第32話 ダンクはもうグロッキー
文字数 2,412文字
思わず涙が出たのか、ゴシゴシ袖で拭いていた。
「大丈夫かー?」
「大丈夫だよっ!くそう!くそう!今度は帰るのかよっ!!」
「まあ、あの様子じゃ帰りは大丈夫じゃねえ?」
機銃吹っ飛ばしたし。
死んだか、生き残ったか。そこまでわからなかったけど。
町に入って、デリー本局を目指す。
そこに穏やかな日常が普通にあるのが、なんだか別世界過ぎる。
女の子がキャッキャ楽しそうに笑ってお喋りしているのも現実だ。
「信じられねえ、俺達さっき死にかけたって言うのによ〜」
「まあ、それが仕事だし。」
サトミのあっさりした言葉にダンクは大きくため息付いて、最後の一息頑張ろうと背中をしゃんと伸ばした。
「つつつ着いたああああーーーー」
ダンクが、デリー局のゲートを通るなり、馬から滑り落ちた。
もう限界の限界のとっくに限界突破している。
「おいおいおいおい、マジ大丈夫かよ。」
局の人たちが手を貸して、ダンクを近くに座らせ、エリザベスから荷物を降ろす。
デリーのアタッカーのリーダー、ジェイクが奥から急いで出てきた。
「ガチ合ったって?なんでエマージェンシーコール押さなかった?ポリスに連絡は?」
「逃げ切ったから、はあぁ、連絡しなかった。
はあぁ、もう俺、死んだかと思った。」
「場所は?ポリスに連絡する。午後の分、一緒に行くから少し待ってくれるか?
デミー!デミー!お前当番だろ!準備しろ!」
「えーーー!俺行きたくないっすよー、マジ死にたくないもん。」
「は〜〜??何言ってんの、ほら、死ぬときゃこいつらも一緒だから。」
「なんでヤローと死ななきゃなんねえんだよーー!!
ちょっと勘弁してよ、俺かみさんからアタッカー辞めろって言われてんすよー」
「マジイィー??ちょ、デミー、お前がやらなきゃ誰がやるんだよ。おい!」
奥から嫌そうな声がして、ジェイクが追いかけていった。
ロンドだって、リッターが辞めてえって時々もらす。
あいつはまあ、愚痴だけで辞める気ねえらしいけど。
ダンクは全身から力抜けて、まだ立てそうに無かった。
「サトミー、奥の休憩所行くぞ。」
「イエス、先輩!ちょっとサインしてくるぜ!」
「おー……お前、元気だなー」
戻ってきたサトミの肩を叩き、局内の休憩所へと歩いて行く。
デリー郵便局は、建物もロンドの倍くらい大きくてスタッフも多い。
長い廊下にドアが並び、整然としている。
ロンド局の戦時中、壊されては直し直し、いびつになっていった建物とは雲泥だ。
「ほらここ、自由に使っていいんだ。他の部屋入るなよ。」
「ひゃーでっけえ、おー、何でもありそう。あーーー!!お菓子があるー!」
誰かの差し入れのお菓子がテーブルにある。
箱ごと持ってくるサトミに、ダンクが首振って4個取って戻せと言った。
しぶしぶ1個ポッケに入れて、4個取って戻す。
ここは、食堂も兼ねているようだ。
明るい窓が並び、沢山のテーブルと椅子が並ぶ。
ロンドでは見たこと無いデカい冷蔵庫が1台と、横にはポットとコーヒー、砂糖のスティックが置いてある。
隣の市なのに、たまに停電するロンドとは、電気事情が全然違うんだなと思う。
落ち着いてきたら腹も少し減ったので、ダンクがバッグから携行食を取り出してテーブルに並べた。
「好きなの食っていいぜ。
あー、コーラの販売機置かねえかなあ、どこ行ってもコーヒーしかねえ。」
冷蔵庫は開けると名前書いたプリンやヨーグルトや、なんか入ったタッパーが並んでる。
良く見ると、なぜかガイドの名前が書いてある栄養ドリンクが一箱と、リッターの名前の酒瓶が入っていた。
「酒??!!リッターの野郎、仕事中に酒??!!
……なんだ、オレンジジュースだ。紛らわしい瓶に入れやがって。
ちぇっ、ガイドのドリンク1本飲んじゃえ。」
サトミが砂糖スティックとポーションミルクを確認して、自分でコーヒーを半分入れて、ミルクをカップにどんどん入れ始める。
「マジか、それもうコーヒーじゃねえだろ?」
「うるせーな、俺のコーヒーはこれなんだよ。
なあなあ、これ何味?」
「これがココア、こっちバニラ、これプレーン。」
「何がどんな味かさっぱりわからねえ、ココアでいいや。」
ヤレヤレとダンクが椅子に腰掛けた。
サトミも並んで座り、携行食のココア味を手に取り開けて食べ始める。
それを目で追いながら、ダンクがぽつんとささやいた。
「なあ、 お前、何したんだ?」
サトミが視線だけでダンクを見て、ふうふうとコーヒーを冷ます。
なんと答えようか、ちょっと考えた。
「怖かったから、忘れた〜」
「ウソつけ、ほんとお前嘘つきだな。へっ、何が怖いだ。」
「んー、嘘つきは耳が痛いなー。まあ、俺はこう言う奴って事さ。」
ダンクが大きくため息を付く。
生きた心地がしなかった。よく今、こうして生きてると思う。
耳元で弾をはじく音が響き、視界の端でサトミが見えない速さで刀を振り回してた。
「まあいいけどさ、ちゃんと止まらず逃げたんだし。
あれ、なんだろう?手榴弾でも爆発したのかな?」
「助かったからいいじゃね?」
「うーん、俺…………」
ズズズズ……全身脱力してコーヒーすする。
「俺、 きっと、お前いなかったら、今ごろ死体だった。
ごめんな、マジ、サンキュー」
「うん、気にするな。」
二人、誰もいない広い部屋で、並んで座ってボーッとする。
ダンクの気持ちが測れない。
言葉端には、感謝だけではない何か複雑な感情が交ざっているような気がする。
サトミが視線を落とす。
「えっ、何お前下向いてんの?」
「だって、俺、今ダンクがどう思ってんのかとか、わかんねえもん。」
「バーカ、俺はお前に感謝しかねえよ。
お前はそう言う奴なんだろ?俺はそう言うお前に助けてもらった。それでいいさ。」
顔を上げると、ダンクが親指を立てて笑っている。
なんだかホッとして、拳を合わせて白いコーヒーを飲んだ。
ダンクは信用できる。信頼できる。
何も心配はいらない、そんな安心感があった。