第26話

文字数 6,579文字

 初恋、あるいは玻璃の呪縛 14

 あと一段で、横に並ぶところまで来た。きょう初めての冬の風が、頭上の松の緑の枝葉をゆらせ、石段を吹きおりて来て、吹きすぎて行った。寒くなるのかもしれない。風に押し入られ通りぬけられて、若い二人の間の距離までがまた少し離れたように、左近将監(さこんのしょうげん)宗茂には感じられた。いつのまにか男の腕は娘の腰から離れていた。
 お節介だとは思ったが、仲良くしなさい、すぐに仲直りをしなさいと姫に、心と眼で強く呼びかけた。そうしないと大変なことになるかもしれないよ。恋する心なんて、ちょっと強い風が吹けば、あっちに飛んだりこっちに流されたり、とにかく尻軽なんだから、ちょっとの油断もしてはだめだよ、とさとすように心に言った。とにかく言葉をかけ合いなさい、顔を合わせて話しかけていれば、ふしぎと何とかなってしまうものだから、修復の可能性は生まれるものだから。
 それにしても、何でこんなに熱心に彼女のことを案じるのか判らなかった。ようやく不思議に思い、あきれた。いったい何が自分をこんなにもあの娘にこだわらせるのだろうと疑問に思った。玻璃姫の存在が二人のあいだの接着剤になっていることは判るが、それだけでもないような気がした。しかし、当然のことながら宗茂がどんなに真剣に心配しても、若い二人のその距離が縮まるはずもなく、それどころか、むしろ広がったように見えた。
 若い二人の間の距離を心配しているうちに、宗茂は自然と、玻璃姫と自分のあいだの距離が離れていった一週間のことを思い出した。

 ゴールデンウイークが始まる前の五日間、宗茂は東京に出張した。文化庁の著作権研修が三日間あり、その前後の二日が列車での移動日だった。平社員が出張に飛行機を使う時代ではなかった。
 東京への出張は初めてだった。東京への旅行自体は前に一度、高校の修学旅行で行ったことがあった。あまりいい思い出はない。
 貸し切りバスで、同級生と一緒に東京に入った日は小雨が降っていた。うす暗くうそ寒い夕刻だった。都心の片道三車線か四車線かある広い道路を、宿舎に向かってバスで走っているときのことだった。広大な交差点を前に、赤信号でバスが停まった。
 右前方の道路上に何か異変があるのに気づいた。それが疲れた眼をひいた。雨とタイヤの立てる水煙に覆われて、最初はそれが何かよく分からなかった。じっと見ていると、広い範囲の薄い盛り上がりが浮かび上がるように見えてきた。土砂ではないとまず分かった。幾台も幾台もの車のタイヤに轢かれて、濡れたそれは——紙だ、と分かった——アスファルトにへばりついていた。灰色の瘡蓋(かさぶた)のようで、ところどころでその皮膚の一部がはがれるように、紙片がちぎれ吹き飛ばされていた。
 バスが動き出し、その盛り上がった瘡蓋の横を通っていくとき、同級生たちもそれに気づき、おおとその量に驚きの声をあげた。窓から見るとそれは大量の雑誌だった。運送トラックの荷台からでも落ちたのだろう。交通量が多くその場で回収などできなかったのだろう。そうして、雨のなか都会の路上に打ち捨てられてしまったのだろう。
 高校生の宗茂は濡れた道路の灰色の瘡蓋(かさぶた)の正体をつきとめ、そこまで状況を想像して、その非情さに寒気を感じた。これが大都会、東京なのだと眼と眼のあいだを打撃されるように思った。東京という坩堝は熱くたぎって活発に文化を生み出しつづけている。併行してその裏で、文化をむだに大量消費し、せっせとゴミの島に捨てている。そうしなければ、東京の文化はパンクしてしまうのだろう。バスから見た、雨の下に見捨てられた雑誌の瘡蓋はその象徴なのだろう、と修学旅行から帰って思い出すたびに考えた。そして、東京の大学は志望しなかった。
