第16話
文字数 1,839文字
嫉妬と資格と禁欲と(一) ——玻璃姫の叛乱 検査入院・八日目
いま病室には、「ジェラシーと云う名の悪魔」がかかっているワ。
つれ出してここから
燃えるジェラシーの罠から
この歌と同じで、私は一月中、ジェラシーと未練にくるっちゃいそうだった。
一月はじめのあの別れいらい、私たちはほとんど口をきかなかったワネ。
別れたあなたと顔を合わせるのはつらかったけど、私はアルバイトを辞めなかった。これまでのわたしはいつも苦しいことから逃げてばかりいたけど、こんどだけはそうしたくなかったから。もう大人だからそうできると思ったし、また逃げたら、何年かしてあなたに会ったときに挨拶もできないと思ったから。そんなの嫌だったから、続けて来たの。でも、毎日机越しに、あなたと顔を突き合わせていなければならないのはホントきつかった。よく席を外してトイレなんかに隠れていた。
あなたもなるべく顔を合わさないようにしていたワネ。たぶん必要度のひくい写真撮影の仕事などを作って、何かと外に出てばかりいた。会社にいても、ちょいちょい職場から姿をくらませていたワネ。
一月も終わろうとしていたその日、会社の玄関で、私はあなたを待ち伏せした。私どんな顔をしていたのかしら、あなたは私を見て、ギョッと身を引いたワネ。仕事のあと会いたいと云う私はきっと鬼のような顔をしていたのネ。
もうどこだったか忘れちゃったケド、デパートか何か大きなビルの屋上に上がって、展望公園のような所で、二人は話した。
あなたは準備万端、温かい缶コーヒーを買ってきてくれていた。冬らしく寒い日だったものネ。風がないのは幸いだったケレド。缶を両手で包むように持って、暖をとりながら話したの、あなた覚えている?
私から口をひらいたワ、いつものように。「私、自分で思ったほど、大人じゃなかったみたい」と話しだした。「毎日職場であなたと会っていても、平気でいられると思ってた」
でも、あなたを見ていると苦しくて、別れたことが苦しくて、って私は続けた。「夜、泣きながら寝てるの。急に息ができなくなって、飛び起きるの。ホントに死ぬかと思ったワ」
バーボン、飲まないの? とあなたは訊いたワネ。イジワル。
私は目を見ひらき、それからふっと小さく笑った。「もう女学生じゃないワ」
そうだね、と言ってあなたも笑った。
ありがとう、でも、聞いて、と私はやめなかった。「私、前よりももっともっと嫉妬している自分に気づいたの。あなたと仲良くしているあの女に焼きもちを焼いて、頭が痛くなって、時どき隠れて煙草を吸っていたこと、あなた知ってた? 外で」
いや、ぼくの方も隠れんぼしていたからね、とあなたは冗談めかして云った。私の思いつめた気持ちを解きほぐそうとしてくれたのヨネ。「でも、どちらも地獄だったわけだね」
嫉妬心ほどタチの悪いものはない、と日本の作家が書いていたのを読んだことがある。その作家の名前は想いだせないケレド、たしかに、嫉妬心ほど厄介な感情はない、と私も思う。
あの頃のことを想えば、そのとおりだと切実に思う。誰だって最初は、好きだから焼きもちを焼くのヨネ。でも、その嫉妬心が強くなっていくと、その嫉妬の炎の方が好きだという気持ちをあおって、ホントの心以上に愛欲を燃え上がらせるみたい、そんな気がする。そして、その燃えるスパイラルの罠に、ユーミンの歌う「燃えるジェラシーの罠」に落ちちゃうと、なかなか逃げられない。ジェラシーと愛情が渦巻きみたいに一体になって、猛烈な勢いで相手にむかって突き進んでいくのヨ。私もそうだった、といまならワカる。
あのころの私は、嫉妬と愛情が一つになった渦巻きそのものを、私の愛情の強さだと思っていたケレド。
だから、私はそのとき、ふふ、と口にふくむように笑って云ったの。「好きなの。大好きなの、どうしようもないの。いっしょにいたいの、未練というやつだとしても」って。
私はそのあと、「叛乱」の立て直し計画を披露した。行政書士の国家資格をとると宣言した。資格をとって、そういう関係の事務所で働いて、そう悪くない給料をもらうようになって、まず家から経済的に自立する。そうすれば、家を出ても、あなたと結婚できる、って。
だから、私の資格勉強を応援して、とあなたに頼んだ。
あっ、「Autumn Park」がかかるワ。あのころ聴いていた曲よ、あなた覚えてる? 少し休憩しましょ。好きな曲なの、静かに聞きましょう、一緒に。
