第10話

文字数 1,569文字

 ハッピイ バースデイ ——玻璃姫の叛乱 検査入院・六日目朝

 きょうは日曜日で、いま、朝食を食べたところヨ。入院して初めてのパン食で、献立はコッペパンにバター、ベーコンの入ったサラダと、ヤクルトとオレンジ。病院食だからまずいのは当然だケド、味気ないったらありゃしない。もっと何とかならないのかしら、ケーキでも付けてくれたらいいのに。でも、これって贅沢になれた人間のわがままかな?
 贅沢とケーキっていえば、私の誕生日のこと、あなた記憶している? 憶えてないか。あなたはプレゼントに、駅前デパートでセカンドバッグを買ってくれた。私ホントは、クリスチャンディオールのネックレスがすごく欲しかったんだケド。シックなデザインで、ショウケースの中にそれを見つけたとき、一目で魅了されてしまったの。でも、値段がバッグの一桁上だったので、わがままな私でも買ってとは云えなかったワ。あなたは社会人四年目のヒラ社員で給料もまだ少なかったから、「まだ無理ね」ってあきらめた。
 海峡が見渡せる公園までドライブし、展望台に車を停めて、キスをした。何度も何度もネ。
 薄い雲を照らし広がる夕焼けが、私の愛車の白いボンネットの上に移ろい消え入ろうとするとき、あなたは帰ろうとして「行こう」と云った。私は笑って、「きょうはアレだからダメなの」って云った。
 あなたは複雑な表情をして一呼吸おいて、「これ持って来たんだけど、かけてもいいかな?」とバックからカセットテープを取り出した。サザンオールスターズの曲だったことまでは覚えている。でも、曲のタイトルはもう忘れちゃったワ、何だったっけ? 内容もほとんど覚えてないケド、恋人たちの誕生日の話だったような気がする。
 そのとき流れた歌詞の一部は、フシギね、覚えている。
  Sweet little baby 裸で祝うひととき
  Dear my lady 世界中の誰よりもいい
 この歌詞を聴いて、私は頬が火照るのを感じたワ。うれしいんだケド、はずかしくて、私は皮肉な口調で「ホテルでこの曲をかけながら、アレをしたかったんでしょ? 残・念・で・した」と云った。
 あなたはそのときも怒らなかったワネ。逆に臆するふうに「いや、そんなことは考えてなかったけど」と云って、こんな感じのことを話した。「ただね、これをかけてホテルまで行ってね。途中でケーキを、そうだな、イチゴのショートケーキがいいな、ケーキを買って、二人だけできみの誕生日をお祝いしたかっただけさ」って。
 私の胸に、あなたの言葉はジーンと染み入った。だから、言葉が出なかった。うれしくて、その嬉しさをあなたに伝えたくて明るく笑おうとするのだケレド、何故だか泣きたい気持ちもあって、きっと私はみっともない顔をしていたでしょうネ。もう覚えているはずないカ。でも、運転中だったから一瞬だったケド、互いの瞳の中に見入ったとき、あなたの中にも泣笑いのほんわりした光が灯っているのを見た、私のそれと共鳴するようにネ。そのときも私たちは一つだと思えた。
 市内にある旅館の和風レストランで食事をしたワネ、そのあと。食べ終わると、私は家に電話をかけた。
「お母さんが、宗茂さんもそこにいるのかですって」と、つっけんどんな声で母の言葉を伝えた。「家でケーキを買ってパーティの用意をしているから、早く帰って来なさいって」私の声は、何て云ったらいいのかしら、話すうちに腑ぬけていったワ。
 あなたは、確かこんなことを云った。
「アレっていうのは、お母さんのことだったの」
 私にはもうあなたの皮肉に、答える気力も残っていなかった。それでも何とか笑って、「こんど裸で、一緒に苺のショートケーキを食べましょ」と云った。
 あなたも笑って「ごめん」と云ってくれた。そして、テーブルの上の私の手を包みこむように握った。
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