止まっていた時計(5)

文字数 2,016文字

 自らの遺体を担いだ鉄男と耀子は、再びベレン基地へと戻ってきた……。

 鉄男は自らの遺体を滑走路に置き、正信への憑依を琰を使って解くと、自分の身体へと再び憑依し直して蘇る。
 一方、耀子の方は、自分の身体を担いだままで、ここでは沼藺(ぬい)の身体への憑依を解きはしなかった……。
 ま、特に深い意味はない。
 単に、次のベヘモット封印の際、沼藺(ぬい)に憑依した状態でカプセルに入るから、直ぐに、また憑依をしなければならないと考えた耀子が、不精して、そのまま沼藺(ぬい)への憑依を維持しただけである。

 十数分後、そんな彼ら四人、正確には三人と1つの遺体を、AIDSべレン基地に到着したガルラは機内へと回収した……。

 機内では見慣れない二人を、純一少年が蒲田隊長以下三隊員に紹介する。
「僕の横にいるのが、狐正信こと紺野正信。以前、僕たちが参加していた組織、ラクトバチルスの多摩支部長です」
「皆さん、宜しくお願いします。わたくしは妖狐、あ、耀子さんではなく、妖怪キツネの妖狐……。妖狐、紺野正信と申します」
「私が、AIDS航空迎撃隊長の蒲田です。妖怪キツネですか? 随分と変わったニックネームですね」
 美菜隊員も彼に声を掛ける。
「その節は、お世話になりました」
「おや、以前お会いしたことがございましたか? これは失敬、気が付きませんでした」

 純一少年は、続けて沼藺(ぬい)を紹介する。
「こっちは……、中身は僕の妹の耀子なのですが、体は白瀬沼藺(ぬい)、僕の高校時代のクラスメートです。彼女も実は妖怪で、通称、妖狐シラヌイと呼ばれています」
「あら? 妖狐じゃないわよ。確か神仏の使いになった筈だから、霊狐シラヌイよ……」
 憑依していた耀子が、沼藺(ぬい)の口から彼女の肩書きを訂正した。だが、その後は突然、何も喋らなくなる……。

「え、ええ? どうして突然耀子ちゃん、私に替わるの?」
 耀子は、顔を真っ赤にしてモジモジし出した。急に身体の制御権を、耀子が沼藺(ぬい)に戻したらしい。
 そんな沼藺(ぬい)に、美菜隊員が近づいていき、右手を差し出して握手を求める。沼藺(ぬい)も、驚きながらも彼女の手を握り返した。
「新田美菜です。宜しく。確か、以前、純一とお付き合いされていたとか……」
 純一少年は『よく覚えているなぁ』と思ったが、まさか口には出来ない。

「は、はぁ、すみません。でも、あの……」
「冗談です。本当に素敵なお嬢さんだわ」
「ありがとうございます。あの……、要君のこと、宜しくお願いします。お幸せになれるよう、心からお祈りしています」
「ええ。あなたの大切な鉄男君のことは、あたしが必ず幸せにしてみせます。ありがとう、沼藺(ぬい)さん。あなたとお話することが出来て本当に良かったわ……。あたし、あなたに会えなければ、このまま、見たことも無いあなたに嫉妬し続けるところでしたわ。本当に会えて良かった。あなたにも、あなたの前世の方にも……」
「え?」

 ガルラを操縦しているのは鵜の木隊員だ。
 その彼の操作により、蒲田隊長機は機首を下げ、そのままアマゾン中央のベヘモットの背中へと降下して行く。
 ベヘモットの姿は近付くにつれドンドン大きくなり、熱帯雨林に浮かぶ小さな島から、巨大な大陸へと変わって行った。

「隊長、そろそろ第2の目的地の上に着陸します。耀子さん、純一、頼んだぜ。こつちの怪獣も!」
 二人は、その言葉に黙って頷く。
「そう言えば……、耀子さんの身体は、そのままソファに寝かしたままの常温で、本当に大丈夫なのか? 痛んだりしないのか?」
「大丈夫ですよ、鵜の木隊員。こいつの身体なんか、ネズミどころか、(かび)も寄り付きゃしませんよ。ほっといても、これ以上は臭くならないですから……」
 そう言った純一少年の首に、沼藺(ぬい)の手首から伸びた細い金色のロープが絡みつく。そして、パチッと言う音が、火花と共に船内に響き渡った。
「止めろよな耀子! 沼藺(ぬい)の電撃だって、結構威力あるんだぞ!!」
 そう言って、純一少年が指先を細いサーベル状の黒い刃に変えて、首に巻き付いたロープを切ろうとする。しかし、その前に耀子が手首を返してロープを巻き取った。
「失礼なこと言うからよ! でも、この体いいわね。沼藺(ぬい)ちゃんの武器が全部使えるんだもん。おまけに若くて美人だし……。盈さんが若い子に憑依し続けるのが、何となく分かる気がするわ。私、このまま沼藺(ぬい)ちゃんになっちゃおうかしら……」

 操縦管を握りながら、鵜の木隊員が耀子に反対する。
「そんな……。俺は前の耀子さんの方が、ずっと素敵だと思いますよぉ」
「あら、本当に和志さんって、お世辞がお上手。もう私、夫と子供を棄てて、この世界に残っちゃおうかしら……」
 呆れた純一少年が、妹を揶揄した。
「はいはい……。直ぐに着陸だよ、要妹(やおめい)ちゃん。準備は良いのかな?」
「ん? それじゃ、パンダのお兄ちゃん。2匹目行きましょうか?」
 その台詞を聞いて、正信と美菜隊員はもう噴き出している。蒲田隊長も顔を歪ませて、必死に笑いを堪えていた。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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