第11話 お前は大好き、俺は大、大、大嫌い

文字数 2,390文字

「なんでよ、なんで怖いんだよ」

「知らん」

家に帰ってベンを馬屋に入れて、世話しながら何聞いても知らんとしか言わない。
まあ、こう言うのって、何か原因があるんだろうけど、俺も嫌いなモノは嫌いだし仕方ないんだろう。

居間に戻って、ココア入れて合意書を見る。
地図見たらやっぱり橋渡りは必須だ。
まあ、橋が渡れないと言えば、その仕事は避けて貰えるかな。
あの様子なら、その柔軟性くらいあるだろ。

ゴトン、ゴトン、ゴトン……バンバン

「また馬屋からこっちに来やがった」

ベンが廊下を抜けて、居間のドアを鼻先でバンバン叩く。
押すドアはいいけど、引くドアは苦手だ。

「あー、何だよ。あっちこっちドア、簡単に開けてきやがるなー
半端に頭イイのめんどくせえ〜」

居間のドアを開けると、ヌウッと入ってきてテーブルの上のドーナッツをクンクン嗅ぐ。

「鼻付けんなよ、俺が食うんだから。」

「ふん、まずそう」

「何言いやがる、美味いんだぜ?母ちゃん思い出すなー」

そして、ベン専用に作った大きなクッションにボスンと横になった。

作った…………作ったんだ!俺が!
ちょっとカリヤ婆ちゃんに習った。
真っ直ぐ縫うだけだし、うん、真っ直ぐだけはまかせろ。

居間はベンが寝るといっぱいで、サトミは端っこに追いやられる。
でもまあ、1人でいるよりうんといい。
ベンがしばらくボーッとして、サトミをちらっと見る。
あさってを向いて、ようやくつぶやいた。

「アレだ、アレは駄目だ」

「わかってるよ、怖いんだろ。」

「うん、怖い」

「でもなあ、管轄はほら、やっぱり向こうまでだぜ?」

本を持ってベンに見せに行く。
フンッと鼻息吹きかけて、ガックリ寝そべった。

「おりた、好きにしろ。」

「まあまあ、そう言うな。橋渡るときは違う馬借りればいいし。」

ブルルル、ブルルル、なんか言いたげに首を振る。

「だからさ、橋渡るときはお前、留守番な」

サトミが心配いらないと言うつもりで、ベンにそう告げた。
だけども、ベンはそれがイヤだ。
これじゃあ、ビッグベン様の名折れだ。
こんな事で、頼りにならないって思われるのがすごーーく嫌だ。

ベンが不満そうに、横の棚をガリガリかじり始める。
イライラしてサトミの椅子の脚を横からガンガン蹴ってきた。

「こらこら、蹴るなよ。また椅子の足が折れるじゃん。」

「うんこする」

「ここでやったら二度と入れないと思え」

「馬なのに」

「都合のいい時だけ馬かよ。物に当たるな、バーカ」

ガンガンガン!

頭にきて、余計椅子を蹴ると、衝撃でサトミが遠くなって行く。
やがて、足が届かなくなった。
ふんっと鼻で息はいて立ち上がり、また馬屋へと、居間を出る。
そして立ち止まり、狭い廊下をバックしてきた。
横からドスンと、サトミの身体に体当たりする。

「なんだよ、しつこいなー。怖いんだから仕方ないだろ?」

「ブルルル、ブルルル、お前、怖いのある?」

「んー、そうだな〜〜まあ、死ぬほど嫌いなモノはあるな。」

ドタドタドタドタ、いきなり元気になって、更にバックすると、ピンと耳を立てのぞき込む。

「なに?」

「お前は大好き、俺は大嫌い、にんじんだ」

かくっとベンの口が開いた。

ブヒヒヒヒヒン、ヒヒヒン、ヒヒヒン

首を上下させて、異様に喜んでいる。
今度はサトミが大きなため息をついた。
これでお互いの弱点さらしたわけだ。

「よし、お前、5日、にんじん、食え。」

「ちょ、ちょ!待て!5日って、長すぎんだろ!!!!」

「5日」

「お前なあ、死ぬほどって言ったろ? 2日にしろ」

「5日、食ったら、渡る。」

サトミが頭を抱える。
死ぬほど嫌いなモノ5日とか地獄だ。
でも、こいつも橋を渡るのは死ぬほど嫌なのだ。

「わかった、どう料理して食ってもいいな、俺も人間だ、他にもなんか食わないと病気になる。」

これならこっそり量も減らせる。
口八丁の人間の小ずるさで、何とかこの危機を乗り切りたい。
サトミもじわっと汗かいて粘る。

「うぬううううう」

ベンが歯をギリギリ鳴らす。
負けられない。

やだやだ、絶対マジで嫌だ!ニンジン食うって考えただけで泡吹きそうだ。

「1日10本、食え」

誰だ!こいつに数を教えた奴!殺す!!

