訪問者(3)
文字数 2,280文字
「耀子、何やってんだ?」
「お兄ちゃんが遅いから、お二人とお話していたんじゃない。ママが『美菜さんに宜しく』って伝えてくれって……」
「おお、ご苦労さん……。でも、変なことは止めてくれよな。お前とか盈さんが現れると、大悪魔の恐ろしいイメージが、どうも卑猥で下品なものになっちまう……」
「はぁ? お兄ちゃんにだけは言われたくないわね! お兄ちゃんだって、この世界で何やってたんだか……」
「お前ほど、
「まあまあ、純一君、積もる話もあるだろう。部屋に美菜隊員と戻って三人で話でもしたらどうかな? 今日はもういいから……」
隊長の蒲田が気前のいいことを言う。
「妹と積もる話なんて無いですよ……」
これにはカチンときたのか、耀子も純一少年に詰め寄って文句を言う。
「大体、テツがそんな感じだから、いつも周りに迷惑が掛かるんだ!」
そこまで言って、突然、耀子は貧血でも起こしたのか、前のめりになって
「もう、何やってんだ耀子! 言ってる傍から、蒲田隊長にまで抱き付いて……」
「違う! テツ、お前も腕輪を外してみろ。すみません、誰か、ニュースをつけて頂けませんか? 中東あたりの……。この世界にも中東ってあるのかしら?」
だが、耀子がそれを指示するまでもなかった。各自のスマホに緊急ニュースの到着音が鳴り響き、その緊急ニュースに耀子の知りたい内容が書かれていたのである。
『レバノン南部に、巨大生物出現!』
航空迎撃部隊のメンバーと耀子は、作戦室に急いで戻り、テレビのモニタに映った謎の巨大生物の動向に注目した。この異常事態に、耀子が部外者だとか、そう云うことを気にしている余裕は、もう誰にも無かった。
その生物は、大きさは優に200メートルは超え、一見するとサイとカバを合わせたような姿をしており、背中に生えた毛や角から、牛の仲間の様に見えなくない。
その生物は、特に激しく暴れるでもなく、ゆっくりと移動しているだけで、現時点では、まだ大きな被害は出ていない様だった。
「耀子、これって、もしかすると……」
「ああ、ベヘモットかも知れない」
純一少年の言葉に、純一少年の鼈甲の腕輪を着け、何とか回復した耀子が後を継いだ。
だが、皆には伝わらないらしく、その名前について、美菜隊員が耀子に質問する。
「ベヘモット?」
「ええ、ベヘモット……。古代の神話に出てくる巨大草食動物ですわ。神が人間の宴の為に用意されたものと言われていますのよ。彼は畜肉を担当していて、他に魚担当のレビアタン、鳥肉担当のジズなどがいるらしいのです。そうは言っても、今、どれが現れたとしても、私たちは少し困るのですけどね……」
テレビの画面には、それまで巨大生物出現の画像が色々な角度で映し出されていた。だが状況が一変し、怪獣の討伐作戦の実況へと内容が変わっていく。飛んできたのは国連軍だろうか、爆撃機がその巨大生物に攻撃を加えようとしていた……。
幾つものミサイルが、巨大生物の体に命中していく。また別の爆撃機も爆弾を次々と巨大生物の背中へと投下していった。小さな町ならもう既に廃墟と化している量だ。
「そう言えば、昔、盈さんが、一人でレビアタンと闘ったとか言っていたわね」
「で、どうしたって?」
「殴り殺したとか言っていたわ……」
「聞くんじゃなかった……。あの人の言うことは全く参考にならない! と云うより、先ず信用できやしない!!」
そうこうしていると、人間側の攻撃がひと段落した。怪獣の背中の毛か何かは、まだ燃えていたが、特に致命傷は与えられていない様子だった。
少し経って第二波の攻撃が始まった。今度は搭載された爆弾の量が、先程よりかなり多い様で、爆撃は暫くの間続いていた。巨大生物も鬱陶しくなってきたのか、尻尾で反撃を試み、一機の爆撃機が撃ち落とされる。
そして、巨大生物は、口から見えない何か吐き出し、それに当たった何機かの戦闘機は、空中でバランスを失い落下した。
結局、その攻撃が終った時点での怪獣へのダメージは、攻撃が始まる前と大差ない様であった……。
「何をしたんだ? あの怪獣は……」
沼部隊員の疑問には、純一少年が答える。
「恐らくゲップですね」
「ゲップ?」
「ええ、ゲップです。あれだけ巨大な生物のゲップですから、決して侮れませんよ。相当量の二酸化炭素の塊が、戦闘機にぶつかったと思われます」
暫くすると、今度は空中要塞とも言うべきジズが画面に一機登場した。AIDSもこの巨大生物退治に駆り出された様だ。
ジズは何十機もの艦載機で攻撃しつつ、主砲や搭載ミサイルで巨大生物の全身を火の海へと変えて行く。
ジズの搭載兵器は、異星人や宇宙怪獣の討伐を想定しているだけあって、この空中戦艦の攻撃に対しては、巨大生物も少なからずダメージを受けている様であった。だがしかし、これも何回目かのゲップを受け、爆発こそしなかったが、地上に墜落した。
「お、怪獣の皮が焼け落ちていく!」
鵜の木隊員の口から、歓喜の声が上がる。だが、それも、直ぐに落胆のタメ息へと変わっていった。
巨大生物の皮は、屋根瓦のように硬化した皮膚が、うろこ状に重なって彼の体を覆っていたのだが、それが一枚焼け落ちると、その下には、ちゃんと新しい屋根瓦が準備されていたのである。