第28話 軍用武器の悪用は、軍に喧嘩売ったのと同じと思え

文字数 3,249文字

国境の町ミルド。
そこは隣国アルケーと接し、密かに入出国する者も多く、犯罪者の逃げ場となっていて治安も不安定だ。
戦中アルケーとの戦いの最前線だった場所だけに、郊外になると荒れ果てて半壊の家が多い。
それでも、最近はインフラ工事が活発で、人が増えつつあった。


廃墟の並んだ道を1台の車が走る。
古いトラックの荷台には沢山の木箱が積んであり、機銃を隠すように上を毛布とシートで覆ってあった。

「あのモーテルかしら?」

女が簡易GPSと地図を見て、電話で指定された場所を確認する。
武器商人は、いつも何かにおびえているように国境沿いで指定場所を変える。
今日は、郊外に道から外れてポツンと建つモーテル。
行ってみるとそこは、部屋の前と横に車や馬が横付けされる4部屋しか無い小さなモーテルだった。
庭を隔てた隣は空き屋で、屋根に穴が空いて窓ガラスは割れている。
枯れ草がたまって、ヤブのように目隠しとなり、いかにも闇の取引に使われそうな所だった。

受付の小屋に人の気配は無い。
ゆっくり近づいて、並ぶドアに部屋のナンバーをメモで確認した。
庭先に、黒い外国車の大きなワゴンが止まっている。
女はその後ろに車を止めた。

助手席の金の入ったカバンを取り、銃を片手に辺りを見回す。
心臓が早鐘を打ち、不安に手が震える。
ウイスキーをストレートで流し込み、大きく深呼吸して車を降りた。

カバンの中は、金や貴金属でずっしりと重い。
その重さが、愛した人の命の重さにも感じる。
彼が、命がけで奪い取った金だ。

確かに強盗は犯罪だ。だが、これまで何人も死んだことは無かった。
あの日アタッカーの馬を撃ち殺したことで、その場で激しい銃撃戦になって仲間の5人が死んだ。
遺体はどうなったのか知らない。
だがアタッカーは殉職扱いの局葬が執り行われ、偶然その葬儀を目にした。

厳粛で、丁重な葬儀に怒りが込み上げた。
彼の、仲間の遺体はどうなった?
どこかの穴にでも埋められたんだろうかと思うと、耐えられないほどの怒りが湧き上がり、思わずその場で吐いた。

だから、手に入れたのだ。強い武器を。
1人生き残った男と共に、皆殺しを誓って。

もう一度、車のドアを開き、中のウイスキーの瓶を取る。
キャップを開いて飲み干し、助手席に瓶を投げ入れると覚悟を決めた。
カバンを胸に抱いて、周囲を見回し足早にドアへ向かう。
銃で空いたのだろう、小さな穴が沢山残る木のドアを叩く。

「こんにちは、ミスタ・アイボリー。私……トムです。」

どちらももちろん偽名だ。
ミスタ・アイボリーと客のトムは合い言葉だと言われた。
少し待つ。
が、なかなかドアが開かない。
不安がよぎってもう一度ドアを叩こうと手を伸ばした時、ゆっくりとノブが回った。

「ハーイ、トム。ごきげんいかが?
ここは閉店だ、他を当たりな。他があればな。」

ゆっくり開いたドアから、吐き気がするほどの濃い血の臭いが流れ出す。
思わずバラバラになったアタッカーの死体が思い出され、グッと吐き気がこみ上げて口を覆う。
ゴツンと額に硬い感触が当たり、それが銃だと気がつくのに何秒もかからなかった。

「あ、あんた、誰?」

喉からかすれた声を振り絞り、一歩引こうとする。
だが、足がすくんで動かなかった。
顔を半分出して、黒い服の男が銃を突きつける。
見てはいけないものを見ているようで、それでいて視線が外せない。
今にも男は引き金を引きそうで、身体中が凍り付く。

「ビッチ野郎、てめえらのせいで、こんなチャチな事でクソみたいな所まで来るハメになっちまった。
え、この落とし前はどう付けるんだ?」

動かない女に男が銃をゴリゴリと押し付け、女の額から血が流れる。

「た、たすけ、  て」

「はあ?助けろだあ?ようみんな、助けろって言ってやがるぜ?このアマ」

クククク……
ヒヒヒ……

中から小さく、血の臭いと曇った笑い声が聞こえる。

「カバン置いて、膝を付き手を上げろ」

女はガクガクと震えながら、その場にガクリと膝を折り、カバンを置いてブルブル震える両手を上げた。
その黒い戦闘服の男は、迷彩のストールで顔を半分かくし、目にはゴーグルを付けている。
声は軽いのに、何か重い雰囲気がゾッとさせて動けない。
引き金を引きかけた男は、ククッと笑って銃を降ろした。

「ま、いいや、お前を取ったらあいつにどやされる。
いいか、女。軍用武器の悪用は、軍に喧嘩売ったのと同じと思え。
フィフティーキャルで人間撃ったらどうなるか、わかっただろ?
まあ、こんな物、売ったこいつが元凶ではあるがな。行け」

「…………え?」

「キザまれて、精々後悔しな」

唐突にドアを閉められ追い出された。
何が何なのかわからない。
足下を見ると、バッグが無くなっている。

「バック……バックを返して!」

喉の奥に鉛があるように声が出ない、必死で声を絞り出した。

パン!

