第14話

文字数 878文字

 結婚できない理由は聞かないで  ——玻璃姫の叛乱 検査入院・七日目

 きょうは、夕方に主人が来てくれた。でも、夜の仕事があって長く居ることができなかったのは悲しかった。ただ午前も午後もずっと、検査や簡単な入浴やいろんなこまごまとしたことがあって、それはそれで気が紛れて、落ちこむ暇もなかったのは良かったケド。
 いま夕食が終わったところヨ。テレビでも観ようかと思って、リモコンを手に取ったケレド、なぜかボタンは押さなかった。
 変わってないね、また逃げるつもり、という声が聞こえた気がしたの。どういうこと? あなたの声? ならイジワルね、もう。
 思い出すのも苦しいケド、話している方が気がまぎれるカラ。そのあいだは、アレを忘れていられるし。わかったわヨ、続けましょう、昨日の続きを。
 『マイ フェバリット ユーミン』をかけるから、少し待って。
 ごめんなさい。きのうはヒスを起こしちゃって。続けるケド、簡単にさっさと済ませちゃうわヨ。いいでしょ。そのくらいのわがまま、昔のようにきいてちょうだい。
 あの日は、仕事納めの日だったワネ。母はあなたを見て、あんなに色が黒くて貧相な顔つきの人、絶対に出世できないわよ、あなたが苦労するのは目に見えてる、結婚なんて絶対にだめだと反対した。
 それから、年末の何日だったかしら、あなたの家に電話をかけた。携帯電話なんてなかったから、硬貨をたくさん用意して、海に下りる駐車場の静かな公衆電話からかけたの。
 開口一番、もうこれまでのような付き合い方はできないワ、と云った。どうしてって訊くあなたに、結婚できないからと答えた。そして私、結婚のことしか考えてなかったから、結婚できないなら、別れるしかない、ってそんなふうに。
 電話の向こうのあなたはさすがに怒っていたワネ。それはそうよネ、つい二日前、私、あなたにあんなことを云ったのだもの。
 電話を切ったあとに、停めていた車の中で思いっきり泣いた。涙が枯れると車を発車させ、あの海岸線の路を、あなたと行ったあの河口の砂浜まで走った。どんどんスピードを上げて。
 おわり。やっぱり、だめ。
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