第9話 ドーナツ食べて、ポストアタッカーになろうよ!
文字数 1,990文字
「あー、あんた確か、追いかけっこしてた」
「あれ、遊んでたんじゃ無いから!」
ヒクヒク笑って中から出てきたその女性は、町で強盗追いかけていたあの郵便局の彼女だ。
まさに馬のしっぽのような、見事な赤毛のポニーテール。
局員の制服ではなく、ウエスタンスタイルの私服に見覚えのある腕章。
部屋に入るとその奥の扉を開き、その先にある応接室へ通された。
「どうぞどうぞお座りになってくださ〜い。
先日と合わせて、お世話になりました−。
あっ、甘いのはお好き?ちょうど今朝早起きして山ほどドーナツ作ったのよ。
持ってきたの食べます?
だーいじょうぶよ〜毒なんか入ってないし。これは御礼。」
「えーと、で、用は何?」
「まあまあまあまあまあ、お座りください、お礼よお礼!」
「なんか〜下心が見えるんだけど」
「ホホホホ!あらいやだ。
私の名前はキャミー・ウイスコンよ、サトミ・ブラッドリー。
まあ座って、コーヒー入れるから。あ、コーヒー大丈夫?」
キャミーはカードと金を一緒にテーブルの上に置く。
なんかマズい予感がするので、どうした物か考えたけど、まあ話だけ聞こうか。
つか、ドーナツだろ、ドーナツ。食わなきゃきっと後悔する!
「んー、砂糖とミルクいっぱいある?
仕方ねえ、ワイロにドーナツ食ってやるから勝手に話せ」
「あら、話がわかるじゃない?さ、お好きなだけどうぞ〜
お勧めはココア効かせたショコラドーナツよ」
目の前にドサッと置かれたドーナツに、ドッと口の中によだれがあふれる。
俺はまだ子供なんだなあってこう言うとき思うんだけど、何しろ軍でのお菓子不足は深刻で、俺は常に甘みは砂糖をなめるしか無かった。
で、お勧めのショコラドーナッツを頬張る。
サクッとして、あああああ〜〜〜〜う、ま〜〜〜い〜〜〜
んああ〜〜〜久しぶりのお菓子だあああああ!!
バクバク食って、もう一個食う。
こう言うの食べるとお母ちゃん思い出すなーー。
今ごろ何してるんだよ、お母ちゃん。
コーヒーのいい香りが漂ってきた。
彼女は丁寧に豆からコーヒーを入れて横に差し出す。
おおおお、すげえ、インスタントじゃ無いじゃん!
ちらと彼女を見ると、ニッコリ満面の笑顔で向かいに座る。
「コーヒー好きなの?」
「うん、白いコーヒーが好き」
「白い?コーヒー??」
カップギリギリまでポーション5個入れて、あふれそうになったのですする。
またポーション3個入れたし、砂糖10さじ入れた。
「え?えええ〜、入れすぎじゃない?」
「これが俺のコーヒーなんだよ」
ん〜、ポーションは不味いけど仕方ない、我慢する。
すっかり白くなったコーヒーを満足そうにかき回し、一口飲んだ。
「んー、美味〜い」
彼女はなんだか呆気にとられてそれを見ている。
「白いコーヒーねえ……
ね、軍にいたの?今、お仕事の当てはあるの?
ね、ね、郵便局で働いてみない?」
身を乗り出して、なんだかキラキラした眼でサトミを見つめる
なんだ、勧誘か……と、マジでいやな顔してドーナツをもう一個と手を伸ばした。
「俺、帰ってきたばっかだし、金はあるし、しばらくのんびりしたいんだよ。
だから全部ノー。」
確かに、サトミの通帳は年齢からは考えられない、生涯遊んでおつりが来るほどの数字の金額が入っている。
それだけ、軍でもヤバイ位置にいたのかもしれない。
まあ、それはそれ、今はとにかく……
「うーんでもさ、まだ15?16?でしょ?その年でリタイヤは早くない?
ね?考えてみてよ!
郵便をお届けしたときのお客様の嬉しそうな顔、ありがとうなんて言われたらあなたの幸せも倍増!
今も郵便物を待ってる人のために、危険を乗り越えお届けする喜び!
さあ、あなたもこの喜び体験しませんか?!」
「ノー、サンキュー。じゃ、ごちそうさま。」
サトミは激甘のコーヒー飲み干して、金とカードを取ってジャケットの内ポケットに入れると部屋を出ようとする。
ノブに手をかけた時、キャミーが声を上げた。
「まあまあまあ!返事は急いでるけど急がなくてもいいから!
ね、あなた激強いでしょ?そう言う人、なかなかシラフでいないのよ。
帰ってくると、だいたいクスリやったり心に病気抱えちゃってるわけ。
でもあなた、自然体じゃない?
自覚無いだろうけど、そう言う人ってめっちゃ貴重なのよ!
ポストアタッカーの扱う郵便は貴重品が多いの。
そして配達業務は不特定多数が相手。
配達は単独行動、自分で危険は回避するしか無い、その上ばったり誰に会うかわからない。
怖いってみんな言うけど、そりゃそうよ。
気持ちはわかる。物騒なところで貴重品持って届けるのって、タダでさえ怖いもの。
ポストアタッカー、今年最悪よ、二人死んでるの。人手不足が深刻なの。
私、窓口要員なのに、配達に回るしか無い。
でも、舐められちゃう。
ね!お願い!お願いします!ポストアタッカーになって!」
振り返ると、キャミーは必死でサトミに手を合わせ頭を下げていた。