 宗茂は出張中、東京では東京農林年金会館に泊まった。毎日、講義中に玻璃姫はいま何をしているだろうかと思い、毎夜、姫の幻を胸に抱きしめてベッドに入った。しかし、電話はかけなかった。遠距離電話は高く、急用でないかぎり恋人のあいだでもあまりかけ合わない時代だった。何よりオニババが電話を取って、二人の秘密の関係を気づかれてはいけないとの懸念が、ダイヤルを回させなかった。そして、宗茂は一週間ぶりに東京出張から帰ってきた。
 玻璃姫は約束の電話をかけてこなかった。宗茂が三豆の街を夜行特急で立つ夜、時刻が遅かったので、姫はプラットホームでの見送りはしなかった。夕刻喫茶店で会った。宗茂が帰ってきた次の日に、姫から彼の自宅に電話をするとそこで約束したのだ。
 玻璃姫よ、と宗茂は石段を下ってすぐ近くまで来た姫の愛娘に無言で呼びかけた。きみは出張のあいだ、毎日夜になると、一人ぼっちの部屋の静かさが永遠に続くと思えて寂しかったのじゃない? だから、それまでのように手紙を書いたのではないか。
「私はあなたの顔が見れなくても、いつもいつもあなたのことを思っています。東京のあなたも、いつもいつも私のことを思ってくれているかしら。いえ、思ってくれていると信じています。ベッドの中で私の幻をやさしく抱いて寝ていると信じているワ」とでも書いたのではないかと想像した。
「離れ離れのこの孤独の夜に、私はあなたの腕がからみつくように私を抱きしめるのを感じています。さみしくて眠れない夜にも、あなたの唇が私の体中にやさしいキスをしてくれるのを感じています。私はあなたの愛に包まれているのを感じます」と書いた。
「そうやって、孤独の夜に互いの愛を確かめ合っているの」と書いた。
「あなたの愛のために、今、私は自分がとても“女”だとかみしめてるの。なぜか云葉にしてしまうとヘンになるの。伝えたいことが大きすぎて、あせってしまうの」と書いた。「私は今、とても幸福だと、遠いところにいるあなたの面影をだきしめて…「ありがとう」を1000回と「ごめんなさい」をその半分と、「あなたが好き」、と10000回 あなたに送りたいの」と書いた。
「もう私は一人では生きて行けない。一人では生きていかない」と書いた。「東京にいるあなた、どうぞおぼえておいて。あなたと私のために。」
 姫よ、いくつかの夜は、手紙を書くことで互いの愛を知ることができたのかもしれないね。好きだという思いがいっそう強まったかな。しかし、ある日、オニババにその手紙を見られてしまったのでないか。そして、すごい剣幕で怒鳴られた?
「これ(手紙)は何?」とオニババは冷たく言い放った。「あなたは私に隠れて、こそこそと、今でもこんなことをしていたの」
 手紙を突きつけられて、姫よ、きみはドギマギ。虚を突かれて、受け身の態勢も反撃の態勢もとる余裕はなかっただろう。
「あなたは、自分の人生をドブに捨てようとしているのよ。分かっているの?」とでもオニババは言ったかもしれないね。「あの貧相な黒い顔、お金や地位にはまるで縁のない顔よ。見ただけでわかるじゃない」
「その上に、気が弱い。昨年末に家に来た時に見たあの眼、最低よ。ぜったいに出世なんかできないわよ」
 姫よ、きみの顔からは血の気が失せていっただろう。気力も言葉も萎えていっただろう。
「あの男は炭鉱(ヤマ)の子どもよ。野卑でマナーも知らない下罪人の血が流れているのよ。そんな血をあなたは受け入れられるの?」オニババならそのくらいのことは言ったのではなかろうか。「あの男の母親は小学校もろくに出てないのよ。父親は、指が一本ないのよ」
 父の名誉のために言っておこうと、宗茂は近づいて来る姫の愛娘に無言で話しかけた。指が一本ないのは本当だったけれど、その指は落とし前をつけるために切り落とされたものではない。炭鉱の事故によって失われたものでもなく、閉山退職後に再就職した町工場の慣れない機械に巻き込まれて切断したものだった。
「そんな人たちと親子になって、あなたは毎日何の話をするの? 笑顔で生活できるの?」とオニババは言いつのっただろう。「同じ一つ屋根の下で、一生、生活していけるの? 無理なことは、心の底では分かってるでしょ、あなたにも」
