第45話 飼い犬は最後まで飼うのがルールだ
文字数 3,045文字
ポリスカーは4人乗りで、後ろに荷台がある機能的な物だ。
ただし、車載の武器はないので個々のポリスが車を盾に銃で応戦する。
ポリスは治安維持のために、郵便局と同じく優先的にガソリンが供給される。
田舎は電力が安定しないので、電動車は不向きなのだ。
だから一般もガソリンが必要な場合、ガソリンスタンドはだいたいポリスの近辺にあるのが普通だ。
荒野を走っていると、途中立ち往生した車を見つけてポリスの一人が指差した。
道を外れて4WDの大きな車が止まり、横に男が一人立っている。
ポリスの車を見つけると手を上げたので、車をそちらへと向かわせた。
「俺が行って来る。」
「旅行者だろう、一応気を付けろ。」
「わかってる。」
助手席のポリスが手を上げて降りて行く。
「ここは道から外れてるから危ないですよ。パンクですか?」
そばに停めて助手席のポリスが降りて行く。
男は30才代くらいか、落ち着いた高そうなスーツを着て、髪をオールバックに綺麗に撫でつけていた。
どこかの金持ちかな?
そう思いつつ、ポケットに入れた手が気になり、ハンドガンのホルダーにあるスナップボタンを外した。
男がうつむいた顔を上げた瞬間、その手に銃がある事に気がつく。
とっさにポリスが銃を取り数発撃った。
パンパンパンッ!
だが、男は胸を撃たれても構わず銃を向ける。
ポリスは銃を撃ちながら顔を腕で守り、車に下がった。
パン!パンパンパンッ!
男も構わず、車のドアを開け、盾にして撃ってくる。
ポリスの仲間も車のドアを盾に、応戦した。
パンパンパンッ!
パンパンッ!パンパンパンッ!
「クレイジーだ!早く乗れ!いったん引くぞ!」
「オウッ!撃たれた!畜生!」
後ろに下がるポリスが、大腿を撃たれてひっくり返る。
車を前に出し同僚を座席に引き上げていると、突然男の銃撃が止み、車に消えた。
「今のうちだ!みんな乗れ!」
慌てて車に乗り込もうとした瞬間、カシャンッとショットガンのフォアエンドを引く音が響く。
「ショットガンだ!退避ーーーッ!!」
男がまたヌッと身体を起こし、ショットガンの銃口をポリスたちに向ける。
バンッ!
後部座席のドアのヒンジ(蝶番)が吹っ飛び、ドアが下のヒンジ1つでぶら下がる。
ドア横のポリスが悲鳴交じりに叫んだ。
「スラッグだ!逃げろ!逃げろッ!!!」
バンッ!!
バンッ!!
「うわああああ!!!」
悲鳴を上げて、前進する勇気は無く、ひたすらバックで下がって行く。
バンッ!!
バンッ!!
「ギャアア!!」「ジーザス!!」
慌てて頭を下げ、目鞍滅法バックするポリスカーの防弾のフロントガラスに次々と穴が空いて一面ヒビだらけになる、ドスンと道から外れてUターンし、助手席のポリスが座席の下に隠れながらフロントガラスを足で突いてガラスを取り除く。
人間に弾が当たらなかった幸運を神に感謝しながら車を飛ばし、ポリスは男からとにかく離れることを優先した。
「現場確認はどうする!?」
「バカヤロウ!!!死体回収するために死んでどうする!明日だ!!」
ポリスの車が逃げていく、男がショットガンを車に投げ入れた。
スーツは穴が空いたが、まだ使える。
これで作戦を邪魔する奴は消えた。
まさか、帰りも同じように襲われるとは思っていないだろう。
「ククク……」
エンプティ(空っぽ)とサトミがあだ名を付けた男、カラン・グレイルが苦々しい顔で笑う。
彼は戦いの時、きれいに気配を消す。
サトミは一度戦ったとき、それを賞賛してこのあだ名を付けた。
「俺に名を付けたのだ、あんたは。 飼い犬のように。
ならば最後まで飼うのがルールだろう。」
カランが狂犬のように唇を噛んで牙を剥く。
神の子と言われた、あんたのそばにいるのが誇りだった。
思った以上の統率力に、成長を楽しみにさえしていた俺達を、あんたは捨てたのだ。
普通の生活だって?今更何を言う。
あんただって軍に買われてきたんだろう?
