第30話 心に落とす、戦中の影
文字数 3,025文字
忘れたい出来事は、幸せな時を飲み込んで、そればかりが脳みその中で沈殿して固まっている。
自分の家は、最前線と言われる戦闘の激しい場所から離れた隣国テレクシー近くの町で、前線から遠くて戦中でも静かな生活を送っていた。
でも、テレクシーがアルケーと組んだことで状況は一変した。
小国だった2国は大国をバックに付け、侵略を繰り返すこの国の独裁政権への圧力に乗り出した。
テレクシーからの爆撃で、家族はみんな死んで俺1人残された。
呆然とする俺は、ただ流されるように大人たちの指示に従い保護された。
保護された、と思っていた。
だが、そこは孤児院でも教会でも無く、軍の教育施設だった。
親兄弟の敵を取れと銃を持たされ簡単な訓練を受けると、ろくな装備も無く戦況の厳しい最前線の肉の壁に突き出された。
生き残れたのは運がいいだけだ。
危険なことばかりやらされて、仲が良かった子が爆弾チョッキ付けられて、敵中で自爆させられたの聞いて逃げ出した。
終戦間際はひどいことばかりだった。大統領殺した奴に礼を言いたいくらいだ。
あんなもの、もうたくさんだ。
自分の命がゴミのように扱われて、俺は、俺の生きている意味を探そうと決意した。
この仕事も、命のやりとりはある。
でも、人のために、その為に郵便を守って戦うのは、気持ちが違う。
俺はこの仕事について、やっと生きる意味を見いだした。
サトミも、そうであって欲しいと思う。
「お前もさ、生きてるって実感わけばいいよな。」
「生きてるじゃん、シロイのおっちゃんの飯は美味いし、まだ食ったことない物一杯食いてえなあ。お菓子だ、甘〜いお菓子食いてえ!」
「そっか、うん、ならいいんだ。たださ、一人で全部片付けようなんて思うなよ。
ほら、ガイドに怒られたろ?」
「考えてねえから、ご心配なく。」
サトミは横で、もしゅもしゅとクラッカー食って袋の底まで指で撫でて塩なめている。
それが終わると、口直しに角砂糖10個口に放り込みボリボリ食った。
見てるだけで歯が痛い。
「お前は確かにマイウェイだよな。 よし! 」
ダンクがメモを直しながら、遠くを見つめる。
空は変わらず透き通るように青くて、白い雲が流れ、鳥が飛んでいる。
静かだ…………
ふと、目をそらして、サトミに質問した。
「お前、 リードの、 死んだ時の写真見たんだってな。
な、お前さ、死体の写真見て、 どうなった?」
水飲んでて、ブフッと吹いた。
「なんだよ唐突に。どうなったってよ。そりゃあ……なあ、アレだよ」
サトミが大きくため息付いた。
ダンクが見透かすような青い青い瞳で見ている。
青い瞳は苦手だ。
まるで汚れも知らない澄んだ水のような瞳が、汚れ仕事を許さないようにプレッシャーを与える。
「俺はさ、仕事上あんな写真見ることがある。
そこからなんで死んだか、ヒントを探さなきゃならない。
目をそらしちゃ仕事にならねえんだ。
でもな、そう言うことが異常だって知ってる。
だから、俺は辞めようと思った。
あの写真でどうも無かったって言わない。
おれは、普通に戻りかけたこのハートがさ、グチャグチャの戦場に戻されたんだ。
マジ言うとさ、1人が辛かった。
だからあの夜はベンと寝たよ。
俺は、こいつに助けられてるんだよな。」
ベンの鼻先を撫でる。
黙って顔をすり寄せるこいつがいなかったら俺は、俺は……
俺はきっと、心があの頃に引き戻されている。
斬りたい。
殺った奴なら、ミッションなら、切れる。
いきなりドンと現れた人斬り衝動に驚いて、その日の夜は刀をシーツで包んで寝た。
軍に居た時はこんな事一度も無かったのに、まるで「人斬り」という中毒のようだ。
この平和な日々で麻薬が切れたように、斬りたい、ただ強烈に……斬りたい。
耐えかねて飛び起き、あまりの寒さに毛布をかぶって、心を落ち着けようとココアを入れて飲む。
ココアは、サトミの精神安定剤だ。
作る間の単純作業に、心が落ち着いてくる。
飲み終わるのが名残惜しくてもういっぱい。
あったかくて、甘みが身体にしみこんで、体中の叫びが静かになる。
身体がふわっと温かくなってまぶたが重くなり、そのまま馬屋に行って倒れ込むように、ベンの
そうやって人斬り衝動は、フツフツと3日ほど続いてやっと押さえ込んだ。
短くて済んだのは、きっとダンクのおかげだと思う。
彼の心遣いは、俺の唯一の救いになった。
だから、ダンクには嫌われたくない。死なせたくない。
こいつは俺のマブダチだ。俺が家族以外でそう思う人間は初めてだった。
「ダンクは凄いよな。」
人に心遣い出来るとこが凄い。
「なんでだよ。俺は何も凄くねえよ。
なあ、無理すんな。俺はお前の気持ちが一番わかると思ってる。
だからさ、何かあったら俺に言え。俺は全然頼りにならねえけど、心の支えにならなってやる!