「クラシックのコンサートなんて聞いたことないわよ。歌舞伎もそう。お茶もお華も何も知らないわよ、あの人たち」とオニババは言ったかもしれない。「そんな人たちとあなたは親しく付き合えるの? 夢ばっかり見てないで、現実をちゃんと見なさい」
 玻璃姫よ、きみも懸命に反論しただろう。それでも、年の功に、それもオニババの年の功だ、勝てるはずがないよね。「出世は出来ないかもしれないけど、誠実で優しい人よ。どうしても好きなのよ」くらいしか言い返せなかっただろう。確かにそれくらいしか選ぶ理由がないのも真実だから。
「何、子どもみたいなこと言ってるのよ? 本当にあなたの人生をドブに捨ててしまうつもりなの?」と鬼のような怖い顔つきで叱責して、「目を覚ましなさい」と姫の頬に平手打ちくらいはしたかもしれない。
「お母さんはあんな男がこの家の一員になるなんて、絶対に嫌よ。あの男の家と親戚になるなんてゾッとするわ」と怒鳴ったかも。そのときのオニババの眼はそれこそ鬼のように吊り上がって、姫よ、きみをふるえ上がらせたのではなかろうか。
 姫よ、きみは蛇に睨まれた蛙のように凍りついて、また何も言えなくなったのではないか。姫よ、きみはその親や家族の桎梏から抜けだし、翼をいっぱいに広げて家の外を飛びまわる、叛乱を確かに望んではいたよね。けれど、同時にその桎梏の温かい毛皮のコートにそのままくるまって、守られていたいという気持ちも心の片隅に持ち続けていたのじゃないか? だから、そもそもの初めから親の、とくにオニババときみが呼んだ母親の反対をはね返せるはずはなかったのかもしれない。仕方ないよ、きみは精一杯がんばった、きみは何にも悪くない。
 姫よ、きみは布団にもぐりこんで、ただただ泣き続けたのかもしれないね。何日も何日も。お父さんも慰めに部屋に来ただろう。お父さんの胸にしがみついても、涙は止まらなかったかも。そして、泣き疲れてしまった。心も体も疲れ切って、何もする気がしなくなったかな。いや、姫よ、もしかしたら母親の平手打ちで、夢から目が覚めたかな。あるいはそれを機に、泣きつづけながら、少しずつ現実の世界が見えてきたのかもしれないね。恋をすること、愛し合うことはできても、一つ屋根の下で家族として暮らし、同じ生活を共にすることはできないだろう、と将来が見えたかな。どちらにしてそのまま泣き続け、恋人が出張から帰ってきても、姫よ、きみは約束の電話をしなかった。
 玻璃姫よ、そして、こちらも電話をかけなかった。携帯電話はまだなかったし、家電(いえでん)は誰が出るか分からない。きみのお母さんが出たら面倒くさいなという思いが先に立って、ダイヤルに指をかけさせなかったんだ、待っていたのならすまない。そのためだろうか、きみを失うことの悲しみとつらさは曖昧な気分としてしか感じられなかった。心の一部を引きちぎられるような痛みもあるにはあったけれど、何だか他人の痛みを感じているかのようだった。そのとき脳裏に、きみが昨秋「ここ、夏にも一緒に来たいわね」と祈った、あの海の近くの、長く真っ直ぐな急勾配の坂道の景色と爽快さが浮かんだのだ。こちらの方が何倍も鮮やかで実感できた。そして、もう一緒にそこに行けないのだという痛恨の方が輪郭のはっきりした寂しさとともに、胸をしめつけた。姫よ、それでも眼から涙は出なかった(涙を出し切らなかった)。
 姫よ、と宗茂はもうすぐ横に並ぶ、しぼんだように俯く姫の愛娘に無言で呼びかけた。肩にのしかかる、きみのその重さと、きみと分かちがたく根を張りあっている家と家族、とくにオニババの、そしてきみの家とつながる上流社会の面倒さをえいとふり払って、逃げてしまいたいと思っている自分が、ずっと心の隅にしゃがんで隠れていたことに気づいたのは、そのまま一週間がすぎた頃だったよ。その心の隅の自分がそのとき、姫が電話をくれないことを「これ幸いに」と喜んだかどうかまでは覚えてない。でも、姫との関係の不自由さから解き放たれることに、正直ホッとしてもいた。
