第6話 1人と1頭暮らし
文字数 1,730文字
朝早く目覚めて、周囲を軽く散歩しつつ初めて見る近所は目新しい。
近くには結構色んな店があるので、ベンの馬小屋と家の中の掃除を済ませたら必要なものを買いに行くことにした。
とりあえずは寝具や台所用品、それに破けてたカーテンも変えよう。
カーテンが変わっていると、外からも帰ってきたことがわかるから。
電気製品と言えば牛乳の入る小さな冷蔵庫一つとファンがあればいい。
最低限の食品も買い込んで、必需品のココアがなかったけれど、注文出来ると聞いてホッとした。
「ニンジン、ニンジン」
「はいはい、わーかってるって」
あとは、干し草と飼料と大量のニンジンを注文して、配達を頼む。
頼んでる途中で八百屋のニンジン食いやがったので、そのひとカゴ分まで買うハメになった。
買った身の回りの物を積み込んだベンを引き、鍋を買おうかと金物屋の前で立ち止まった。
そこにふと、カギが売ってある事に気がついた。
もらった鍵は一本、スペアはあるはずだ。でも、変えた方がいいのかなあ。
じっと立ち止まったまま考える。
と、ベンが、ドスンと背中を押した。
「切るだろ」
「うっせえな、この刀は野菜切る物じゃねえよ。
そこで待っててくれ、鍋とナイフ買ってくるから。」
「お前に切るの、持たせるなと聖書に書いてある。」
「書いてねえよ。きっと。」
料理は軍でサバイバル上、多少経験はある。
と言っても缶詰料理だけど。
だいたい湯を沸かすケトルとフライパン一つあれば十分。
あとは必需品のコーヒー入れる道具とココア作るミルクパン。
ナイフ適当に選んで金を払う。
戻ろうとして、やっぱりカギに目が行き足を止めた。
「ドアのカギだったら取り付けに行くよ。」
店主のおっさんが声をかけてくれる。
「しばらく留守にして、帰ったら家族がいなかったんだ。だから、カギを変えたくなくてね。」
「ああ、そう言う人多いんだよ。でも最近は強盗も多くて物騒だからねえ。」
「うーん、俺も無駄に殺したくないしなあ……」
「え?」
「いや、何でもない。気持ちが変わったら頼みに来るよ。じゃ」
金物屋を出て、ベンを引き家に歩き出す。
どうして……家族はここから消えたんだろう。
家の近くの人たちには聞いてみたけど、誰も行き先を知らなかった。
ただ、急に引っ越していったことだけは、みんな口をそろえる。
襲われたのがよほど恐かった?逃げたいほどに?
いや、しかし親父は自分に剣を教えた人だ。
とても強くて、厳しくて………
でも、そう言えば俺は、親父の太刀筋を見たことがない。
親父は強い人だと思い込んでいたけど、普通の人間だったのだろうか。
襲ってきた奴って誰だ??
まさか、俺にやられた恨みってのも考えにくい。
いたのは殲滅部隊だ、相手を生かして逃した覚えが無い。
はああああああ…………魂抜けそう……
うつうつと悩みながら、彼としては平和な日々が始まった。
やってやられての戦いの日々にはうんざりしていたので、こういうのんびりした平和には新鮮な空気を感じる。
雨漏りしていた家の屋根を直し、家の横にある馬小屋も板を張り替え綺麗にすると、DIYにも慣れて家の中から行き来できるようにドアを取り付けた。
庭の畑には草をむしってベンの好物のニンジンの種をまいてみる。
が、芽が出るとすぐに食べちゃうのでちっとも育たない。
そうして、しばらくは何ごともなく普通の日々を楽しんだ。
家族のことは、頭の片隅に追いやっている。
そのドライさは、軍にいた頃訓練されたものだ。
殲滅部隊だ。
仲間が捕虜になったら、殺して口を塞げが優先事項だ。
それが友達でも殺さなければならない。
まあ、友達なんて、いたのかわからねえような所だけど。
それでも夜、風でドアが音を立てると見に行きたくなる。
結果がわかっていても行きたくなるので、しばらくは居間で寝てた。
「馬鹿か」
グズグズ悩むサトミにベンが吐き捨てる。
「馬に馬鹿って言われたくねえよ。」
「ヒヒヒヒ」
馬屋は飽きたと、ベンが居間に来るようになった。
ミシン買って来て、テキトーに馬用のクッション作って敷く。
会話が出来ると、それで少し、気持ちが落ち着く。
ベンの存在は、サトミには寂しさ紛らす、いい友人のような関係になっていた。