木のドアに穴が空き、ビシッと右耳をかすった。
まるで透けて見えるように、ドアの向こうから正確に一発で耳をかすめる。
耳たぶの上が裂け、血がだらりと流れた。

「ひ」

ガクガクと身体が震える。
怖い。あんな怖い男初めて見る。
ズルズルと後ずさり、ギクシャクする足で慌てて車に戻った。

「お金、お金!  ううう、おかねぇ……返してよう!」

息を必死で吸って、かすれる声を上げ、涙がポツポツ落ちて足下を濡らす。
お金!お金!お金を返して!!

パンッ、バシッ!

乾いた音がして、また何かが左耳をかすめ、車のガラスを突き抜けた。
耳に手をやると、耳たぶの上半分無くなって、ドクドクと血が流れている。
見ると、モーテルのガラス窓に穴が空いていた。
違う、こいつら普通じゃ無い。

「ひ!……ひいっ!」

女は両耳から血を流し、慌てて車に乗り込みタイヤを軋ませて走り去った。



女の車を窓から見送りながら、先ほどの男がため息をつく。
ゴーグルを外し、迷彩スカーフを首元に降ろす。
まだ21と若い男だが、何故か銀髪のような白髪で浅黒い肌に際だって目立つ。
男は、サトミが友人と話していた男、ジンだった。

男たちは、全身真っ黒の戦闘服にボディーアーマー、と、装備品に至るまで真っ黒で所属の標記が無い。軍人でさえも無いように見えて、装備は充実している。
不気味な一団だ。
死体や部屋にある物品をかたずける部下たちが、慣れたことのように手早く死体を袋に入れて運び出し、すべての書類、物品をダンボールにいれ後に続く。
やがて、部屋は多量の血を残すばかりでカラになった。
後ろから、同じ黒い戦闘服の部下、まだ二十歳代前半らしい黒髪おかっぱの副官の青年が声をかけた。

「ジン……じゃなかった、隊長〜、書類と武器、死体の所持品、全部回収すみましたー。
あとはこいつの車です。」

「よし、そこの新入り、男の車はお前が乗ってこい。引くぞ。」

「イエス、隊長!」

新入りが、ピンと身体を伸ばし敬礼する。
横で報告したおかっぱの副官は、何故かずっと微笑みをたたえたままドアを指さした。

「さっきの、なんで始末しなかったんです?見られたのに。」

言い終わるが早いか、銃口が向く。

「黙れ」   パン!

意見したわけでも無いのに、この上司は簡単に引き金を引く。
首を傾げて避けた頭をかすめ、吹っ飛んだ髪をパラパラ落として副官はヤレヤレと手を上げた。

「あーあ、みんなご機嫌悪いっすねえ。サトミ戻ってこないかなあ。」

「ヘッ、戻るもんかよ。戻ってきたら撃ち殺す。」

「無理っしょ、かすりもしませんぜ?」

「撃ち殺すっ!」

「あーハイハイ、引き上げましょうか」

ニッコリ笑う副官が、やれやれと肩を上げる。
ジンが、軽くあしらわれて声を上げた。

「引くのは隊長の!俺が決めるんだ!行くぞっ!」

「イエス!」

殺伐としたチームが、更に輪をかけて殺伐としている。
ジンが部屋を出ると、キビキビと他の隊員が後に続く。
部屋中に、ガソリンの臭いが充満している。
全員が出た後、最後の一人が開いたドアから中へ銃を撃ち、銃弾が何かをかすめた瞬間火花から爆発的に火の手が上がった。
あとには黒煙の上がるモーテルと、遠ざかる車が3台。
そのモーテルには消火栓も無く、燃え尽きるまで放置された。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。


・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。

・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。

・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。

・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。

・キャミー・ウィスコン

22才。赤毛のポニーテイル。

エクスプレスではガイドと二人、リーダー的存在。

人員不足からアタッカーをしていた。

・エジソン(カリン・ルー)

ロンド郵便局で配達局員専用に護身用武器を研究している。

メーカーに提供し、商品化で特許料を局の収入源の1つとしている。

元軍所属、嫌気が差して辞めた所を局長にスカウトされ、局の一部に部屋をもらった。

・カリヤ婆ちゃん

隣の婆ちゃん、一人暮らし。朗らか元気。

・ジン

21才。某隊長。死にたくない男。浅黒い肌に白髪と赤っぽいブラウンの瞳。

高身長、すらりとした体躯にモデルのような顔。だが、総隊長では無い。

・デッドエンド

23才。某副隊長。おかっぱ黒髪碧眼。中肉中背、爽やか青年。

趣味セックス。いつもニコニコ、微笑みにあふれた男。

・エンプティ

30代。本名 カラン・グレイル。白髪、ブルーの瞳。無表情。

サトミの強さに惹かれ、人生まで狂ってる男。

・地雷強盗の女

強盗を生業とする一団の、仲間の1人。アタッカーに仲間を殺され、逆恨みから生き残りの仲間と地雷強盗に見せかけたアタッカー殺しをもくろむ。

サトミの入局で、計画が大きく阻まれることになる。

・ジェイク

デリー本局のリーダー、古参アタッカー。戦中からアタッカーをやっている強者。面倒見のいい男。

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