訪問者(2)
文字数 2,510文字
「え、えーと、耀子さんは、今日は……どの様なご用件で?」
「要件は二つ。一つはもう済みました。兄の結婚相手を私が見たかったからです。本当にこれなら安心してお任せできますわ。兄にはもったいない位……」
美菜隊員は顔を赤くして恐縮した。何か、初めて彼氏のお母さんと会って、話をしている様な気分だ。
「もう一つは両親からの伝言、と言っても、主に母からですけどね……。
母は『私たちが伺うか、美菜さんにこちらに来て貰うかして、一緒にお食事でもして、少しお話をしたいのだけど……』と申しておりましたが、時空の移動は、人間の生命力ではかなり厳しいので、両親がこちらに来ることも、美菜さんをお連れすることも出来ません……。と云うことで、私が母の代理でご挨拶に伺いました。
それと、結納のことなのですけど、こちらのしきたりが分かりませんので、どうしたら良いか相談して来いとのことでした。うちの母って、大悪魔だの、時空間で結婚だのって、そういう話は意外と簡単に受け入れてしまうのですけど、そういう、しきたりとかには五月蝿くてね。結構古風なんですよ……」
「は、はぁ。あたしは、その辺は無頓着な方なので、良く分からないのですが……、最近こちらでは、余りそう云うことは、しないみたいですよ……」
「あら、困ったわ……。母にそんなこと言うと、私がお説教を食っちゃいそう。『耀子ちゃん、あなた、ちゃんとお話、しなかったでしょう。先方様に失礼なかったでしょうね?』なんて……」
先程より大きく口を開けて、耀子はけらけらと笑った。つい、美菜隊員もつられて笑ってしまう。
「済みません。帰ったら、実家の両親に相談してみます……」
「ご免なさいね、ご迷惑かけて」
二人が食堂で話をしていると、そこに鵜の木隊員もやって来る。彼はこの面会者に、野次馬的な興味がある様だった……。
「新田、こちらが純一の面会の方かい? 随分と綺麗なご婦人じゃないか?」
それを聞いて、耀子がまた口に手をあてて小さく笑った。
「あら、お上手ですこと。こんなハンサムな男の方に、そんなこと言われたら、私ドキドキしてしまいますわ。小母さんを
「こんな美しい女性を小母さんだなんて、とんでもない。失礼ですけど、純一とは、どのような関係なんですか? もしかして……、純一のお姉さん?」
少しにやけた鵜の木隊員に、釘を刺すように美菜隊員が少し小声で質問に答える。
「妹さん……。ほら、プロジェクトヨーコの耀子さん」
「え、そうなんですか? お噂は
鵜の木隊員はそう言うと、握手を求めるかのように、テーブルの向こう側に回り、彼女に近づいて行った。耀子の方もそれに応えて席から立ち上がる。
鵜の木隊員は、純一少年の妹と名乗る耀子の見た目が、予想以上に歳上だったとしても、
そして、その……次の一瞬である。
内ポケットの拳銃を抜き、鵜の木隊員は耀子に向け発砲しようとした。しかし、その時には、もうそこに耀子はいない。彼が拳銃を抜いて構えるまでの刹那に、彼女は鵜の木隊員の後ろに回っていたのだ。そして、右手で銃の形を作り、彼の背中に人差し指の銃口を当てがっている。
「何をするの? 鵜の木隊員!」
美菜隊員が
「いやね。この耀子さんが本物かどうか、俺には確信が持てなかったものでね……。もしかして、宇宙人か、大悪魔が化けているんじゃないかと……」
鵜の木隊員は、彼女に何か言われる前に両手を軽く上に上げた。
「あら、じゃ余計疑われちゃったかしら?」
「いいえ、あなたは多分本物ですね……。
純一が言っていましたから……。『妹は無茶苦茶速い』って……」
「どんな噂をしていたのやら……」
耀子は小さく笑みを浮かべる。
「と云うことは……、あなたも大悪魔なんですか?」
「ええ、そうよ」
もう耀子も、『元大悪魔』などと云う面倒な説明を省く。
「でしたら、生気をお吸いになるんですよね? 失礼したお詫びに、死なない程度で俺の生気なんかいかがです? 純一に吸われるのは嫌だけど、こんな美人なら、俺、吸われてみたいなぁ……」
「鵜の木隊員!」
美菜隊員は怒っているが、耀子は平然と口元に笑みを湛えている。
「いいんですか? ちょっと時空を越えて来ているし、今のでも少し力を使っちゃたので、ご馳走して頂けると嬉しいですわ。勿論、吸い尽くしたりしませんから……」
耀子はそう言うと、銃にしていた右手で鵜の木隊員の肩をポンと叩いた。それに鵜の木隊員が振り向くと、耀子の人差し指が彼の頬を突く。古典的なやつだ。そして、1秒後に彼女は指を離した。
「これ? これで生気を吸い取ったの?」
鵜の木隊員は多少疲れながらも、少し不満そうだった。
「あら? 兄から聞いてません? 私たち首筋に噛みついたり、心臓を突き破らなくても、握手とかハグ……、キスだって生気を吸えるんですよ」
「ええ、ですから、キスかなって。純一はそれしかしないし……」
「キスで生気吸い取るのは、相手をよっぽど好きな時だけですよ」
それを脇で聞いていた美菜隊員の方が、何故か真っ赤になって照れている。鵜の木隊員は少し残念そうだった。しかし……。
鵜の木隊員が気付いた時には、目の前に耀子の姿があった。それから先の彼女の動きは、別段高速と云う訳ではない。ゆっくりと耀子の両手が、鵜の木隊員の首を抱え、背伸びした彼女の唇が、彼の口を覆う……。
解放されるまで、彼は身動きひとつ出来ない。そして、解き放たれた鵜の木隊員は、そのまま後ろに後退りし、尻餅を搗きそうによろけ、向こうにあった食堂の椅子へと崩れながら腰掛けた。
「大丈夫? 鵜の木隊員?」
心配そうに美菜隊員が声を掛ける。
「いや、もう駄目。全身から力が抜けた。もう、このまま全部吸って貰いたい。俺、耀子さんの為だったら死んでもいい」
「もう、冗談ばっかり。今のは全然生気を吸い取ってませんよ」