要家の事件(4)
文字数 2,851文字
純一少年は、さっと照子の正面に回り、彼女の目を真直ぐ見て話を始めた。
「これから話すことは、とても信じられる様な話では無いかも知れません。でも、僕はあなたが、そんな話でも受け入れてくれると信じています……。僕は、別の時空から来た、異時空人なのです!」
照子は彼の目を見て、きょとんとしてしまっている。美菜隊員は「純一」と声を上げてしまった。それでも彼は続ける。
「僕は自分の時空では、あなたと慎之介さんの息子なのです、養子ですけど……。ですから、そこでは耀子は僕の妹です。だから、僕は、どうしても曜子ちゃんを助けたい。これから僕は、物凄く不思議なことをします。
済みませんが、扉を閉めて……。そして、騒がないでください……」
照子はコクリと頷くと、部屋のドアを閉じ、純一少年の目をじっと見てから彼に答えを返した。
「分かったわ。あなたを信じましょう。でも、曜子を助けてくれるって約束して頂戴。そうしてくれたら……」
「約束は出来ません。でも、曜子ちゃんを助ける為に、僕は全力を尽くします……。それだけは約束します……」
純一少年はそう言うと、右手の人差し指を額に当てた。
照子は、純一少年がそう信じていた様に全く騒がなかった。そこに、白い霧が沸き上がり、段々と一人の老いた女悪魔の姿へと変わって行こうとも……。
「お前な、儂は占い婆じゃないぞ! この世界の
お嬢
がどこにいるかなど、儂には調べることは出来んわ!!」「おばば、未来を予知してくれ」
「
お嬢
の未来は予知できんぞ。ここのお嬢
のことを儂は知らんのだからな……」「いいや、僕のだ。このまま時間が過ぎるとどうなる? そこに、曜子ちゃんと僕との接点がある筈だ。それを見てくれ!」
「全く人使いの荒い奴じゃ。ほう、ほう、お前は泣いておるな。どうやら、この世界の
お嬢
は死んでしまったようじゃ」それを聞き、照子の顔からはすうーっと血の気が引いて行った。
純一少年の方は、少女の死を聞いても一向に動揺しない。彼は未来を変える気なのだ。予知の大悪魔の予言は、所詮、いくつもある内の、可能性の高い未来に過ぎない。
「よし。これで、おばば様は曜子ちゃんを認識できたろう? ここには彼女を示すアイテムだって数多く残されている……。
では、今から数分後の彼女の未来を見てくれ。そして、そこに何が見えるか、少しでも良いから教えてくれ……」
「全く、人使いの荒い……」
そう言ってから、予知の大悪魔は、現状の曜子の姿を伝えた。
「お嬢は監禁されているようじゃの……」
「その場所を特定できる物を教えてくれ。何でもいい!」
「無理言うな。どこかの倉の中じゃ。倉庫って云うのかのう。箱とかが山積みされているな。お嬢は縛られて椅子に座らされている。だいぶ弱っている様じゃのう。死ぬまでには大して時間が掛かりそうもないな……」
「じゃぁ、死んだ後を見てくれ! そうすれば、犯人か、別の誰かが曜子ちゃんを外に出す筈だ。その風景を見て教えてくれ!!」
「ほう、死んでから大分経った後に、犯人らしき奴らが、お嬢が死んだことを確認し倉庫の外に運び出したな。どうやら車で別の場所に捨てに行くようじゃ……」
「そこの道路標識を確認してくれ!」
「あ、ああ、原町田と云う所らしいな」
「住所を特定してくれ!」
「無茶を言うな。儂には街並みが見えるだけじゃ。そこにいけば、ここだと言えるが、行きようが無いじゃろう……。残りの儂の時間ではな……」
「ここまで来たのに……」
純一少年は、目の前が暗くなってきた。しかし、美菜隊員が助け船を出す。
「純一、スマホ! GGアースでストリートビューがある。急いで!!」
「ちょっと待って、曜子のタブレット端末かあるわ。それの方が見易いでしょう?」
照子が娘の机の上からタブレット端末を取り出し、起動、パスワード入力する。それを借りた純一少年と美菜隊員は、まず最初に予知の大悪魔の見た交差点を特定し、老婆の指示に従い、監禁されている倉庫を特定していった。それと同時に、照子が地図を持ち出し、その場所へと赤ペンで丸印をつける。
場所は確認できた!
「おい、儂は酷く疲れたぞ。何度も能力を使わせおって。せめて、その娘を儂に食わせてくれ。それ位しても良かろうが!」
「駄目だ! どうせ、あと少しで消えるんだから、我慢しな!」
美菜隊員は純一少年と老婆の会話を聞いて、疲れきった老婆にハグをし、彼女の頬にキスをする。
数秒後、純一少年は彼女と大悪魔を強引に切り離した。
「姉さん、お婆ちゃんに甘い顔していると、悪魔に殺されちゃうよ……。ほら、足下が振らついている」
「大丈夫よ、純一……。じゃあ照子さん、私たちはもう行きます」
照子が「うん」とばかりに頷くと、美菜隊員は曜子ちゃんの部屋を出て行こうとする。
それを見ながら、もう消えつつあった予知の大悪魔が、食べ足りなそうな顔で獲物だった女性に注意を与えた。
「急ぐんじゃな、お嬢の体力は大分落ちておる。死ぬまで、まだ一日以上あるが、弱った状態で助けても助かりはせんぞ。早う行け」
純一少年と美菜隊員が階段を駆け降りると、そこには小山、武隈、君島の三刑事が二人を迎えに来た処だった。
小山刑事は、純一少年の「曜子ちゃんの居場所に案内します」との言葉を聞くと、直ぐ様、その言葉を信じ、急いで要邸から外に出て、純一少年と美菜隊員と共に覆面パトカーで現場に急行してくれた。
純一少年らを乗せた覆面パトカーは、聖蹟桜ヶ丘方面から18号線で町田へと目指し急ぎ南下していく。
純一少年と美菜隊員、三刑事は、原町田にある中小企業の倉庫の一つへ到着すると、直ぐさま車を降り、人気の無いのを確認した上で一気にそこへ雪崩れ込んだ。
そこに犯人はいなかったが、その結果は、彼らとしては充分満足できるものであり、仕事が片付くと、思わす笑顔が零れてしまうものでもあった……。
当初、その倉庫の位置を知っていた純一少年と美菜隊員は、犯行グループの一員ではないかとの疑いを持たれたが、犯行メンバーと曜子ちゃんの証言から無実であることが確認され、晴れて潔白が証明された……。
そして後日、純一少年は美菜隊員と共に要宅に挨拶に訪れ、慎之介、照子夫妻、そして曜子ちゃんとも話をすることが出来た。
彼にとって、久しぶりの家族団欒の場であり、純一少年の心に、懐かしくも暖かい家族の記憶が蘇ってくる……。
しかし、彼の家はここではない……。
純一少年と美菜隊員は、照子に異時空の話は秘密であることを告げ、要家を後にした。
要照子は、それを夫にも娘にも語ることはなかった……。
勿論、そんな話、誰に話したとしても信じてくれるものでもない。その口止めは、あくまで形式的なものに過ぎなかった。
だが、照子は、純一少年の異時空人と云う話を、何の違和感も感じずに受け入れていたのである。