第29話 さて、またまた早起き、デリー行きだっ!
文字数 2,581文字
ベンも、デリー行きの日は長距離思い切り走れるので、朝から張り切っているようだ。
暗い内から起きてきて、寝室のドアを壊れそうなほどにガンガン叩く。
ドンドンドン!ガンガンガン!「ハラヘッタ!ハーラーヘッタ!」
「うるせえええええ!!
だいたい俺を起こすとか、命知らずな馬だな!くそっ!」
起きた所でアラームが鳴る。ジャストだ。
「ふああーーーあ、朝が早えなあ〜
オラオラ!馬屋へ帰れ!」
まあ、おかげで寝過ごすことは無いが、ベンは気まぐれだからアラームは欠かせない。
アラームを止めてベンを馬屋へ追いやり、水と飼料をやって、自分も飯を食って身支度済ませる。
馬屋の掃除とベンに鞍を乗せ、戸締まりして家を出た。
「そろそろ鍵変えるかな、お母ちゃんたちはその内帰ってくるだろ。
まあ心配と言えばよ、砂糖とココアが盗まれるとヤバい。うん、マジで死人が出る。」
郵便局のロッカーにあるのは非常時の備蓄も兼ねている。けど、最近はそっちの減りが速い。
局のコンロ使ってココア作るようになったからだ。
「あー天気いいなー」
「いい!天気!ブヒヒヒ!」
「なー、みんなデリー行きは胃が痛いんだってよ!あははっ!」
「ヒヒヒヒ!」
「ガイドによ〜、次何か事件にぶち当たってもそこから動くな!
って言われてんだけど、無理だろ。」
「無理、無理〜」
「だよな〜!キシシシシ!」
到着して、ゲートで当直にパス見せる。
今日は50代くらいの警備員でも一番年の行ったおっさんだ。
ロマンスグレーが誰かに似てる。退役軍人らしい。
「おはよー!お疲れ!」
「おう!早いな!まだ相方来てねえぞ。」
「えー、マジィ?まあいいや、荷物積んで待ってらあ!」
おっさん警備員が、コーヒー飲んで目を覚ます。
そして目の前に広がる空き地の向こうを指さした。
「はっはっは、ダンクの家はほら向こうの3軒並んだ家の向かいの角曲がってすぐのとこ。
行ってみるかい?」
「へえ、見えるとこなんだ。」
「ああ、あの子はガイドが保護したんだよ。戦争孤児さ。仲良くしてやってくれよな。」
「おう!まかせとけ!そんな奴、珍しくねえってのが寂しい国だよな。
きっと俺達が大人になった時はもっといい国になるぜ。」
「期待してるよ、少年。」
「おう! あ!出てきた、走ってる走ってる。アハハハ!」
ダンクはショートカットせずに、きちんと道をぐるりと回って馬を飛ばしてくる。
郵便局への直線に入ると、手を上げて大声を上げた。
「おおおおおおいい!!!サトミよおお!寝坊したあああ!!!」
「馬鹿ッ!人の名前、デカい声で叫ぶな!恥ずかしいだろ?!」
ダンクは慌ててゲートをくぐり、転がるように事務所へ入って装備を付ける。
サトミがダンクの馬に、残り半分の荷物を積んで事務所に入ると、忘れ物は命取りなので何度も確認していた。
「荷物積んどいたぜ。まあ、遅れたら遅れたで、仕方ねえよ。」
「あああああ、またデリーの奴らに笑われる。だってよお、だって、緊張して眠れないんだよお!
サトミは?お前だってそうだろ?怖いよな!」
半泣きでサトミをちらと見る。
「んー、俺、寝付きはいいんだ」
「く、くそ、負けねえぞ宇宙人め! 俺は普通の人間なんだ!」
サトミはノーマル、ダンクは装備を完璧に付けて、ヘルメット被り、荷物を再確認して局を出る。
寝坊のせいでちょっと遅れてるけど、途中で一度休んでデリーを目指す。
走りながら馬を並べて口頭でルートを確認しあった。
「岩山の裏?!」
「そ!この間、ガイドが向こうと話し合って決めてきたー!!
休憩取って再確認なー!」
「イエス!」
最近のルートは、あの事件の起きた岩山と岩棚の間の最短ルートをやめて、岩山に広がる森を迂回する道に変わっている。
岩棚を迂回するには遠すぎるので、行きは森を左に見ながら迂回する方に変わったのはいいのだが、めっちゃ遠回りだ。
しかも森が仕掛けやすいのは言うまでもなく、安全とは言いがたい気がする。
それでも、もう方法が無い。
荒野の途中、木陰で休み取ってると、大きくあくびするサトミの横で、ダンクが深刻な顔でデリーとの協定書のメモを何度も読み直す。
「えーと、森から330フィート(100m)離れて進むこと。
近隣にトラックを見たら逃げる。
あと、えー、何だよ、ちっとも対策になってねえ気がする。
あの機関銃、射程何千フィートだよ……
結局運じゃねえか。
一般の車がさ、今度狙われるんじゃねえかって、これやっと問題になってるらしいわ。
3人も死んでからだぜ?
そのわりに軍が出てこないなあ、どうなってんだろう。
なあサトミよう、お前なんで怖くねえの?」
聞かれて水飲み、うーんと考える。
なぜ怖くないかなんて、考えたことがない。
でもまあ、同じ元少年兵だったというダンクには、話してもいいかもしれない。
「慣れ……なんだろうなあ。
地雷はなんか知らんけど、めざといんだよなあ。
あ、あそこにあるじゃん?って、なんかわかって生きてきた。
機銃はさ、撃つ奴殺せば撃ってこないし。」
「ああ!そっか、撃つ奴殺せばいっか!……って、お前ほんとサラッと荒んでるよな〜
まあ、俺も人のこと言えねえけど。
命なんてさ、ほんとあっけねえよなあ。せっかくみんな戦争生き残ったのによう。
俺、脱走兵でさ、空き屋隠れててガイドに見つかって、教会の孤児院に送られたんだけどさ。
同じ年の奴らって、羊みたいな奴ばかりだろ?
しょっちゅう喧嘩して、ずっとイライラしてさ。
働きたいって言ったら身元引き受けに、ボランティアで来てた局長がなってくれたんだ。
軍で受けた訓練生かしてポストアタッカーになってさ。
これでも真面目に働いたんだぜ。
今年やっと独り立ちさ、局長って、オカマでも凄く優しいんだよ。
俺の給料の半分、ちゃんと俺の口座作って、貯金に貯めてくれてたんだ。
それでエリザベスも買えたし、家も借りられた。
お前もさ、うち来て正解だと思うぜ。」
「ふうん、そっか。すげえな、あのおっさんおばさん。見直したぜ。いい奴じゃん」
俺の手はなかなか離さなかったけど。
ダンクがサトミを見る。
サトミは、いつも空を見ている気がする。
なにか
少年兵ってのは、いいように使われる奴隷みたいなものだ。
やらされることは決まってる。
前線の鉄砲玉か使い捨ての暗殺くらいだ。
でも、どこかサトミはそう言う、スレた雰囲気が無かった。