「あんたに普通の生活なんて似合わない。」
運転席に乗ると、座席を倒して寝ていたジンが起き上がった。
「お前、なんで殺さないんだ?」
ジンは見ていた、エンプはわざと外していたのだ。
ただ、恐怖だけを植え付けて。
「うるさい。」
「うるせえしか言わないお前は言葉を知らねえのかよ。
腹減ったなあ。」
「後ろの席の箱に食い物は入っている。好きなだけ食って出て行け。」
「やだね、お前がどうするか、面白いじゃん?!」
ニパッと笑って座席を倒し後ろの席に這って行く。
「サトミがいなくなったらよう、ワクワクすること無くなって、マジクソ。
俺は隊長してても飾りだし、ちっとも面白くねえ。」
飾りだって自覚があるのか、それでも隊長職にへばりつく。面白い奴。ガキだな。
「なあなあ、お前、ボスに言われてきたんだろ?
ヒヒヒヒヒ、面白いよなあ、ボスってよ。好きか嫌いかさっぱりわからねえ。
いや、好きだから、気に入ってるから殺そうとすんのかな?
お前だってそうだろ?エンプよ、好きで好きで、そんで殺したい。
ひでえ変態野郎だ。ヒヒヒヒヒ」
そういうお前だってそうだろうよ。
デッドだってそうだ。
あの隊のみんなは、15のガキの強烈な力の前に気が狂っている。
ならず者の犯罪者集団だったこの隊は、あのガキの入隊でしばらくザワついた。
まるで、野犬の群れにテリアの可愛らしい犬が放り込まれたようだった。
だが早速ガキのケツを狙った者は次々と死体になり、奴の同室になる奴はいなくなった。
ひょうひょうと野犬の群れの中にいて涼しい顔で過ごし、戦場でハメようとした奴は何故か逆に死体で帰ってきた。
苦々しく思っていた奴らは、砂糖を大事にしているガキのおやつを取りあげる気分で、ある日ガキのロッカーや食堂からすべての砂糖とココアを隠してしまった。
ガキは砂糖を探して食堂のドアやテーブル、椅子を壊し、刀を取り上げられ独房に放り込まれた。
だが、ガキは独房のドアを破壊し、半日もせずに勝手に出てきた。
怒り狂って、テリアがグリズリーに変貌していた。
独房の鉄のドアさえ破壊して出てきたグリズリーに。
そして、笑う首謀者を思い切り殴ったのだ。
「ク、ク、ク、」
「あ〜?なに笑ってやがる。」
「思い出したのさ。アレは傑作だった。
あの一件で猛犬がどちらかを見せつけられて、驚くほど統率の取れる隊へと変わっていった。
サトミは隊長になり、そして俺達は飼い犬に変わった。従順な、飼い犬に。」
「胸くそ悪ぃ、でも、悪くねえ。」
「ククク、そう、だな。」
珍しく意見が合った。
自分が休暇届を出す時に、ボスは何も聞かず使えと装備を積んだ車の鍵と大金の入ったプリペイド2枚を差し出した。
勘のいい人だ、恐ろしいくらいに。
本当に殺すかもしれませんと言ったら「お前ごときに殺されるような奴はいらない」と吐かれた。
終戦を喜んだ俺たちに、あんたはこれからだと言った。
戦後の世界は、政権が変わり戦中幅を利かせた奴らへの血みどろの粛清の嵐で、あんたの表情からは希望が消えて見えた。
だからこそ、こうして野に放たれたのは、本当は喜んでやらなきゃならないんだろう。
だが、あんたもわかっているはずだ、俺たち影に生きる者が何を考えるか。
あんた一人解放されて、誰が喜ぶと言う。
「ククッ、ククッ……
本当に、ボスは黒い。真っ黒だ。だが、あんただから付いてきたんだ。
たとえあんたが15の子供でもな。俺たちを捨てるのは許さない。」
仲間を失い、後ろ指指されて、居場所をなくせばいい。
俺は、この命にかえても、あんたを連れ戻しに来たんだ。