 そして、眼から鱗が落ちた。付き合っている間ずっと姫をあざむいていたことに気づいたのだ。そうか、自分はずっと結婚を望んでいなかったのだ。それは、姫との結婚だけのことではなく、それよりも、結婚自体を拒もうとする生き方だった。ただそれは、姫やその家との関係を面倒さや不自由さから拒むのと根は同じだっただろう。姫は二人の未来に結婚のヴィジョンを見ていたけれど、宗茂は永遠に終わることのない恋愛を見ていたのかもしれない。だから、具体的な結婚の設計図を作ろうとしなかったのだ。
 そうか、やっと判った。自分は、どんなに愛し合っていても束縛であり不自由だと、結婚を嫌っていたのだ。そして、姫には彼女と結婚するために努力しているように見せかけながら、心の隅に隠れた自分は、できることなら結婚などせず自由に生きたいと思っていたわけだ。でも正直に打ち明けて、姫と離れることも辛い、だから今は結論を先送りしてごまかしておこう、あいまいな今をとりあえず姫と一緒に過ごしていこう、と、姫をあざむき続けてきたのだ。本当に、姫よ、すまない。
 どうしようもないな、と思った。そのときも電話機の前で、姫に電話しようかと迷っていたのだけれど、泣き笑いを笑うしかなかった。姫よ、本当にどうしようもなかったんだ、すまない。
 玻璃姫よ、結局、二人は強くなれなかった。弱虫から脱皮できなかったね。姫よ、きみもその弱さの元に、自分を信じられない自分が縮こまっていることを知っていたんじゃないか。判っていても、さいごまで自分を信じることはできなかったよね。二人は自分とお互いを深いところで信じて、同じ未来にむかって歩けなかった。
 時間があれば、もっとお互いのことを知合って、いろいろなことに挑戦し経験してその達成感を積み重ね、その堆積の中で化石のように、少しずつ少しずつ信頼に足る自分を固めていくことができたかもしれない。姫よ、そう思わないかい(ごめん、ごめん、きみは資格を取ろうと懸命に挑戦していたよね)。あの頃の二人には、結果的にその堆積の持ち時間が短すぎた(きみは焦っていたよね)。そして、短い持ち時間のその間でさえ、空虚な時間の重さに二人とも耐えられなかった。だから疲れ、離れていかざるを得なかったんだよね。
 二人は確かに自分を信じて強くなることには失敗した。
 玻璃姫よ、レトロという言葉があるよね。懐古趣味のことだ。今、昭和レトロがブームだそうだよ。二人が生まれた昭和三十年代から四十年代の時代を懐古するのが人気で、ノスタルジックな雰囲気や憧れを漂わせる家具や家電、町並みなどが懐かしがられている。
 昭和の終る頃の二人の恋も、今からみれば、立派な昭和レトロの恋だったと思う。人は強くなくてはならない。人生というゲームに勝つために強くならねばならない。弱いものを守る人として強くならなければならない。強くなる努力をしなければならない、特に男は。これが昭和世代の求められる生き方であり、強迫観念(オブセッション)だった。今の若い世代なら、「泣いてもいいんだよ」「ありのままの二人でいいよ」とお互いの弱さを認め合えるのだろうけれど、昭和の男と女は口が裂けてもそんな弱音はもらしてはいけないと思っていた。二人の恋はこの強迫観念にがんじがらめに縛られ、尻を叩かれていた。そして、弱くて失敗した。まさしく昭和らしい恋だった。
 でも、二人の恋は間違いだったのだろうか。二人は間違いなく一つになろうと求めあっていた。間違いなくお互いを大事な人だと思いやり、守りたいと思っていたよね。叛乱そのものには失敗したけれど、二人は(少なくとも姫よ、きみは)何かと不自由だった昭和レトロの恋を成就させようとまじめに葛藤し、弱虫なりに精一杯頑張った。正しくそれだけでよかったのではないかな。現実に失敗はしたし、未来も不確かではあったけれど、あの七カ月の恋はけっして間違いではなかったと、今は思うんだ。
 かけがえのない今この瞬間(とき)に劣らず、あの頃も大切な過去(とき)だ。姫よ、きみも、そう思わないか。
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