしなければなりませんから……。
でも、撃ってしまった以上、倒せたことは良かったと思います。倒せなかったら、核汚染しただけで、丸損ですからね……」
下丸子隊員の言葉は、皆にとっても、感情的には納得できないものではあったが、確かにその通りと思わせる内容であった。
「結果として怪獣がいなくなった訳だから。俺たちAIDSとしては、これでミッション終了ってことか……。なんだか、すっきりしねぇな……」
この沼部隊員の言葉は、皆の気持ちを表す内容だった。しかし、事件はこのまま収まりなどはしなかった。