第20話

文字数 1,544文字

 嫉妬と資格と禁欲と(三) ——玻璃姫の叛乱 検査入院・八日目

 嫉妬の手紙もぼんやりおぼえている。あなたはあの女性のことを特別何とも思っていないと云ったワネ。普通の友だちだって。私だけが好きだって誓ってくれた。でも、あのころの私は、好きではない女性でもあなたには笑顔で話してほしくなかった。見ていて、胃が痛くなって胃液が逆流してきそうで、耐えられなかった。その女と一緒に何かのグループで飲みに行くと(私は誘われてなかった)、あなたから(それも朝から)聞いたとき、私は今の言葉でいうとぶちキレた。メモ用紙だったわヨネ、それに殴り書きした手紙を、あなたに渡したんじゃなかったかしら? そうヨネ。
 私の火焔を吐き出すペン先は、何もかも焼き尽くそうとして制御できなかった。〈あなたおもしろがっているの、私が嫉妬に狂うのを見て〉?
 ホントに、〈燃えるジェラシーの罠〉から抜け出せなかったの。紙面の文字はガラスの破片みたいだったでしょ。〈私に対する思いやり〉って言葉を書いたかな、あなたには思いやりがまったくないのって、ムシンケイにすぎない、って責めたような? そして、そうよ、次からは「だまって行け!」って怒鳴っちゃった。
 手紙を読んであなたは、ふふ、体の芯から震えあがってたワネ。
 でも、私は翌日には落ちついて、あなたに謝ったワ。ごめん、って。そして、また手紙を書いた。結局、私はあなたのことを、正直に、爪の先位うたがっとく(?)って書いたケド、すぐに、いや、やっぱり200%信じとく。好きよって書いた。
 そして、またジェラシーにお尻を叩かれて、私は恋に落ちていった。あれは三月の末だったんじゃないかしら、誰の絵の展覧会だったかしら、観に行ったことがあったでしょ、おぼえてる? そのあと、あなたは私にそのデパートで、真珠のネックレスを買ってプレゼントしてくれたワ。そのときの手紙。
 あの日はホントに楽しかったので、〈本当に底抜けに楽しい1日〉って言葉を書いたような気がする。そして、ただ、あなたの財布に負担がかかり過ぎたこと、少し反省しているって書いたかな。高すぎたなあ…って。ごめんなさい、でも、ありがとう、ってな感じ。高価だし、重いから、肩も凝りそうだケレド、毎日はなさずにいます、なんて書いたかも。
 あの日はそう、夕方から従妹と会うことになっていた、ような記憶がある。ちがうかもしれないケド。で、それがなければもっと遅くまでいたかったケド…、って手紙でちょっと甘えてみたり。
 そうヨ、あの日、食事をしながらあなたのことを従妹と話したの。そのことも手紙に書いたワ。あなたの食べ方も、つまようじをくわえるクセも嫌いなのに、でも一緒にいたい。直してほしいとこがいっぱいあるし、免許も持ってないのに、あなたじゃなきゃいやなの、って。不思議、フシギ、ふしぎ、って。そして、それを聞いた従妹の反応は、あっけにとられていた。彼女のその様子うっすらと覚えているワ。でもすぐに、こんなことを云ったんじゃなかったかしら。「よっぽど好きなのねえ。いってた理想とはてんでちがうのに、でも好きだなんて」って。
 従妹の云うとおり、そうヨ、私はそのころあなたをよっぽど好きだった。あなたといると、底抜けに楽しかった。
 〈ああ、また明日。〉また明日も明後日も会いたかった。
 〈夢であおうね。〉夢でも会いたかった。
 このように恋に落ちはしても、二月から四月にかけての復活再生した恋は、昨年のそれとは比べものにならないほど、情熱を抑制し、地に足をつけて、飛びはねない、行儀のよいお付き合いだった。嫉妬心と資格(独立心)と禁欲の日々だった。清く正しく美しい(?)お付き合いだったケド、無理しすぎだったのかな、ちょっときつかった。
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