第5話 大事な物は諦めろ

文字数 2,680文字

「サトミちゃん?!」

声がして、浮かぶ涙を拭き顔を上げた。
そこにはビックリ顔した婆ちゃんが両手を差し出し立っている。

「まあ、立派になって、なんて懐かしいんだろ!無事に戻ってきたんだねえ!
いくつになったんだい?」

この声は……何か〜聞き覚えのあるこの声はーーー!!

「えと、俺、15になったよ。あ!隣の……カリヤ婆ちゃん?」

「そうだよ、隣のカリヤ婆ちゃんだよ。
まあ、綺麗な目になって!目が見えるようになったんだ!
良かったよ、良かったねえ。まあ!まあ!どうしましょう!」

「婆ちゃん、うちの……家族は?」

「サトミちゃんが家出た後、お父さんが人に襲われてね。
ケガが治ったら、なんだかあわただしく引っ越しちゃったんだよ。
お母ちゃんに家のカギを預かってるよ、うちにおいで。」

「襲われた?父さんが?」

ベンは畑に入って、雑草や伸び放題の野菜をムシャムシャ食べ始めている。
サトミは隣の家に行き、カギの入った封筒を受け取った。

「ほら、レイカさんほんわかしてるだろう?
手紙かなんか書きなって言ったのに、次の日もういなくなっちゃって」

ほんわかは、まあ気が利かないってのをいいようにした言い方だ。
お母ちゃんはお母ちゃんだから仕方ない。
隣も家族は多かったのに、爺ちゃんは亡くなってカリヤ婆ちゃんの1人暮らしだという。
子供達は最前線に近いこの町を嫌って、違う町で暮らしているらしい。

「ずいぶんここも寂しくなってねえ。」

サトミはその薄い封筒から中を取りだした。

カギが一つ。
マジ、手紙の一枚もない。

マジかよ、お母ちゃん。マジかよ、なあ!お母ちゃん!

頭が、真っ白になった。
一体何があったのか、見当も付かない。

「中に連絡先くらい書いてれば良かったのに、ほんとレイカさんほんわかだから。」

「……婆ちゃん、俺の家族の写真とかない?」

「写真はねえ、息子が写真機持ってたけど、ほら、戦時中慌てて越していっただろ?
ミサイル落ちたりいろいろあって、メモリもずいぶんダメになったり、なくしちゃって。
封筒に入れておこうかと思って息子に探させたけど、お父さんたちが写ってるのはなかったんだよ。
サトミちゃんせっかく無事に帰ったのに、悪いねえ……本当に……悪いねえ、ごめんね。」

婆ちゃんが目を潤ませて謝っている。
無い物は無い、逆立ちしたって無いんだからしょうがない。

サトミは寂しく笑って首を振った。

お母ちゃん、痕跡残さないメイジンだもんなあ…………
オヤジがよくぼやいてたし。
移動の時は手っ取り早く、全部燃やしちまうから大事な物は諦めろってさ。
まあ、そうやって何かから逃げてたらしいし。

「婆ちゃん気にすんな、サンキュー!家に帰って、何か捜してみるよ」

「隣に住むのかい?何も無いからとりあえずうちに泊まったらどうだい?」

「キャンプ慣れてるから。寝袋も持ってるし、なんか困ったら借りに来るよ」

「おいでおいで、婆ちゃんはいつでもオーライだよ」

昔とちっとも変わらない、気さくな婆ちゃんの家を出るとベンがムシャムシャしながら待っている。
ベンの首を撫で、一緒に家に戻った。

「どうだ」

しぼんだサトミの顔を、ベンが覗き込んだ。

「……うん、まあ仕方ねえ」

カギ預けたって事は、ここに帰ってくるってわかってることだ。
連絡あるまで待つしかねえ。

貰ってきたカギで、ドアを開けた。
さびて堅いドアが、音を立てて開く。

中にはいると昔食卓を囲んだテーブルが中央にある。
隣のおばさんが時々窓を開けてくれたのか、変な臭いもない。
ホコリがうっすらあるくらいで、比較的綺麗だ。

サトミは郵便受けに入っていた手紙を置いて、奥の部屋へと進んで行く。
奥には2部屋、子供部屋と両親の寝室があった。
寝室にはガランとした部屋だが、ベッドや小さな洋服ダンスはそのままある。
洋服ダンスを開けても、中は空っぽ。