いま病室には、「ジェラシーと云う名の悪魔」がかかっているワ。
つれ出してここから
燃えるジェラシーの罠から
この歌と同じで、私は一月中、ジェラシーと未練にくるっちゃいそうだった。
一月はじめのあの別れいらい、私たちはほとんど口をきかなかったワネ。
別れたあなたと顔を合わせるのはつらかったけど、私はアルバイトを辞めなかった。これまでのわたしはいつも苦しいことから逃げてばかりいたけど、こんどだけはそうしたくなかったから。もう大人だからそうできると思ったし、また逃げたら、何年かしてあなたに会ったときに挨拶もできないと思ったから。そんなの嫌だったから、続けて来たの。でも、毎日机越しに、あなたと顔を突き合わせていなければならないのはホントきつかった。よく席を外してトイレなんかに隠れていた。
あなたもなるべく顔を合わさないようにしていたワネ。たぶん必要度のひくい写真撮影の仕事などを作って、何かと外に出てばかりいた。会社にいても、ちょいちょい職場から姿をくらませていたワネ。
一月も終わろうとしていたその日、会社の玄関で、私はあなたを待ち伏せした。私どんな顔をしていたのかしら、あなたは私を見て、ギョッと身を引いたワネ。仕事のあと会いたいと云う私はきっと鬼のような顔をしていたのネ。
もうどこだったか忘れちゃったケド、デパートか何か大きなビルの屋上に上がって、展望公園のような所で、二人は話した。
あなたは準備万端、温かい缶コーヒーを買ってきてくれていた。冬らしく寒い日だったものネ。風がないのは幸いだったケレド。缶を両手で包むように持って、暖をとりながら話したの、あなた覚えている?
私から口をひらいたワ、いつものように。「私、自分で思ったほど、大人じゃなかったみたい」と話しだした。「毎日職場であなたと会っていても、平気でいられると思ってた」
でも、あなたを見ていると苦しくて、別れたことが苦しくて、って私は続けた。「夜、泣きながら寝てるの。急に息ができなくなって、飛び起きるの。ホントに死ぬかと思ったワ」
バーボン、飲まないの? とあなたは訊いたワネ。イジワル。
私は目を見ひらき、それからふっと小さく笑った。「もう女学生じゃないワ」
そうだね、と言ってあなたも笑った。
ありがとう、でも、聞いて、と私はやめなかった。「私、前よりももっともっと嫉妬している自分に気づいたの。あなたと仲良くしているあの女に焼きもちを焼いて、頭が痛くなって、時どき隠れて煙草を吸っていたこと、あなた知ってた? 外で」
いや、ぼくの方も隠れんぼしていたからね、とあなたは冗談めかして云った。私の思いつめた気持ちを解きほぐそうとしてくれたのヨネ。「でも、どちらも地獄だったわけだね」
嫉妬心ほどタチの悪いものはない、と日本の作家が書いていたのを読んだことがある。その作家の名前は想いだせないケレド、たしかに、嫉妬心ほど厄介な感情はない、と私も思う。
あの頃のことを想えば、そのとおりだと切実に思う。誰だって最初は、好きだから焼きもちを焼くのヨネ。でも、その嫉妬心が強くなっていくと、その嫉妬の炎の方が好きだという気持ちをあおって、ホントの心以上に愛欲を燃え上がらせるみたい、そんな気がする。そして、その燃えるスパイラルの罠に、ユーミンの歌う「燃えるジェラシーの罠」に落ちちゃうと、なかなか逃げられない。ジェラシーと愛情が渦巻きみたいに一体になって、猛烈な勢いで相手にむかって突き進んでいくのヨ。私もそうだった、といまならワカる。
あのころの私は、嫉妬と愛情が一つになった渦巻きそのものを、私の愛情の強さだと思っていたケレド。
だから、私はそのとき、ふふ、と口にふくむように笑って云ったの。「好きなの。大好きなの、どうしようもないの。いっしょにいたいの、未練というやつだとしても」って。
私はそのあと、「叛乱」の立て直し計画を披露した。行政書士の国家資格をとると宣言した。資格をとって、そういう関係の事務所で働いて、そう悪くない給料をもらうようになって、まず家から経済的に自立する。そうすれば、家を出ても、あなたと結婚できる、って。
だから、私の資格勉強を応援して、とあなたに頼んだ。
あっ、「Autumn Park」がかかるワ。あのころ聴いていた曲よ、あなた覚えてる? 少し休憩しましょ。好きな曲なの、静かに聞きましょう、一緒に。