第22話

文字数 1,535文字

 私はあなたを守りたいのに ——玻璃姫の叛乱 検査入院・八日目夜

 消灯の時間は過ぎたケド、眠れない。
 個室なのでテレビを点けてこっそり観てもいいのだケレド、私は耳にイヤホンを付けて『マイ・フェバリット・ユーミン』を聴くことにした。その方が音楽で頭の中がいっぱいになって、アレを思い出す隙がなくなるから。ユーミンは「守ってあげたい」の途中から始まったワ。
 守ってあげたい
 あなたを苦しめる全てのことから
 三月の手紙に、私も〈あなたのことを守りたいのに。〉と書いたような覚えがあるワ。その頃のあなたがつらそうな顔をしているのを見て、私の弱さのためにあなたは自分を日陰者のように感じて、つらい思いをしているのじゃないですか? と訊いたのヨ。そうかもしれないと思うと心臓がしぼられる様です、そう考えるとどうしようもなくなります、ってそんなことも書いた。
 私は小心だったので、二人の恋は秘密であらせたいと思っていた。どこかからもれて、反対する両親に知られるのがこわかったから。そのために、職場の仲のいい友だちにも、あなたとのことは終わったこととして話すようにしてた。だから、あなたは私の気持ちをおもんばかって、職場ではもちろん街を歩いているときでも、大っぴらに声をかけたり笑いかけたりするのを、ぐっと押しとどめるようだったワネ。そのうえ、キスも自由にできず、恋人をぎゅっと抱きしめることもできなかったんだから、あなたが日陰の鬱屈を内に溜めていったとしても仕方ないと思っていたケレド、私はそんな〈あなたのことを守りたいのに〉ぜんぜん守ってあげられないことが悔しかったの。
 そんなときあなたから、二人の関係を隠すことをやめないか、と切り出されたの。びっくりしたワ、引込み思案のあなたがそんな積極的なことを云いだすなんて。だから記憶に残っているのだケレド、それは、あのころ友だちになったばかりの、新しいお友だちから助言されたことだったのヨネ(隠すことは逃げることだから、すでに負けている、みたいなこと云われたのヨネ)。名前は何て言ったっけ、さすがにもうお覚えてないワ。あなたの職場によく来てたのに、顔もまるで記憶にない。ただある印象だけは強烈に脳裏に残っている。猪突猛進のイメージ。
 恥しがり屋のあなたが友だちに恋愛相談をするなんて、ホント今世紀最大の珍事だと思ったワ。もしかしてべろんべろんに酔っぱらっていたの、そのとき、ふふ。ごめん。とにかく誰かに打ち明けて、心にたまったモヤモヤを吐き出したかったんでしょ? 私にも分かってた。
 でも私は、もう一つの、二人でスクラムを組んでガンガンお母さんの壁を攻めろという、当たって砕けろ式の提案もふくめて、付き合いを公開することは却下した。だって、あなたの気の弱いところわかっていたもの。あのままのあなたが、いえ、あのままの二人が、お母さんの壁に体当たりしてもはじき飛ばされるのが関の山で、穴を開けることなんてできっこないと分かっていたもの。あの時点ではガンガン攻めることは現実的じゃない、と私は思ったの。って、偉そうなこと云っているケド、ホントはただこわかっただけかもネ。でも、まだ無理って思ったことはタシカで、だからこそ、私は「行政書士」の資格を取ろうとガンバったの。少しでも自分の下半身を強くしよう、って。その間にあなたも強くなってくれるだろうから、資格を取って働きだした時にこそ、一緒にお母さんのぶ厚い壁にぶつかって行こうと考えたのヨ。
 きみの方が「ぼくなんかよりよっぽど大人だね」と云って、あなたはその計画に賛成してくれた。応援してくれた。でも、私も試験勉強に疲れていった。あなたが励ましてくれても。そして、悪い夢を見るようになった。
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