隣の子供部屋を覗くと、机と椅子一組と小さな棚にダンボール箱が一つ。
中を覗くと、サトミの名が書いてある点字の本など、自分が昔使っていた物が入っていた。

目を閉じて、もう一度家の中を歩く。
自分の成長が、歩数や触れる物の高さで感じられる。

自分は、11の時にスカウトされた。

なぜ、盲目の自分がスカウトされたのかは知らない。
ただ、スカウトを受けたら目の治療をしてやることだけを熱心に話された。

俺は、見たかっただけだ。

見たこと無い物を、この世の生きてる物を、家族の顔を。
でも、帰れなかった。一度も…………

「あのクソ野郎!」

壁を殴ろうとして止めた。穴が空くだけだし。
ため息をついて、ホコリだらけのテーブルに戻り、椅子にドスンと座った。

「なんだ……」

一言漏らし、身体中の力が抜けて窓を見る。

「俺、もういらないのかな……」

涙が浮かんで流れた。
初めて見る自分の家が、こんなに殺風景な物だなんて。

ガチャ

突然ドアが開き、ドキッと顔を上げる。
まさか、誰かが帰って来たのかと目を見開くサトミの前に、ヌウッとベンが現れた。

「腹減った。御主人様は、ニンジン、食う」

サトミがまた脱力して、ガックリ背もたれにもたれかかる。

「お前、なあ……」

人の気持ちも知らないで、やっぱりベンは馬だ。

「暗くなる、ニンジン、ふわふわの草だ。ここで寝る。」

ここで寝るって……そりゃ無理だろ。
サトミが涙を拭き、クスッと笑った。

「俺がチョイ傷ついてるの、わからねえかなあ。」

「しらん。にんじん食わせろ、どっか行く。」

「どっかって、どこに?」

「いい男は旅が似合う。」

ニイッと笑う。

まったく、感傷にひたらせてくれよ。
俺だって人間なんだぜ。

声に出すのも億劫で、ぼんやり部屋を見回す。
ガスと電気は来てるのかな?

重い身体を引きずるように、水を出すとサビ混じりの茶色い水が出てきた。
古いガスコンロも、栓をひねればシュウと音がする。
スイッチを入れると、電気もついた。

「うん、とりあえずここで待つしかねえな」

もしかしたら、もしかすると、
つか、家族の接点ってここしかねえじゃん。

「よしっ」

ぐずぐず泣いてても仕方がない。
とにかくメシだ、そのあと掃除。寝る所だけでも確保しよう。

「ベン、買い物行こう。
ここまで付き合ってくれた礼はしなきゃな。」

「おお、ニンジン!ニンジン!」

「了解。で、俺はここに住むけど、お前はどうする?」

「お前の物はみんなの物とソクラテスが言った。」

「言ってねえよ、つまりここに住むって?」

「仕方ない、付き合ってやる。」

変な同居人だが、なんとなく嬉しい。
サトミはポンとベンの鼻先を撫でた。ら、かまれた。
ベンがヒヒヒヒヒと笑う。

「痛え、まあお前がいるからいいや、床、もう一枚板はらないとな。」

そうして、2人の……いや、1人と一頭の暮らしが始まった。
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登場人物紹介

・サトミ・ブラッドリー

日系クォーター、15才。黒髪、ブラウンの瞳。短髪だがボサボサ。中肉低身長、禁句はちっこい、チビ。

使用武器、主に背の日本刀、鰐切(わにきり)雪雷(せつらい)

11才まで全盲。周囲にいる者を感知できる。

小柄でよくチビと言われるが、生まれつきか日本刀を振り回す為か人間離れした筋力を持つ。

入隊を条件に目の手術を受けたため、家族の顔を知らない。両親と妹がいた。


・ビッグベン

サトミの愛馬。栗毛くりげの馬。

ロバと間違えられるほど小型の馬だが、未知数の脚力を持つ。

盗賊の頭が乗っていたが、サトミに出会って彼を選ぶ。

なぜか人語をしゃべり、子供くらいの知恵がある。数字は100まで。

・ダンク・アンダーソン

18才、アタッカーの先輩。元少年兵。黒髪碧眼、一人暮らしも長く料理上手。

使用武器、ハンドガン2丁。馬の名はエリザベス。

・ガイド・レーン

30才。黒髪、無精ヒゲの最年長。妻子あり。

戦時中から最前線でポストアタッカーを続けた。

ロンド郵便局のポストアタッカー、リーダー。

使用武器、アサルトライフルM27。他国海兵隊仕様を横流しで手に入れて外観をカスタムしている。

・リッター・メイル

22才。金髪碧眼の白人。ポストアタッカー。

母親似で良く女に間違えられるのが悩み。

美麗な容姿と大きくかけ離れた粗野な性格で、大酒飲みでケンカっ早い。そして強い。

使用武器、ショットガンM590M ショックウェーブ。多様な弾を入れ換えて使用する。

・キャミー・ウィスコン

22才。赤毛のポニーテイル。

エクスプレスではガイドと二人、リーダー的存在。

人員不足からアタッカーをしていた。

・エジソン(カリン・ルー)

ロンド郵便局で配達局員専用に護身用武器を研究している。

メーカーに提供し、商品化で特許料を局の収入源の1つとしている。

元軍所属、嫌気が差して辞めた所を局長にスカウトされ、局の一部に部屋をもらった。

・カリヤ婆ちゃん

隣の婆ちゃん、一人暮らし。朗らか元気。

・ジン

21才。某隊長。死にたくない男。浅黒い肌に白髪と赤っぽいブラウンの瞳。

高身長、すらりとした体躯にモデルのような顔。だが、総隊長では無い。

・デッドエンド

23才。某副隊長。おかっぱ黒髪碧眼。中肉中背、爽やか青年。

趣味セックス。いつもニコニコ、微笑みにあふれた男。

・エンプティ

30代。本名 カラン・グレイル。白髪、ブルーの瞳。無表情。

サトミの強さに惹かれ、人生まで狂ってる男。

・地雷強盗の女

強盗を生業とする一団の、仲間の1人。アタッカーに仲間を殺され、逆恨みから生き残りの仲間と地雷強盗に見せかけたアタッカー殺しをもくろむ。

サトミの入局で、計画が大きく阻まれることになる。

・ジェイク

デリー本局のリーダー、古参アタッカー。戦中からアタッカーをやっている強者。面倒見のいい男。

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