振り回されて生きてきたのはお前と同じなんだ。」
ダンクが、サトミの腕をギュッと握った。
ドキッと身体を硬くするサトミの身体を、引き寄せてギュッと抱きしめる。
子供をあやすように、ポンポンと背を叩かれてフフッと笑った。
ああ、なんだ、人間ってこんなに暖かかったっけ?そうだよな、生きてるんだもんな。
「大丈夫、大丈夫だ。
みんないるから、お前は1人じゃ無いから大丈夫だ。いいか、1人の時間も大事だ。
でも、寂しくなったらうちでも誰の家でも遊びに行っていいんだ。
遊びに行っていいんだぞ。何も用事が無くてもいい、笑って過ごして帰ればいい。
俺はそうやって過ごしてきた。いいな、
俺は少年兵の先輩だ。迷ったら俺に聞け。」
「うん。でもさ、ごめん、俺、きっと、この件さ、俺なら片付けられるんだ。
だから………」
俺なら敵を全滅に出来る。
でも、言い終わらないうちに、ダンクがサトミの頭をバンバンバンバン、叩きはじめた。
「いて!いてえ!ちょ、なんだよ!」
逃げるサトミを、ボカボカ殴りながら、泣きながらダンクが追い回す。
やがて捕まって、肩掴まれて目が回りそうにガクガク揺すられた。
「馬鹿ッ!お前はっ!本当にどうしようもないバカだな!
全然わかってねえじゃんっ!!
このことは帰ってからだ!馬鹿野郎!みんなお前がそう言う奴だってわかってる!
だからみんな心配してるんだ。
お前がまだ俺たち信用してないのはわかってる。
でもな、お前がうちに来たのは
お前は人殺しなんかじゃねえ!もうポストアタッカーなんだからな!」
ポカンと見てると、ダンクが鼓膜が破れそうな大声で叫ぶ。
「わかったな!」
うるせええーーーー……
「うん」
「よし!行くぞ後輩!!世のため人のため!俺らは郵便を運ぶんだ!」
「うん」
「うんじゃねえ!はい!先輩!だろ!」
「イエス、先輩」
ダンクは涙をゴシゴシふいて、エリザベスに乗り込む。
サトミもストール巻き直してベンに乗った。
「よーし、まさかと思うけど、もしなんかあっても止まるなよ。
今日のミッションは『逃げる』だ。いいな。」
「わかった、守る。」
「よし、守れ!行こうぜ!」
事件のあった岩場に挟まれた道を避けて、その場を左に見ながら過ぎ、岩山を過ぎて森を左手にして走って行く。
「なあ、ダンクよ。俺なら、マジで全滅にできるんだぜ?」
前を走るダンクの背中に、そうつぶやく。
『お前は人殺しなんかじゃねえ!もうポストアタッカーなんだからな!』
ダンクの言葉に、顔がゆるみククッと笑った。
「ダンクよ、お前にはわかってるはずだ。”殺さない”方が難しいってことをさ。」