第34話 刀を背負った男を殺したい
文字数 2,407文字
肋骨は折れて、腕と足の骨にはヒビが入った。
右目は潰れて、無数に入った破片を取るのは金がかかると言われて断念した。
顔半分と頭、身体中、何針縫ったか忘れた。
闇医者はもう止めたらどうだいと言うが、冗談じゃあない。
「ワケわからない!こんなことで!畜生!畜生!畜生!!」
ギリギリ歯を噛みしめ、憎しみの炎はどんどん強くなる。
それでも、もう反撃の手は無く手詰まりに近い。
「く、くそう、金が無いわ。金、金、男を雇って武器を買う金よっ!!」
体中が痛い。あの、刀を振り回す男の姿が目から離れない。
一緒に走る男よりうんと小さいクセに、目にもとまらぬ流れるようなきれいな刀さばきが目に焼き付く。
「ううっ、うう、殺してやる。殺してやる。」
頭に血が上って、その足で郵便局の方向に向かう。
アタッカーを、馬ごとひき殺そうと思った。
彼らがよく通る道の途中で車を止めて、待ち伏せする。
一般の配達員とアタッカーの見分けは付く。
ハンドルに突っ伏して痛みを堪えていると、一分一秒が何十時間にも感じる。
だが、まだ治療が終わったばかりの彼女は、麻酔が残っていたのかそのうち眠ってしまっていた。
翌日、日が暮れた頃、寒さに目が覚めて、呆然と辺りを見回す。
ガラスの割れた車には夕暮れの冷えた風が吹き込み、身体中が冷えている。
頭が、真っ白になっていた。
何をしていいのかわからない。
涙があふれて、頬を伝う。
もうすぐ空になるガソリンに、心の隅でバカなことしなくて良かったと思う。
大きく息を吐いて、ポケットを探る。
残金はゼロじゃ無い。だけど
「こんなはした金で……だからって、何が出来るというのよ?」
涙を拭きもせず、絶望感にまみれたまま町へと車を走らせた。
「もういっぱい頂戴、ほら、前金でしょ。」
カウンターで、5ドル放り投げると投げ返された。
「もう止めな、あんたに出す酒はもうねえよ。
あんたに紹介した男はどこ行ったんだい?腕のいい奴だっただろ?」
「あんな奴、……もう死んだわよ。」
マスターが、眉をひそめて離れて行く。
「ちょっと!酒! 酒、頂戴よぉ〜」
カウンターに突っ伏していると、スッとグラスが差し出された。
「え?なに?え?」
マスターが、一つ椅子を空けている隣の男をアゴで指す。
「こちらさんからさ。」
顔を上げると、そこには黒いスーツを着た白髪の30代後半くらいの男が座っている。
無表情で、気味が悪いくらいなのに、シャンと背筋を伸ばし清々しい程だった。
コン!
人差し指で、隣を叩く。
女が無言でうなずいた。
隣に座り直すと、カウンターの向こうにいるマスターにチップを差し出す。
マスターはそれを受け取り、チラリと見て奥の部屋に引っ込んだ。
男は不健康そうに見えて、手が大きく筋肉質だ。
白髪をきれいにオールバックになでつけ、ジロリと横目で見た。
何か、普通の男と雰囲気が違う。
ふと、あの武器商人の所で会った不気味な黒い戦闘服の男が思い浮かんだ。
「なに?何か用?」
「地雷強盗は失敗したか。」
ザッと血が下がる。
「知らないわ、知らない。あんた誰?」
「背に、刀を背負った男を、殺したい。」
「カタナ?って、何?」
「長い剣だ。背に背負って風のように早く抜き差しする。
どれほど撃っても弾が当たらない……男と言っても、まだ少年だ。」
女の表情が一変した。
「あいつ?!うう、こ、殺してやるわ!!グチャグチャにしてやる!」
血反吐を吐くように、テーブルに突っ伏して叫ぶ。
酒場にいる他の客は、互いに首を振って見るなとコンタクトを取り無視していた。
「機銃はどうした。」
「わかんないわよ!いきなり爆発したのよ!」
「フ、フ、フ、フ、」
無表情の男から笑い声が聞こえて、思わず顔を見る。
ゾッと全身の血が下がった。
こんな話で無ければ、すぐさま逃げたい衝動に駆られる。
「手を貸そう、人を集めろ。」
「で、でも、金も武器ももう無いのよ。」
男が銀行のプリペイドカードを差し出す。
「金はこれを使え。馬付きでまともな奴を12人集めろ。
中でも2人、ライフルが撃てる奴は必ず必要だ。
お前は地雷を一つ持っていたな。それも使う。
アジトはこの、橋の向こうの一軒家だ。」
男が衛星通信のパッドに映る地図と家の外観の写真を見せる。
つまり、こんな物持っていると言うことは現役の軍人だ。
女は思わず、目を見開いた。
「最低10人は集めろ。
各自慣れた武器と、持てるだけ弾も持ってこい。
集合は2日後の朝7時、先ほどのアジトだ。
口外無用、裏切った奴は殺せ。」
「わかった、わかったわ。」
プリペイドカードを手に取ると、チップにまとまった数の10ドル札を置いて、スッと立ち上がり消えて行く。
すかさずマスターが入れ替わりに出てくると、札束を取りカウンターの下で数えていた。
「あれ、軍人?」
「だろうさ、気前がいいな。
くそう、みんな貧乏に泣いてるのに、軍人ばかり大金持ってやがる。
あんた、1万ドルくれたら人間集めてやるぜ。」
この上ない提案だが、1万は高い。
「これ、いくら入ってるのかわからないのよ。使えって言われたんだけど。」
「プリペイドだな、ちょっと待て。」
マスターが、レジから読み取り機を持ってくる。
それに載せると、ゼロを数えて顔を見合わせた。
「20万ドル??」
マスターが、数字を押して1万引き落とす。
数字がとたんに19万に変わった。
「ちょっと!何を勝手に……!」
「人集めは口利き屋に任せな。このカード、俺が預かる。
あんたはモーテルで寝てるんだな。
明日の夜に結果を伝える。
1人1万ドルで12人、残りがあんただ。悪い話じゃ無いだろう?」
「あんたなんかを信用しろって?」
「ヒヒヒ、こんないい話あるかよ。
ポストアタッカー恨んでる奴や名を上げたい奴は多いんだよ、あんたは知らねえだろうがな。
ムカつく金髪白人アタッカー殺してくれよ。あの野郎、目障りなんだ。」
女が笑ってブルブル震える右手を出す。
マスターがその手を握り、ニヤリと笑った。