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「しかし耀子、僕たちの重力操作は適応範囲があるんだせ。どう考えても、あいつはその範囲に収まりきらないんじゃないのか?」
耀子の答えはこうだった……。
「だから、師匠から『ちゃんと学べ』と言われるのだ……。
私たちの重力操作の適応は、確かに10メートル程度の範囲しか及ばない。しかし、人の腕を取って引っ張ると、腕だけでなくその人間も引っ張られるだろう? 重力操作も同じことだ。
ベヘモットの背中を軽くすると、他の部分との重力作用の差が出来てしまう。そうなると、そのままでは、背中と他の部分が千切れることになってしまうのだが、その千切るのに必要なエネルギーより、重力作用を拡張した方が小さいエネルギーで済む場合、重力操作の適用範囲が、ベヘモット全体を軽くする方向に変化してしまうのだ。
勿論、ベヘモットも地面や空気と接触しているのだが、地面や空気の方は、重力作用が拡張されるより、ベヘモットと離れた方が小さいエネルギーで済む。だから、地面や空気までは軽くならず、ベヘモットだけが軽くなって行く、つまり地面から浮き上がるって寸法なのだ……」
純一少年は、まだ懸念があるのか、それを聞いても喜びはしなかった……。寧ろ、難しい顔をしたまま、腕を組んでいる。
「ところで、それって、ベヘモット1体を何分で倒せる? 真久良は10分間しか実体化できないのだぞ……」
「その度ごとに、真久良を呼び出すことは出来ないのか?」
「1回呼び出すと、次にその『思い出』を呼び出せるのは、大体150時間後、つまり、約1週間後だ……」
「10分間だけだと言うのか……?」
「ああ、残念だがな」
「1匹目の落下直前に真久良を実体化させて脱出し、2匹目の時は、真久良と一緒に上昇して行くとして……、矢張り、たった10分間では、充分に上昇しきれない……」
「それは、言い換えると、奴を倒すのに充分な高さまで上昇すると、落とす前に真久良の奴が消えてしまい、2回目には『狐の抜け穴』は使えないと云うことだな……」
耀子は思い出した様に、AIDSの隊員たちを見回した。
「済みません……。あの怪獣を、1週間放っておいて置けませんか? 核を使わさせない様にして……」
それに対し、蒲田隊長は首を横に振って、タメ息混じりにこう答える。
「かなり厳しいと思います……。
新田参謀経由でAIDSから各国に依頼するとしても、足並みが揃う保証などは何処にも無いし、あんな奴がバクバクと森林を食い出したら、誰も黙っていることなど出来ないかと思います……。核で倒せると分かっている相手ですから……」
「核兵器で倒せるか……。最悪だな……」
沼部隊員がボソッと独り言を
1分程度、重苦しい沈黙が続いた……。だが、それを吹き払う様に、明るく笑いながら耀子が言葉を発した。
「大丈夫です! 同時に倒せます! ちょっと大変だけど、私と兄で、1体ずつ浮かすことが出来れば、何とかなります!!」
そして、耀子は純一少年に策を伝える。
「1体目は、テツが今の方法を使って倒せ。残り1体は、私が何とかする……。私は二代目耀公主なのだ! あんなデカいだけの怪獣などに、負けたりなんかせん!!」
「耀子、お前……?」
その時だった、作戦室のモニタが新たな展開を映し出したのは。
遠景になっていた針葉樹林帯の真ん中に、光の矢が1本飛んでいき、その後画面が大きく揺れ、巨大なきのこ雲が大写しに画面に現れた。シベリアで針葉樹を幹ごと貪り食っていた方のベヘモットに、核ミサイル攻撃が実施されてしまったのだ。
「ま、まさか……」
全員が息を飲んだ。そして、その声を誰が発したのか、発した本人も含め誰かも、もう分からなかった……。
重苦しい沈黙がまたも続いた……。
攻撃の経緯としては、R国が自国のメンツの為、早々にベヘモットを退治したらしいとのことだった。いずれにしても、こうして2発目の核も使用されてしまったのである。
その後、蒲田隊長から新田作戦参謀へと『原当麻基地で、核爆弾なしに怪獣を倒す準備が出来ており、核攻撃不要である』との連絡が行われた。そして、新田参謀は直ちに世界各地のAIDS基地に情報を伝え、核攻撃を思い止まる様に自重を促す……。
だが、そう公式に連絡した以上、残り1体だけは、核ミサイル無しに、原当麻基地、航空迎撃隊が解決しなければならない。
そして……。
シベリアのベヘモットが倒された5時間後、AIDS原当麻基地、航空迎撃部隊は全員、もう1体のいるアマゾンへの緊急出動の準備を完了していた。
出発前、航空迎撃部隊は最終確認のミーティングを作戦室で行っている。
「純一君、それと耀子さん、我々の世界のことを、君たちに託さなければならないのは誠に心苦しいのだが、もう、そうも言っていられない。頼む、あの怪獣を何とかしてくれ」
蒲田隊長の依頼の言葉に、耀子は微笑みながら答えた。
「気になさらないでください……。
あれは悪魔の獣です。世界に危害を加えようとする悪魔を退治するのは、耀公主である私と、その兄である鉄男の使命です。
そうすることで、私たちは、人間として生きていくことを許されているのだと思っています……。それに、1体であれば、もう、何の不都合もありませんから……」
しかし、その決意も、1人通信を担当していた矢口隊員の言葉で、大きく揺らぐことになってしまう。
「何てことなの? ハワイのキラウエア付近、アフリカケニアの自然公園、それぞれに新たなベヘモットが出現したらしいよ。あいつら、何体この地球に埋もれているの?」
それを聞いて、耀子は気絶でもしそうになったのか、それとも『危険察知』による不快感に襲われたのか、テーブルによろけながら歩いて行き、両手をついて俯いた。そして、低く嗚咽と嘆きの言葉を漏らす……。
「どうしてなのだ? どうして、ここまで神は私たちを嫌うのだ……?
どんな悪行をしたとしても、人間には許しが与えられると云うのに、私たち悪魔には、どうして許しが与えられないのだ?
どうして贖罪の機会も与えられないのだ?
私たちには、身を
どうして、どうして神は、ここまで私たちを憎むのだ……?」