早打ちの男(3)
文字数 1,661文字
相手の男は余程、純一少年の提案に不服なのか、苦虫を噛み潰した様な表情で抗議の言葉を口にする。
「こんな馬鹿なことで、私を呼び出さないで貰いたいものですね」
「だから、いいじゃないか? ちょっとくらい遊びに付き合ってくれたって」
「いいですか、あなたが私を呼び出したってことは、将棋に例えると、意味もなく盤上に手持ちの駒を打ったってことなんですよ。それであなたの王様は、頓死することだってあるのですよ」
「将棋とは違うよ……」
「第一、あなたと私は敵同士じゃないですか? 言うなれば、私はあなたの仇でしょう? どうして、あなたと遊ばなきゃならないのです。
「耀子とは、遊んでたじゃないか……」
「だから、あなた方兄妹の子守りは、もう沢山だと言っているのです」
「そんなこと言うなよ……。義理の兄の頼みなんだからさ」
彼は義理の弟の否定はしなかったが、そのまま同意はしない。
「あなたと耀子さんは、実の兄妹じゃないでしょう。言うなれば、あなたは義理の兄では無くて、ギリギリの兄じゃないですか……」
「上手い事言うなぁ……」
妙なことを褒められたので、黒装束の男は顔を真っ赤にして恥ずかしがる。彼は基本的に、面白いと思われるのが苦手なのだ。
「分かりました! 今回だけですよ……」
男はこれ以上、純一少年のペースに巻き込まれたくなかったらしく、仕方なく彼の要求を受けることに同意した。
純一少年は、競技スペースに黒装束の男を連れて戻ると、そこで待っていた鵜の木隊員に彼を紹介する。
「お待たせ、鵜の木隊員。これ、僕の友人の尾崎真久良さんです」
「始めまして……。私、尾崎と申します。本当に鉄男……、いえ、純一君の子守り相手、いつもご苦労様です……」
「尾崎さんは早打ちが得意なんですって?」
「それ程ではありませんよ。彼は大袈裟に言い過ぎなだけです……。これをやればいいのですね。では、行ってきましょう」
照れ臭かったのか、真久良はそう言うとさっさと『早打ちマック』の列に並んで競技を行った。
6発全弾使用して、平均0.50秒……。
そんな彼に、純一少年は駆け寄って「真久良さん、何やってるんですか?」と文句を言う。しかし、真久良は「あんなものですよ」と言って、悪びれずもせず、駐車場の方へと歩いて行くのだった……。
純一少年は口を尖らせ、残念そうに鵜の木隊員の所に戻った。
「もう少しやると思ったんですけどね……。あれじゃ僕以下だ……」
しかし、鵜の木隊員は、真久良の射撃を目の当たりにして、呆然と使用済みパネルを眺めていたまま返事がない。仕方なく純一少年はもう一回声を掛けた。
「少し買い被り過ぎました」
鵜の木隊員は、それでやっと答える。
「彼は凄いよ。俺たちは早打ちにこだわって、パネルに当たればいいと云う撃ち方をしていた。それは勿論、ゲームのルールなんだから問題ないのだけれど。彼は違う。
彼は1枚のパネルの眉間と心臓に、正確に1発ずつ2発命中させているんだ。確実に相手を倒すために……」
「でも、最初のパネルの眉間は、左に少しずれていますよ」
「そうなんだ。銃って奴は1丁1丁癖がある。特に、こんなゲームの銃は左や右に曲がる癖がつきやすく、誰も直そうとはしない。そこで彼は、1枚目の1発目に左にずれたのを計算に入れ、後の全弾を補正して命中させているんだ。それも、コンマ5秒と言うスピードで。それに数字には表れなかったけど、最初の1発は、俺たち二人よりも早く抜き打ちを行っている……」
「そんなものですかね?」
「ああ、上には上がいるもんだ。それを知っただけでも、俺はここに来たかいがあったってもんだぜ。感謝するよ、純一」
鵜の木隊員は嬉しそうに、パネルをまだ眺めている。純一少年も、鵜の木隊員が嬉しそうにしているの見て、彼自身嬉しくなっていくのであった。