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 純一少年とその妹耀子、二人の命を賭けた作戦に、下丸子隊員は「リスクがある」と異議を唱えた。それに対し、全員の意を汲み、蒲田隊長がリスクの意味を問う。

「どういうことだ? 下丸子」
「これは偶然かも知れませんが、今までの傾向から、奴は1体が死ぬと新たに2体が覚醒しています。核爆発が原因とも考えられますが、単純に他の個体の死が要因と考えられないこともありません。
 つまり、奴は仲間の死によって覚醒するようプログラミングされている可能性があるのです。丁度、スズメバチを潰すと、そのフェロモンで仲間のスズメバチが攻撃的になる様に……。
 ですから、ここで、仮に純一君たちが3体倒しても、新たに6体の怪獣の相手をしなければならなくなる危険性があります。それも、純一君たち無しにです」

 鵜の木隊員が、下丸子隊員に反論する。
「しかし、このまま手を(こまね)いている訳にも行かないのじゃないか? 耀子さんが言う様に、3匹の怪獣をそのまま残しておいても、俺たちに未来はないぜ」
 蒲田隊長が鵜の木隊員に賛同した。
「確かに、その上放っておいても核ミサイルで怪獣が撃ち殺される危険が高い。その時は、放射能汚染の上に怪獣が増えるという最悪の事態もあり得る」
「ですが、矢張り、奴らを殺すと云うのは、リスクが高いのではないでしょうか? 少なくとも、純一君たちが死ぬ危険のある作戦は採るべきではないと思います……」
 そして下丸子隊員は純一少年に向かって、こう付け加えた。
「これは感情論ではないよ。僕の出した理性的な判断だ」

 今度は耀子が修正案を出す。
「だったら、月に送り込むなんてどうでしょうか? それなら怪獣を殺さなくても済むと思います。それでも、新たなベヘモットが地上に出現すると云うのなら、もう、どうしようも無いですけれどね……」
「おい耀子! 月までどれ程あると思っているんだ? 僕たちでも、10日や20日程度じゃ到着出来ないぞ!」
 純一少年が年上の妹の意見に反対した。それには、流石に耀子も認めざる得ない。
「ざっと、38万キロと云った所か……。大気圏内まではある程度浮力で加速できるが、それからは、慣性と光線砲の反動で進むしかないな……。
 取り敢えず、飛んでしまえば、何日掛かろうとも構わないだろう? 私たちさえ死ななければ、月までは行き着く筈だ」
「おい、僕たちが今、大気圏と言っているのは、実は成層圏までのことだ。気球の浮力で浮上できるのはこの辺りまで、中間圏や熱圏はとてもじゃないが超えることは出来ない。
 その後、上昇する勢いを利用して月まで向かう心算かも知れないが、それは無理だ。中間圏だって実際は大気圏だ。大気圏は1万キロもあり、その間の空気抵抗も零ではない。
 この空気抵抗の影響を小さくし、勢いで上昇するためには、ある程度の慣性が必要だが、ベヘモットは気球とする為に、質量を低下させてるのだろう? 慣性を大きくしようして質量を戻すと、今度は地球の引力の影響を受けて落下してしまう。(そもそも)、あと1匹はどうする? 全部で3匹いるんだぞ!」

「ならば、推進力は光線砲の反動でいいだろう? テツが月に着いたら真久良で戻れ。そして、生気を補給させて貰ったら、最後の1匹を処理をするのだ。それなら、2度目も充分時間があるから、次の真久良が使える。テツはそれで戻って来れる」
「余裕があり過ぎだ! 戻って来た頃には、核ミサイルでベヘモットは何匹かに増えているぞ!! (そもそも)、月に運んでしまった奴が、そこで生きていけるって保証など、何処にも無いじゃないか……」

「じゃあ、どうすれば良いと言うのだ?」
「僕に、ひとつだけ考えがある……。もっと、簡単な方法なのだが……」
「どういう方法だ?」
「お前、(えん)を持ってきてるだろう?」
「ああ、あるぞ……。憑依しなければならなくなるかも知れないし、ここで悪魔と闘うこともあるかも知れないからな……。勿論、テツの(えん)だって持ってきてる。で、それで、どうすると云うのだ?」
「地面に潜らせるのさ、奴らが出て来たのと反対に。奴らの自身の力で……」

 理解できない表情の耀子に、純一少年が詳しく作戦を説明し始めた。
「僕が奴に憑依する。奴らは地面から出てきたんだ。地面に潜る能力くらいはあるだろう。そして、奴らは地面の中で休眠していた。恐らく地面の中に、奴らを休眠させる何かが存在している筈だ。だから、地中に潜ってやれば、奴らを再び休眠させることが出来るんじゃないかと思う。
 もし、奴を休眠させることが出来なかったとしても、奴に憑依すれば、奴が覚醒した理由が分かるだろうし、1体が死ぬと2体が甦るのが事実かどうかも分かるだろう……。 奴らの絶対数、消去する方法も、それで分かるかも知れない……」
「成程……。だが問題がある。私たち2人とも、憑依は得意じゃない……。自力で憑依や離脱することが、私たちには出来ない……。奴に憑依することは、(えん)があるから出来るかも知れないが、奴から元の体に戻ることが私たちには出来ない……」

 ここで美菜隊員が耀子に質問した。
「あの大悪魔みたいに、憑依したり戻ったりすることが、2人には出来ないのですか?」
「私たち2人は、自由に憑依することが出来ないのです。これは熟練度の問題だと思うのですけど。私たちは憑依する為に、(えん)と云う水晶玉を使う必要があるのです。
 (えん)と云うのは本来、悪魔の能力と生気を奪い取ってしまう道具なのですけど、私の(えん)で私自身の生気を吸い取ると、私は生気を奪い取られて死に、行き場の無くなった私の生気は、生命エネルギー体……魂の様なものですね……、エネルギー体となって、空間を彷徨(さまよ)います。そして、エネルギー体になって初めて、私たちは死体か何かに憑依することが出来るのです」

 耀子は、そのまま純一少年に反論する。
「私たちは、(えん)でベヘモットに憑依することは出来ると思う。だが、ベヘモットになってしまうと、手が使えないから、もう琰を使うことは出来ない。もし、その状態のまま地中で休眠してしまったら、(えん)どころか、何もすることが出来なくなってしまうだろう……。
 仮に、(えん)を使えたとしても、自分の体に戻って憑依する為には、自分の体が近くにある必要がある。私たちはエネルギー体の状態のままでは、そんなに長く生命を維持できないからな……」
「だからだ、最初の1体には、耀子の協力が必要なんじゃないか!」
「どう云うことだ?」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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