早打ちの男(3)

文字数 1,661文字

 純一少年は、ホテルの駐車場の端で一人の男と話をしていた。黒い帽子に黒コート、黒ズボンの黒装束と云った男の格好は、かなり異様な雰囲気を醸し出している。

 相手の男は余程、純一少年の提案に不服なのか、苦虫を噛み潰した様な表情で抗議の言葉を口にする。
「こんな馬鹿なことで、私を呼び出さないで貰いたいものですね」
「だから、いいじゃないか? ちょっとくらい遊びに付き合ってくれたって」
「いいですか、あなたが私を呼び出したってことは、将棋に例えると、意味もなく盤上に手持ちの駒を打ったってことなんですよ。それであなたの王様は、頓死することだってあるのですよ」
「将棋とは違うよ……」
「第一、あなたと私は敵同士じゃないですか? 言うなれば、私はあなたの仇でしょう? どうして、あなたと遊ばなきゃならないのです。(そもそも)、私はあなたの子守りなんかしたいと思いませんよ……」
「耀子とは、遊んでたじゃないか……」
「だから、あなた方兄妹の子守りは、もう沢山だと言っているのです」
「そんなこと言うなよ……。義理の兄の頼みなんだからさ」
 彼は義理の弟の否定はしなかったが、そのまま同意はしない。
「あなたと耀子さんは、実の兄妹じゃないでしょう。言うなれば、あなたは義理の兄では無くて、ギリギリの兄じゃないですか……」
「上手い事言うなぁ……」
 妙なことを褒められたので、黒装束の男は顔を真っ赤にして恥ずかしがる。彼は基本的に、面白いと思われるのが苦手なのだ。
「分かりました! 今回だけですよ……」
 男はこれ以上、純一少年のペースに巻き込まれたくなかったらしく、仕方なく彼の要求を受けることに同意した。

 純一少年は、競技スペースに黒装束の男を連れて戻ると、そこで待っていた鵜の木隊員に彼を紹介する。
「お待たせ、鵜の木隊員。これ、僕の友人の尾崎真久良さんです」
「始めまして……。私、尾崎と申します。本当に鉄男……、いえ、純一君の子守り相手、いつもご苦労様です……」
「尾崎さんは早打ちが得意なんですって?」
「それ程ではありませんよ。彼は大袈裟に言い過ぎなだけです……。これをやればいいのですね。では、行ってきましょう」
 照れ臭かったのか、真久良はそう言うとさっさと『早打ちマック』の列に並んで競技を行った。

 6発全弾使用して、平均0.50秒……。
 そんな彼に、純一少年は駆け寄って「真久良さん、何やってるんですか?」と文句を言う。しかし、真久良は「あんなものですよ」と言って、悪びれずもせず、駐車場の方へと歩いて行くのだった……。

 純一少年は口を尖らせ、残念そうに鵜の木隊員の所に戻った。
「もう少しやると思ったんですけどね……。あれじゃ僕以下だ……」
 しかし、鵜の木隊員は、真久良の射撃を目の当たりにして、呆然と使用済みパネルを眺めていたまま返事がない。仕方なく純一少年はもう一回声を掛けた。
「少し買い被り過ぎました」
 鵜の木隊員は、それでやっと答える。
「彼は凄いよ。俺たちは早打ちにこだわって、パネルに当たればいいと云う撃ち方をしていた。それは勿論、ゲームのルールなんだから問題ないのだけれど。彼は違う。
 彼は1枚のパネルの眉間と心臓に、正確に1発ずつ2発命中させているんだ。確実に相手を倒すために……」
「でも、最初のパネルの眉間は、左に少しずれていますよ」
「そうなんだ。銃って奴は1丁1丁癖がある。特に、こんなゲームの銃は左や右に曲がる癖がつきやすく、誰も直そうとはしない。そこで彼は、1枚目の1発目に左にずれたのを計算に入れ、後の全弾を補正して命中させているんだ。それも、コンマ5秒と言うスピードで。それに数字には表れなかったけど、最初の1発は、俺たち二人よりも早く抜き打ちを行っている……」
「そんなものですかね?」
「ああ、上には上がいるもんだ。それを知っただけでも、俺はここに来たかいがあったってもんだぜ。感謝するよ、純一」
 鵜の木隊員は嬉しそうに、パネルをまだ眺めている。純一少年も、鵜の木隊員が嬉しそうにしているの見て、彼自身嬉しくなっていくのであった。
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登場人物紹介

新田純一(要鉄男)


時空を放浪している大悪魔。偶然、訪れたこの時空で、対侵略的異星人防衛システムの一員として、異星人や襲来してくる大悪魔から仲間を護り続けていく。

新田美菜(多摩川美菜)


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属するエリート女性隊員。養父である新田武蔵作戦参謀の命に依り、新田純一の監視役兼生け贄として、彼と生活を共にする。

蒲田禄郎


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊隊長。本人は優柔不断な性格で隊長失格と思っているが、その実、部下からの信頼は意外と厚い。

沼部大吾


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する古参隊員。原当麻支部屈指の腕力の持主。

鵜の木和志


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。非常識な言動で周りを驚かせることもあるが、銃の腕と熱い心には皆も一目置いている。

下丸子健二


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する隊員。原当麻基地でも屈指の理論派。

矢口ナナ


対侵略的異星人防衛システム、原当麻基地航空迎撃部隊に所属する入隊一年目の若手女性隊員。明るく誰とでも仲良くなれる性格。

新田武蔵


対侵略的異星人防衛システム作戦参謀、新田美菜の義父であり、要鉄男を息子の純一と偽って、原当麻基地航空迎撃部隊に配属させる。

要曜子


高幡不動町にある六天磨央小学校に通う小学生。

小山、武隈、君島刑事


警視庁捜査一課の刑事さんたち。

要照子


要曜子ちゃんのお母さん。

藤沢耀子


新田純一と同じ悪魔能力を持つ彼の妹。但し『十の思い出』の習得はまだ出来ていない。

白瀬沼藺(霊狐シラヌイ)


『紫陽花灯籠』などの妖狐の力と『雷霆』などの雷獣の力を使う妖狐界のプリンセス。鉄男や耀子の高校時代のクラスメートであり、(ひとり合点ではあったが)鉄男の婚約者でもあった。一説には、要鉄男が失踪したのは、彼女が鉄男に愛想を尽かし、実家に帰ってしまったのが原因だと言われている。

紺野正信(狐正信)


妖怪内の自警組織『ラクトバチルス』の元多摩支部長にして、剣技と『変化』の術を得意とする妖狐。耀子と鉄男を監視する為、菅原縫絵と2人、彼らの実家の隣に引っ越し住んでいた。因みに、本人も忘れているだろうが、彼の姿は及川雅史と云う青年の姿を模したものである。

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