訪問者(5)

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 数時間後……、
 深夜にも関わらず、航空迎撃部隊隊員が全員作戦室に集合し、TVモニタの前に集まっていた。そして、誰もが、そのモニタに移っている怪獣の姿を見つめ、無言のまま唇を噛まずにはいられなかった……。

 皆が見るTVモニタの画面が、密林から針葉樹の森へと切り替わり、背景が大きく変化した……。にも関わらず、巨大怪獣の不気味な姿は、あい変わらず画面中央に映し出されたままになっている。
 なんと、アマゾンの密林の中、そして、シベリアの針葉樹林帯の真っただ中、それぞれ1体ずつ、計2体のベヘモットが出現し、ザクザクと森林を食べ続けているのだ……。

 鵜の木隊員が、やっとのことで沈黙の呪縛を破り言葉を発した。
「耀子さん。これは、どう云うことなんですか? 何で、退治した筈のあいつが生きているんです? それも2体になって……」
「分かりません……。あの時、確かにベヘモットは、その脅威を無くしていました。つまり、怪獣は間違いなく、核攻撃に拠って死んだ筈なのです……」
 今度、その疑問に答えたのは、先に作戦室に来て、最初から事の顛末を見ていた下丸子隊員だった。
「鵜の木隊員、確かに奴は死んでいましたよ。さっき、奴の死骸がモニタに写されていましたから……。1体は死んだのですが、新たに2体が出現したんです……」

「そうか、なら良かったぜ。俺たち人類は、あの怪獣を倒すことが出来る訳だからな。核兵器を使いさえすれば……」
「良い訳ないでしょう! 鵜の木隊員!! また核を使って奴を倒すのですか?
 それでは僕たちは、巨大な核爆弾を、こんな短期間に3個も使用することになります。それに、もし、もし仮にですけど、また、あの怪獣が、この上、何体も現れたらどうするんですか? また核で退治するのですか? このままでは、世界中が放射能で汚染されることになりますよ!
 そうなれば、もう、地球の自浄作用などでは、回復できないレベルになってしまいます。我々は、我々の武器で滅ぼされることになってしまいますよ!!」
 その後は耀子が引き継ぐ。
「一度、核で怪獣を倒すと、もう歯止めが利かなくなります。『自国領には核を落としたのに、他国には何故核を落とさないのか』 そんな論理がまかり通り、どんどん核のボタンが押し易くなって行くでしょう……。
 そのうち、先程の様な砂漠でなく、人間の住む市街地であっても、怪獣がいれば核を落とすと云う基準になってしまう可能性だってあります……」
「しかし、耀子さん……。このままでも、温室効果ガスで……」
「ええ。それも、先程の2倍の早さで環境は悪化していきますわ……。だって、2体いるんですもの……」
「どうしたらいいんだ!」
 蒲田隊長が途方に暮れたように叫ぶ。
 しかし、怪獣のいるのは原当麻基地の管轄外であって、彼がどうすべきかの判断を迫られていた訳ではない。

 一方、元大悪魔の耀子と純一少年にとっては、これは悪魔の怪獣であり、守備範囲内の倒すべき相手であった。そして、これを倒さないことには、世界が滅ぶと云う脅威であり、二人には放って置く訳には行かない敵でもあったのだ。

「耀子、あれはちょっと厄介だぜ。体が大きく皮膚も厚そうだ。僕たちの高熱でも低温でも針先で突く様なもんだ。殆どダメージを与えられない。それは、お前も良く分かっているだろう? となると、物理攻撃だが、奴は異常に物理攻撃に強そうだ……」
「確かに、あいつにダメージを負わせるのは難しそうだな……」
「それに、あの再生能力だ。下手な攻撃では直ぐに回復してしまう……。一撃で致命傷を負わせなくては……」
「ベヘモット1体であれば、対処の仕様(しよう)もあったのだが……。仕方ない……、作戦を練り直すことにしよう……。と、そう言えば、テツ、お前『十の思い出』とか持ってなかったか? その中に正信はいないのか? 沼藺(ぬい)でも構わないのだが……」
「悪いな……。チーフも沼藺(ぬい)も、時を操る大悪魔を倒した後に、縫絵さんに言われて、開放しちまった……。覚え直しても、直ぐには使えない……」
「そうか……。ならば、仕方ない……。だが、あれを放って置く訳には行かんのだ。私たち兄妹は……」

 この二人の元大悪魔の会話に、鵜の木隊員が口を挟む。
「なんだ……。『十の思い出』は開放しちゃったのか……? 残念だな。また真久良って奴に会いたかったのに……」
 鵜の木隊員はこんな時にも関わらず、『早打ちマック』のライバル、尾崎真久良のことを思い出していた。一方、耀子は、鵜の木隊員の台詞にあった真久良と云う名前を聞き、古い感情に少し肩を震わせている。

「いや、真久良なら取ってありますよ。鵜の木隊員が遊びたがっていましたし、あいつなら、こき使っても、僕の心は全く痛まないですからね……」
 それを聞いて一番喜んだのは、鵜の木隊員ではなく、なんと耀子であった。
「真久良が残っているのか? それでいい。あいつなら『狐の抜け穴』を使える。勝ったぞ、テツ」
「どうするんだ?」
「二人の重力操作を使ってベヘモットを風船にしてしまうのだ。そして、浮上できるギリギリまで上昇させて、そこから叩き落とす。あいつは落下の途中、空気との摩擦で流れ星となって燃え尽きるだろうな。燃え尽きなくとも生きてはおれまい。
 それを次々とやれば、核など使わなくとも私たちの勝ちだ。落とす前に『狐の抜け穴』を使えば、我々も無事脱出できる!」

 耀子は、今の説明を再度、純一少年以外にも分かるように解説しなおした。

「私たちは、近くにある物の質量を増減させることが出来ます。あのベヘモットは巨体で大変な重さですが、大気より軽くしてしまえば、気球の様に浮かんで行きます。私たちなら、奴の背中に乗れば、なんとか浮かせるまで質量を減らせることが出来る筈です。
 そうして、上空で奴の質量を戻し、叩き落とすのです。私たちは、その落ちる前に『狐の抜け穴』というワームホールから、瞬間移動で脱出します。紺野正信、白瀬沼藺(ぬい)、尾崎真久良……。彼らは、その『狐の抜け穴』を使うことが出来るのです」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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