早打ちの男(4)
文字数 2,088文字
そして、残りの時間は、ラウンジのソファでまったりと過ごす……。
だが、そんな寛ぎの時間も、何時しか、そろそろ帰りのことを考えなければならない時刻へと差し掛かっていた。
「さて、結構遊んだし、浴衣から着替えて帰ろうか? 純一」
「そうですね。なんか、久し振りに、はしゃいだ気がするなぁ……」
鵜の木隊員は、それに同意はしていたが、敢えて口には出さなかった。
この少年は、本来この様な快活な性格で、基地内での態度や表情は、全て作り物なのだろう……。彼は恐らく……。
鵜の木隊員にはそう感じられた。
そして、それは嘘とか、演技とかではなく、彼が生きていく上で自然と身に着いてしまった習性に違いない。
だが、それを指摘するのは得策ではなく、こうして時々、彼と息抜きをするのが、今は一番彼の為なのだ……。
鵜の木隊員はそう思った。
「じゃぁ、純一。俺は着替えてくるぜ。ここで待ち合わせな……。おいどうした?」
鵜の木隊員が純一少年を見ると、彼は左手に嵌めていた鼈甲の腕輪を外し、何か難しい表情をして考えごとをしている様だった。
そして、暫くそうしていたかと思うと、我に返った様に、鵜の木隊員の方を見て、小声でこの状況を説明する。
「敵がいます」
鵜の木隊員も真顔に戻り、純一少年との会話を小声にシフトチェンジする。
「なんだって?」
「正確には、地下基地がこのホテルにあると言った方がいいでしょう。どうします?」
「AIDSの基地がこんなところにあるなんて、俺は聞いたことがない。基地があるとすれば、恐らく宇宙人の前線基地だろう……。
一応、敵さんの目的を確認しようじゃないか……。で、侵略基地なら君の姉さんに連絡を入れ、そいつの破壊を要請する」
「僕の勘だと……、どうやら、その可能性が高そうですけどね……」
「純一、敵さんの基地の入り口が何処かも分かるのか?」
「ええ……。あの非常口の扉を左から先に開いて、右の扉側から入るのです」
純一少年は、ロビーの端の方にある従業員用に見える非常口を、目立たない様に後ろ向きのまま指差した。
「分かった。行こうぜ!」
そう言うと、浴衣姿のまま鵜の木隊員は、もう非常口の方へ進もうとしている。だが、純一少年はソファに座ったままで、彼の後に追いて来ていなかった。
それに気付いた鵜の木隊員は、どうしたのかと云う表情で振り返る。純一少年の方は、少し驚いた表情で彼の背中を見ていた。
「鵜の木隊員……、鵜の木隊員は、これを僕の嘘とか疑わないのですか? ゲームに負けた腹いせの……」
「疑わないね。それに、仮にこれが嘘だったとしても、俺が騙されるだけだろう?
本当なのに見逃したら、この世界が危なくなるかも知れないんだぜ。AIDSの隊員は、百万回偽情報で騙されたとしても、その次も信じるのさ、地球と云う星に一緒に住んでいる自分たちの仲間の言葉をな……」
「了解です! 分かりました! 行きましょう!!」
純一少年も立ち上がり、浴衣姿のまま鵜の木隊員の後を追って、非常口の方へと走り出した。
純一少年が基地と呼んだものは、鵜の木隊員には普通のホテルの従業員用地下通路にしか思えないものだった。薄緑色に塗られた壁、天井には温水か何かが流れているであろう太いパイプ。不思議な点と言えば、人の気配がどこにもしないことだけだった。
純一少年が、廊下の左側にあったドアを無言で指差す。それに無言で頷く鵜の木隊員。そして、一気に鵜の木隊員がドアを開け、二人は部屋の中に飛び込んだ。
そこには、食品を扱う人が被るような白衣とビニールの帽子をかぶった、小太りのメガネの男。ここのスタッフの一員の様だ。
「おやおや、お客さん、こんなところまでお入りになられちゃ困りますね」
そして、メガネの男は鵜の木隊員の拳銃を見て、落ち着いて続けた。
「スパイごっこですか? まさか、こんなところに強盗に入る馬鹿もいませんでしょうしね。でも、申し訳ないのですが、ここは従業員以外立ち入り禁止なんですよ。他でお楽しみ頂けるとありがたいのですが……」
鵜の木隊員は拍子抜けしたように、構えていた銃を少し下に向ける。その一瞬だった。純一少年が鵜の木隊員の銃を取ると、
「純一? おまえ……?」
男はメガネを飛ばし、撃ち抜かれた頭を右手で押さえて、純一少年を睨みつける。
「いきなりですか……? 随分と、乱暴じゃないですか?」
そう言う男を見て、純一少年は薄ら笑いを浮かべながらこう言い放った。
「凄いじゃないですか! 頭を打ち抜かれたと云うのに、その程度で済むなんて……。流石の僕でも、そこまでは無理ですよ!」
男の頭は一瞬に黒くヌメヌメしたものになり、蛙の目のような大きなこぶ状の塊が左右に着いたものに変わっていった。但し、右のこぶは、純一少年の放った銃弾によって傷つけられている。
「フラナリヤ人……」
鵜の木隊員は、彼を見てそう呟いた。