止まっていた時計(10)

文字数 1,876文字

 正信に「純一少年はここでは強敵に遭っていない」と言われたもので、鵜の木隊員は少しムッとしながら、彼の言葉に反論する。

「どうして、そんなこと言えるんだ? あの大悪魔との闘いだって、純一は苦戦したんだぜ。あいつに、そんな余裕があったとは、到底、俺には思えなかったけどな」
「私は先程、彼に憑依されたので分かるのですが、彼はあの大悪魔を追い払うだけなら簡単に出来たのです。鉄男君が苦戦したのは、彼が貴方(あなた)がたを、苦しめたくないと思っていたからなのですよ……」
「なんだって?」
「彼は、こうすれば相手を追い払えると、最初に考えた方法があるのですが、その考えは直ぐに捨てたのです。貴方(あなた)がたが苦しむ所を見たくないと云う理由で……」
「どんな方法なんだ?」
貴方(あなた)がたの誰かが憑依されたら、鉄男君は、その人間を拷問でもして、苦しめてから殺します。そして、次に誰かが憑依されたら、その人間も苦しめて殺します……」
「そんなことしたって、敵はどんどん憑依していって逃げられるんだぜ」
「でもね、憑依する前に、奴も死の苦しみを味わうんですよ。悪魔はそして悟るのです。自分がここで憑依し続ける限り、永遠に死の苦しみを味合わせられると……。
 そして最後に、奴は逃げ出すでしょう。ですが、憑依していない状態では肉体がありませんし、この世界の人間に憑依した状態で逃げても、鉄男君に会った後では彼に追跡される危険があります。ですから奴は、自分の能力を使って時間を最初まで戻し、自分はこの世界に来なかったと云う風に歴史を変えて逃げる筈です。
 それで、鉄男君に殺された人間は、時間が戻りますので、殺された事実は無くなって、何も無かったかの様に生き返ることが出来るのです。
 結局、そうなるのであれば、鉄男君は何人殺そうが、何百人殺そうが、人類を全て殺そうが構いません。それで、全員生き返るのですからね……」
「でも、純一は、それをしなかったのね。いいえ、出来なかったのね……」
 美菜隊員が口を挟んだ。
「ええ、そうです。『なのに、結局、最後には美菜隊員の命を危険に曝し、(みんな)に辛い思いをさせただけだった……』と悩んでいましたけどね」
「純一君らしいと言えば、純一君らしいな」
 沼部隊員の意見は、ここにいる全員の意見でもあった。

「じゃあ、私が要君に聞いてくる。どうしたら良いかって……」
 沼藺(ぬい)はそう言うと、そのまま脱出用ハッチではなく、ガルラの壁の方へと歩きだした。
「宜しく頼みますよ。沼藺(ぬい)様」
 正信の言葉ににっこりと笑うと、沼藺(ぬい)はガルラの壁に狐の抜け穴を作って、そこへと入って行った。

 そして数分後、同じ様に穴が再び開いて、そこから沼藺(ぬい)が戻って来た。
 彼女はワームホールを閉じると、ガルラにいた全員に、二人の大悪魔から聞いてきたことを伝える。
「『考えていなかった』ですって。で、耀子ちゃんにも聞いてみたら、耀子ちゃんも考えて無かったらしいわ」
 全員に落胆というか、溜息の様な脱力感が伝染していった。
「でね、仕方ないから、耀子ちゃんが残って、一人でレビアタンを水上に持ち上げておくって……」
「でも、あの巨体ですから、恐らく体の重みで、直ぐ下に落ちるでしょうね……」
「うん。だから、『湖に落ちる前に倒せ』って言ってたわ……」

 鵜の木隊員が少し質問をする。
「二人掛かりで、こいつも成層圏まで浮かべて、落下の摩擦熱で怪獣を焼き尽くすことは出来ないのか?」
「あそこまで浮かべるので、もう精一杯だそうですよ。『多分、ベヘモットも無理だったみたい……。テへへ』だそうです。耀子ちゃんらしいわね……」
 それを聞いた美菜隊員は、耀子のいい加減さに、(あき)れて言葉も出ない。

「準備が出来たら始めましょう。私が再び要君の所に行って、彼を外に連れ出します。そうしたら一斉に攻撃開始してください。私も要君の手に掴まって、空から攻撃します。
 私たちは、怪獣に接近して戦っていますけど、私たちに構わず、レビアタンにどんどん攻撃してくださいね。私たちは、大丈夫ですから……。勿論、耀子ちゃんも大丈夫です。危なくなったら、私が敵の体内に助けに行きます……。正信も攻撃をお願いね!」

「しかし、いつもながら、アバウトな作戦だなぁ、耀子ちゃんたちの作戦は……」
 正信はそう言うと、目の前の空間に小さなワームホールを作り、そこから一振り抜身の刀を取り出す。
 それを見た沼藺(ぬい)も、微笑みながら、こう応えた。
「ええ。私たちは、いつも未来(さき)が見えないの。でも決して、もう留まることは無いわ。だって、(みんな)、こうして、歩き始めたんだもの。止まっていた時計を動かして……」
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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