止まっていた時計(8)

文字数 2,534文字

 殆ど計画の無い、いつも以上に作戦と言って良いのか分からない作戦である。それでも、蒲田隊長は怪獣退治の布陣を立案する。

 隊長機のガルラは、ナイロビ基地に待機し、隊長以下、下丸子、矢口の両隊員を残し、航空迎撃部隊の作戦室として使用。
 突如出現した謎の湖へは、怪獣を退治すべく沼部機の方のガルラが向かう。
 その攻撃部隊である沼部機には、今回、沼部隊員をはじめ、大悪魔兄妹と紺野正信、白瀬沼藺(ぬい)の妖狐コンビ、そして、射撃の得意な鵜の木隊員と美菜隊員が乗っている。この両隊員には、大悪魔兄妹のエネルギータンクとしての重要な役目もあった……。

 そして……。
 そろそろ、湖の上空に到達しようかと云う頃、純一少年が、ふと気付いたことを妹の耀子に尋ねた。
「耀子、お前水着持ってきた?」
「ある訳ないでしょ! どうして兄の結婚相手に会いに来るのに水着持って来るのよ?」
「だよな……。僕も無いんだよ。てことは、下着姿で塩水の海に潜る訳か……。あ~あ、着替えも持って来てないんだよな……」
「だったら、二人して、昔の様に素っ裸で泳ぐ? 大悪魔に戻った気になって……。別に私はそれでもいいよ」
 それを聞いたそこにいるメンバー全員、言葉を失ってしまった。特に沼藺(ぬい)などは、真っ赤になって下を向いている。

「じょ、冗談じゃない。皆の前で、耀子さんを裸になんかさせる訳に行きませんよ……。
 純一、お前ひとりで行ってこい!」
 操縦桿を握っていた鵜の木隊員が、振り向いて純一少年に指図する。
 無体な作戦変更であるが、この指示については、純一少年の方としても不満はない。
「いいですよ。二人で行っても、お互いのコンビネーションが上手く取れるとも限らないし……。盈さんが一人で倒した相手を、二人掛かりで相手したんじゃ、また彼女に馬鹿にされてしまいますからね……。第一、中年の小母さんのストリップなんて、僕は見たくないですもん。僕がまず行きますよ」
「相変わらず失礼ね!」

 耀子の悪態を無視して、純一少年が服を脱ぎ始めようとしたのだが、沼部隊員に手を押さえられる。勿論、沼部隊員は怒っていた訳ではない。
「純一君、泳ぎ(にく)いだろうが、ズボンとブーツは付けて行った方がいい。水中では何があるか分からない。君たちの能力は認めるが、少しでも危険は避けた方がいいだろう」
 自分の皮膚は恐らく、制服の生地よりも頑丈だと彼は思うのだが、敢えて反論せず、上半身だけ服を脱ぎ、純一少年は脱出ハッチの方へと歩き始める。
「純一、パラシュートは?」
「要らないですよ。電離層からよりは低いですからね」
 純一少年はそう言って、心配そうな美菜隊員にウインクすると、彼女の脇を手を振りながら通り過ぎて行った。

 沼藺(ぬい)は、そんな二人を羨ましそうに見て、ちょっと首を傾げる。
「そう云えば、私。要君が実際に闘うのって、見たこと無かったわ……」
「ああ。テツは馬鹿だから、自分が闘うから人が死ぬんだと、ずっと思っていたのだ。
 結局、テツが闘おうが闘うまいが、死ぬ者は死ぬし、生き残る者は生き残る。それに気付いたのは、テツがこの時空に来てかららしい……。
 そう云う意味でも、この時空の人たちに感謝しなくてはならないのだろうな……」
 耀子が腕を組みながら、沼藺(ぬい)の呟きに答えを返した。

 艦橋から離れ1分後、純一少年は脱出ハッチから飛び降りている。
 純一少年の落下の様子は、彼の被ったヘルメットに着けられた小型カメラと、ガルラの船底に装備されている下方確認用カメラに依って、艦橋のモニタに大きくマルチウィンドウで投影されていた。
 当然、その映像は、ガルラ内の航空迎撃部隊のメンバーも見ることが出来るし、同時に資料としても録画されている。

 純一少年は「気を付け」の姿勢の様に、両手を両脇にぴったりと着け、出来る限り空気抵抗を減らして落下していた。
 彼の体のカメラの画像がぐんぐんと地上へと近付いて行く。そして、雲の切れ目から地上の湖の全貌が大きく写った……。
 その瞬間だった。
 目の前に大きく何かが広がって、小型カメラは暗闇の中に入り、通信が途切れたのだ。

「新田隊員、下方確認用カメラの方の画面をもう一度再生してくれ!」
 そう言った沼部隊員の指示より前に、美菜隊員はガルラの下方確認用カメラの映像を再生しようと巻き戻し作業を始めていた。
 そう……。彼女を含め、人間は皆、純一少年の身に付けた方のカメラに集中していた為、その状況が掴めていなかったのだ。

「食われたな……」
 耀子がポツリと状況を説明する。

 確かに、ガルラの方の画像をコマ送りで再生すると、そこには龍かと思われるほどの巨大な魚が、突然、湖から跳ね上がり、高速で落下していた純一少年をひと飲みに飲み込んで、また湖へと潜って行ってしまっている。
 それは丁度、水面を飛ぶ昆虫を、渓流魚が跳ねて捕食するのと瓜二つの動作であった。

 さて……、耀子と沼藺(ぬい)はと云うと、画像のコマ送りには興味が無いのか、後ろに下がって二人で無駄口を叩きだしていた。
「大きかったわ……。太さだけでも、10階建てのビルの高さ位あったのじゃないかしら? 長さはどの位かな?」
「それは流石にオーバーだろう? せいぜい5階建てのビル位の太さだと思うぞ。長さは真直ぐしていなかったから良く分からないが、1キロ位はあったんじゃないか?
 それにしても、ここの生物って、一体どうなっているのだ? 完全に私たちの理解を超えた大きさだ……」
「本当! これじゃ、まるでジッダタワーか、ブルジュハリーファと闘う様なものよね。ところで耀子ちゃん、盈さんが闘ったって云うレビアタンも、こんなに大きかったの?」
「エロブスは、20メートル位だって言っていたな……。こいつとは別物じゃないか?」

 耀子と沼藺(ぬい)は純一少年が怪獣に食べられたと云うのに、涼しい顔をして敵のサイズについての検討をしている。この感覚が、航空迎撃部隊の隊員たちには全く理解できない。特に美菜隊員には……。

 彼女は泣きそうな声で、もう1人の大悪魔、藤沢耀子に懇願する。
「耀子さん! あなたのお兄さんが食べられたのよ!! あなた、大悪魔なんでしょう? 強いんでしょう? だったら、助けに行ってよ……。 お願いだから……」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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