「2本だ!お前と身体のサイズが違うだろ!」

「8本!」

「くそっ!3本!絶対ゆずらねえぞ!」

「高い怖い!お前も嫌い、がまん!7本!」

くっ!
それを言われると折れるしかない。

「4本だ、4本。それ以上は無理だ。ほんとは1本だって無理なんだ。
ニンジンはな、俺の敵なんだぞ?!直撃で即死したらどうする!」

ベンが、ふんっと鼻息を吐く。
お互いヨシとはまだ絶対言えない。
ベンも橋を渡るのは死ぬほど嫌だ。

「5本、5本!橋、渡る。」

サトミが頭を抱えた。

なんでだ、なんでこうなった?!
俺は!ニンジンが!死ぬほど嫌いなんだあああああああ!!

あまりのストレスに、フウッと、意識が軽く遠のいた。
ゆらりとサトミが身を起こし、手がすうっと背中に行く。
ギョッとベンがたてがみを逆立て頭を上げた。

「ブヒヒヒヒヒー!死ぬ!死ぬ!」

「ハッ!しまった、いや違うんだ」

我に返ったが、もう遅い。

「お前があまり俺を追い詰めるからだろ?俺はな、俺だって、嫌なんだよおお。」

「お前、そんな奴、忘れてた!お前、お前、怖い!怖い!」

部屋の中で派手にバタバタ蹄をならして床が抜けそうだ。
墓穴を掘ったのはサトミの方だ、もう、折れるしか道は無かった。

「わかった!俺が悪い。1日5本、5日だ。全部で25本、約束する!」

足を止め、ベンがじいっと見る。

「約束、ズル無し。」

くっそ、怖いとか芝居だな、こいつーー馬じゃねえだろ!マジで!

「わかってるよ、お前が馬だからってズルしねえ。
俺は今、お前の信用失ったけど、回復に全力出す。」

ニイッと馬のくせに笑って、またクッションに座る。
サトミが脱力して、椅子に座りドーナツを一つ食べた。

「はああ……ドーナツうめえなあ…………」

明日からを思うと、今夜はごちそう食いだめしようと心に決めた。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。


・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。

・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。

・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。

・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。

・キャミー・ウィスコン

22才。赤毛のポニーテイル。

エクスプレスではガイドと二人、リーダー的存在。

人員不足からアタッカーをしていた。

・エジソン(カリン・ルー)

ロンド郵便局で配達局員専用に護身用武器を研究している。

メーカーに提供し、商品化で特許料を局の収入源の1つとしている。

元軍所属、嫌気が差して辞めた所を局長にスカウトされ、局の一部に部屋をもらった。

・カリヤ婆ちゃん

隣の婆ちゃん、一人暮らし。朗らか元気。

・ジン

21才。某隊長。死にたくない男。浅黒い肌に白髪と赤っぽいブラウンの瞳。

高身長、すらりとした体躯にモデルのような顔。だが、総隊長では無い。

・デッドエンド

23才。某副隊長。おかっぱ黒髪碧眼。中肉中背、爽やか青年。

趣味セックス。いつもニコニコ、微笑みにあふれた男。

・エンプティ

30代。本名 カラン・グレイル。白髪、ブルーの瞳。無表情。

サトミの強さに惹かれ、人生まで狂ってる男。

・地雷強盗の女

強盗を生業とする一団の、仲間の1人。アタッカーに仲間を殺され、逆恨みから生き残りの仲間と地雷強盗に見せかけたアタッカー殺しをもくろむ。

サトミの入局で、計画が大きく阻まれることになる。

・ジェイク

デリー本局のリーダー、古参アタッカー。戦中からアタッカーをやっている強者。面倒見のいい男。

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