訪問者(1)
文字数 1,913文字
オペレータ席に座っていた矢口隊員が、今来た電話の要件だろう、作戦テーブルの脇に立っていた美菜隊員に、彼女の婚約者である純一少年の居所を尋ねた。
AIDS原当麻基地、航空迎撃部隊作戦室には、蒲田隊長を始め、鵜の木隊員、美菜隊員、矢口隊員の4隊員が待機している。沼部隊員は今自室で休憩中だ。
「まだ旦那じゃないわよ。あいつの給料じゃ暮らしていけないから、当分の間、あいつは弟よ。で、純一なら下丸子隊員と発着訓練、エアレイで飛んでるわ」
「もう事実上、夫婦だろう? ずっと一緒の部屋で暮らしているんだから……」
テーブル向かいに立っている鵜の木隊員がチャチャを入れる。
「そう云うことは一切しておりません。で、どうしたの矢口隊員?」
「今、正門警備の方から電話で、美菜隊員と純一隊員に面会の方が見えているらしいですよぉ。純一君のご家族で、藤沢さんと云う女性ですって……」
「藤沢? 聞いたこと無いわね。それにあいつ、この世界に来てから、直ぐに父の養子になった筈よ、家族なんて、何処にもいる筈ないんだけど……」
「純一のことだから、前みたいに抜け出した時に知り合った女性じゃないのか? あいつ結構もてるからな……。『私の純一さんと別れてください』なんて、新田に言いに来たんじゃないのか?」
「冗談やめてよ! 鵜の木隊員!!」
蒲田隊長がその雑談に加わり、美菜隊員にその女性のエスコートを指示する。
「取り敢えず、一般立ち入りが許されている第一食堂のテーブル席にでも、ご案内したらどうだ? 純一君が戻ってきたら、直ぐにそちらに行かせよう」
美菜隊員は敬礼を返し、蒲田隊長の指示に従い、純一少年の家族と云う謎の女性に、若干の疑いを持ちながらも、その女性を迎えに行くことにした。
正門前にある待合室には、三十前後の落ち着いた雰囲気の女性が、一人長椅子に座って待っている。恐らく彼女が、藤沢と名乗る女性なのだろう……。
美菜隊員は、彼女へと近づいて行った。
「お待たせしました。新田美菜です。純一君は今訓練中の為、直ぐにはお会いすることが出来ません。暫くの間、食堂の方でお待ち頂けますでしょうか?」
「あなたが新田美菜さんなのね。私、藤沢耀子と申します。お手数おかけして申し訳ありません。宜しくお願いします」
女性は立ち上がり、ゆっくりと美菜隊員に頭を下げた。
美菜隊員はこの女性に見覚えがある……。
しかし、誰だったか、どうにも思い出せない。確かに、どこかで会ったことがある筈なのだが、どこであったのか記憶の奥底を当たっても出て来ない。
もしかすると、それは彼女の封印された記憶に存在している女性なのかも知れない。そうだとすると、この女性は、あの凶悪な悪魔の知り合いであり、非常に危険な存在である可能性が高い……。
美菜隊員は、彼女を案内する間、彼女と会話することを控えた。そして、テーブル席に彼女を案内したら、誰かと二人以上になってから彼女と話すべきであると考えている。
第一食堂のテーブル席に彼女を案内し、彼女の為にコーヒーを持ってくると口実を付け、美菜隊員は席を離れようとした……。
だがしかし、その前に藤沢耀子と名乗る女性に呼び止められてしまう。
「美菜さん、私、コーヒー苦手なの。それより、先ずあなたとお話がしたいわ……」
美菜隊員は仕方なく、その女性の正面の席に腰掛けた。
「美菜さんが素敵な女性で良かったわ! これなら、きっと父や母も安心すると思う」
「あの……、失礼ですが、純一とは、どのようなご関係でしょうか? まさか……、純一と恋愛関係にあるとか……?」
「まさか! そんなこと、ある訳ないじゃないですか!!」
その女性は口に手をあてて、クスクスと抑える様に笑った。
「私は要鉄男の妹ですわ、お義姉さん」
「え?」
「そうよね、兄は時空をブラブラして歳を取らなかったから、私の方だけが、こんな小母さんになっちゃって、文字通り鉄男の叔母で通る歳なんですもの……」
「え、ええ?」
「だから、私が耀子、旧姓要、要耀子」
そう言われてみれば……。
どこかで見たことがあると思ったのは、『十の思い出』で現れたブレザーの少女。それから、高幡不動に住んでいる小学生の曜子ちゃん。彼女にも確かに似ている。
「と云うことは、あなたも大悪魔?」
「ええ、元ですけどね……」
美菜隊員は正直困惑した。彼女のイメージにある大悪魔は、凶悪なあの大悪魔、妖怪じみた
おばば様
、そして、美しくも恐ろしい月宮盈と呼ばれた大悪魔だ……。新田純一は、かなり特殊なケースだと認識している。そして、ここにまた、新たな大悪魔のタイプ……、普通の婦人の大悪魔が現れた。