止まっていた時計(1)
文字数 1,915文字
それとは別に、沼部大吾隊員、下丸子健二隊員、矢口ナナ隊員を乗せた、ガルラ2号機は、アフリカのベヘモットを監視する為、隊長機と別れ、航路を西に採っている。
一方、AIDS北大西洋、南米、東アフリカの各支部では、ベヘモットの身体へのジズ緊急脱出用カプセル固定作業と、カプセルへの食料及び水、酸素ボンベの積み込みが等が行われており、原当麻基地メンバーのハワイ到着時、即座に作戦行動が可能となる様、準備が着々と整えられていた。
計画では、1匹目の封印をした純一少年と耀子との合流は、ブラジルのベレンで行うことになっており、純一少年たちがベレン基地に到着すると同時に、アマゾン流域のベヘモットを監視している蒲田隊長機に、純一少年が無線で連絡を入れる手筈になっている。
もし、これで、ベヘモットの封印が可能であることの確認が出来れば、2人は機内で生気を補給。純一少年はそのままアマゾンのベヘモットの背中へ下船。耀子は蒲田隊長機に残ってアフリカへと移動することになる。
蒲田隊長機は、既に自動操縦に切り替えられ、機内は作戦行動中とは思えない程、緊張感のない和やかな雰囲気になっていた。蒲田隊長の意向で、移動中は休憩時間と同等の行動が許されていたのである。
耀子は鵜の木隊員と、取り留めのない会話を楽しんでいた。
「耀子さんは、向こうでは看護師をなされているのですか?」
「ええ、でも勤務先が眼科専門医院ですので、命に関わるような緊急医療も受け持っていないし、他の病院と比べたら、そんな忙しくないのですよ」
「うわ~、耀子さんのナース姿見てみたかったなぁ。素敵だろうな……」
「まぁ。本当、鵜の木隊員ってお上手ね」
耀子は楽しそうに口を抑えて笑った。
純一少年こと要鉄男は、美菜隊員とバックギャモンを楽しんでいる。
「ほい、また僕の勝ちですね。そんなんじゃ、美菜隊員がずっと皿洗いですよ」
「いいもん、うちの旦那は優しいから、全部やってくれるもん!」
「狡くないですか、それ?」
珍しく子供っぽく話す美菜隊員に、純一少年の方が珍しく苦笑いするのだった。
そんな中、隊長の蒲田が全員に休憩の終わりのアナウンスをする。
「もう直ぐハワイ到着だ。観光旅行でなくて、とても残念なんだがね……。純一君と耀子さんは作戦の準備を始めてくれ。その前に、エネルギーを補給をすることを忘れない様にな……」
先ず、最初の目的地である、ハワイ島に移動したガルラ蒲田隊長機は、そこにポツンと存在しているベヘモットの背中へと直接着陸を果たす。そして、搭乗していた全メンバー5人は、怪獣ヘの背中に降り立った。
「では、純一君、耀子さん。頼んだよ」
蒲田隊長の確認に、純一少年と耀子がニッコリと頷く。
美菜隊員が純一少年に近づき、1回目の別れの挨拶をする。
「純一、じゃあベレンで逢いましょう。気を付けてね」
「美菜隊員も気を付けて。2度も生気を吸うことになって、ご免なさい」
「大丈夫よ、かつ丼でも食べておくから。
ところで、いい加減に『美菜さん』とか、『美菜隊員』っての止めない?」
「戻ったら検討してみます……」
耀子と鵜の木隊員もそれに倣って、別れの挨拶をしていた。
「ご免なさいね、鵜の木隊員。こんなことをお願いして……」
「いえ、本当に光栄です」
「なんか学生時代に戻って、恋人とお話でもしている気分になっちゃった。映画かお芝居でも演じているみたい……。こんな素敵な男性と、こうしていられるなんて……」
「耀子さん、頑張ってください!」
「ありがとう……」
耀子はそう言うと、純一少年の入っているカプセルに身を投じた。それを見ながら鵜の木隊員は、こう思わずにはいられない。
「なんで『頑張ってください』なんて、つまらん台詞しか、出て来なかったのだろう?」
カプセル中の純一少年と耀子を残し、3隊員はガルラに搭乗した。
そして、ガルラは垂直上昇機能VTOLで離陸すると、暫くベヘモットの動きを見るため、ホバリング飛行を続ける……。
当初、全く動きの見えなかったベヘモットであったが、身体を左右に揺らしたかと思うと、前足で地面を堀り始め、段々と前のめりの姿勢となって地中へと潜って行く。純一少年が予定通り憑依を完了し、ベヘモットが地中に潜る様、操っているのだろう。
蒲田隊長機のガルラはそれを見送りつつ、ホバリングを止め、次の目的地、アマゾンの密林地帯へと進路を定めた。