要家の事件(3)
文字数 2,577文字
そんな美菜隊員が口を開いたのは、署を出てから10分ほど経った路上だった。
「純一。君、今度は何したの?」
「今度って……。僕は何もしていませんよ。恐らく、刑法に引っかかる様なことは……。一人の少女が誘拐されたらしく、その事情聴取をされただけです」
「まさか……、君が食べちゃったんじゃないでしょうね。遺体が見つからないから、刑法では裁けないとか言うんじゃ……」
「勘弁してくださいよ。いくらお腹が空いたと云っても、ここに来てから僕は、美菜隊員しか食べてませんって……。美菜隊員はやきもち焼きだなぁ」
「そういう意味じゃないでしょ! 第一君に食べられたことなんて、まだ一度だってありません!!」
「いつもご馳走になっているんだけどなぁ。ところで、あんまり大声で変なこと話すのは止めてくださいね。後ろから刑事さんがついて来ているんですから……」
「え?」
「開放するなんて言って、僕を泳がせて、アジトを探ろうって言うんだから狡いですよね。まぁ、それ位じゃないと、警察組織なんて信用できないですけどね……。ところで、姉さんも僕に付き合いますか?」
「君は何を考えているの?」
「このままじゃ、僕、疑われたまんまで、基地にいても気持ち悪いですからね。犯人逮捕は出来なくても、せめて曜子ちゃんは助け出したいと思っているんですよ。そう云う訳で、これから要夫妻に会って来ようかと思います。ついでに、照子さんと顔見知りでないことも証明して置きたいですしね……」
「そう言えば君、前に沼部隊員と下丸子隊員を助けに行ったわよね。そんな感じで、誘拐された女の子を助け出せるの?」
「そんな簡単じゃないんですよ。彼女は僕のこと知らないので、仮に彼女が危険な目に遭っても僕に影響が無いんです。僕は自分にかかる脅威しか検知できません。それに犯人、いるとすればですが、それも宇宙人とか、妖怪とか……、巨大な脅威であれば特定できるのですが、それらしい脅威も近くに無いのです。それでも、何とか僕の能力を利用して、彼女を助け出したいとは思っています」
その後、純一少年と美菜隊員は、特にあれ以上話すこともないまま、高幡不動にある要邸へとやって来た……。
純一少年がドアフォンのボタンを押す。直ぐに返事は帰ってこない。何度かボタンを押すと、くぐもった声で返事があった。
「どちら様でしょうか?」
「失礼します。僕は新田純一と云う者ですが、曜子ちゃんのことで、ちょっと確認したいことがあります。少しだけ、お時間を頂けませんでしょうか?」
「曜子は今、留守にしております……」
「誘拐されたのですか? 犯人から身代金などの要求は出ているのですか?」
その後、ドアフォンからの返事は無くなった。そして数秒後、純一少年と美菜隊員は何人もの男たちに取り囲まれ、要邸へと引きずり込まれる。
要邸のリビングには、テーブルの上の電話と色々な機材を取り囲んで、数人の男たちがヘッドホンをしてソファに座り、難しい顔をしていた。その脇に立っていた要照子は、男たちに連れて来られた純一少年を見て、彼に近づき、首でも絞めそうな勢いで純一少年に少女の居所を問い質す。
「あなたが犯人なの? 犯人だったらお願い、曜子を返して。曜子は何処にいるの?」
「僕は犯人ではありませんよ……」
純一少年たちを引きずり込んだ男の一人が彼を追求する。
「だったら、何故ここに来た。どうして、お前は、ここのお嬢さんが行方不明だと知っているんだ!」
「僕は容疑者らしいですからね……。詳しい事情は聴けていないのですが、ここのお嬢さんが行方不明で、僕が誘拐したと考えられているらしいのですよ。
もし、彼女が帰っているのであれば、僕は容疑者から外されて晴れて無罪放免です。あるいは、本当の犯人から連絡があった、つまり誘拐されたと云うことが確定され、僕と犯人に繋がりがないことが証明されれば、同様に、その時点で僕は無罪放免です。面倒なのは、曜子ちゃんも帰っていない、犯人からも連絡が無いと云う場合。どうやら、その状況の様ですけどね……」
「もし、本当に君が犯人で無いのなら、捜査を攪乱しないで欲しいね……。家でじっとしているのが身のためだぞ!」
男がそう言った時、彼の携帯に着信があった。男は相手を確認すると直ぐ電話に出る。そして、少し指示を受けると電話を切り、彼は純一少年に電話の内容を伝えた。
「小山さんが、あんたら二人をここに迎えに来るそうだ……」
「ちゃんと伝えといてくれました? 御覧の通り、僕は要照子さんとは面識ないんです。小山刑事さんが、それを疑っていたのでね。ところで、ご主人の慎之介さんは?」
「彼は出張中だ。一応連絡がついて、急遽帰国するとのことだ。って、お前には関係ないだろうが!」
疲れ切った顔の照子が、純一少年と美菜隊員にコーヒーを入れて持ってきた。
「あなたがたにも、ご迷惑を掛けている様ね、今はこんなものしかお出し出来ないけど、どうか許してね……。もっと良い時に来て頂けたら良かったのだけど……」
「そんなことありません。私たちこそ、こんな状況と知りながら、お邪魔するなんて、余りに非常識でした。本当にご迷惑おかけしています。純一、君も謝りなさい」
「ごめんなさい……」
美菜隊員が恐縮して答え、純一少年の頭を押さえて無理やりお辞儀させる。純一少年も悪戯を怒られた子供の様に謝罪の言葉を述べた。照子は憔悴しきった顔ながら、何とか笑顔を作りその謝罪に応える。
その後、このリビングは、そのままの状態で時間だけが過ぎていった……。
「済みません。曜子ちゃんのお部屋を見せては頂けませんか?」
純一少年が突然、要照子に不思議な要求をする。美菜隊員は吃驚したが、純一少年は彼女なら、何となく許可してくれるように感じていた。
「純一、何を言い出すの? こんな時に!」
「散らかっているわよ。あの子、整理整頓が苦手だから……」
「構いません!」
純一少年は「それは知っている」と言いたくなったが、それは心に納める。同時に美菜隊員も「構わないじゃないでしょ?!」と云う台詞を、今は口にしなかった。