第22話 Boy & 2nd
文字数 5,013文字
「どちら様でしょうか?」
保育士の若い女性が警戒しながら言った。おれは誤魔化すのではなく、ざっくばらんに事情を説明する方法を選んだ。
「以前、この保育園に通っていた者なのですが・・」
おれは卒業アルバムを見せる。
「___この明快(あきあす)というのが自分です。これが運転免許証。同じ名前なのを確認してください。そうそうある名前ではないと思う」
保育士の女性はそれを見ている。
「実は当時この保育園で行方不明になったことがあります。ですが三日後に園内のボイラー室で無事発見された。その時に何があったのか知りたい。記憶を辿ってます。もしよければボイラー室を拝見させてください。何か思い出せるかもしれない。___これは子供たちにどうぞ。贈呈します」
おれはビニール袋を保育士に手渡す。そこには折り紙が50セット入っている。
「あ・・ありがとうございます。少々お待ちください。責任者に許可を取ってきますので」
待っている間、保育園の建物を眺めた。懐かしさが込み上げてくる。外観は同じままだ。こんなにも歳月が流れた___。
おれは大人になり、いわば”世間”との始点でもあるこの場所に舞い戻ってきた形だ。おれは園児たちの帰った時間帯を選んだ。そのほうが双方にとっても都合がいい。
「許可が降りました、どうぞ。案内します。・・ボイラー室ですね?」
建物の中は見覚えがなく、改装されていた。園内を歩き、教室の中から外にあるブランコを見た。おれは立ち止まってしまう。
皆が外で遊んでいる時、おれは教室の中で一人でいたことがよくある。
どうしてそういう子供だったのかは分からない。当時、自閉症か何かの疑いをかけられていた。思い起こせるのは教室の中で一人、考え事をしていたということだった。
頭の中で自分の声に耳をすませ、頭の中で一人で喋っていた。それを『声に出さないで喋る方法』を発見したと、あの頃思っていたっけ。
言葉が、頭の中をかけ巡る___。
・・そうか。おれは当時から・・。
「こちらですね。宜しければ入ってみても構いません。ボイラーがあるだけですが___」
ある意味ようやく本物の『開かないドア』に辿り着いた。おれはその面前に立つ。ドアは重量感のある代物で、手で触れてみるとひんやりと冷たい。そしてドアノブを見た。
「これは当時のものとは違うかな。___鍵が付いていない」
おれはそう言い、ドアノブに手をかけて中に入らせてもらった。
薄暗い室内ではボイラーのパネルにスイッチ、各種カラーランプが灯っている。ボイラーそのものが当時と同じものであるわけはなく、何度か入れ替えになっているだろうと察した。消耗品だからだ。
当時のボイラーの唸り声のような騒音は今日の製品にはない。あれはもっとうるさいものだった。___だから子供はビビるわけだ。
その狭い室内を見た後で、内側からドアを観察する。おれは腑に落ちなかった。そいつを指差す。
「___ドアは変えてますよね?」
若い保育士はわからないと言った。当たり前だ。
ドアを調べてみる、見たところ年季の入ったドアだ。率直に思ったことは、頑丈でスムーズに開閉するこいつをそもそも取っ替えるようなことはまずないだろう、ということだった。例え二十年以上経っても。
ドアの下部についた数々の擦り傷や色の消えない付着汚れ、それらを見ていると、どうしてもあのドアで間違いない気がしてきた。
「___どうして”付いてねえ”?」
ドアノブを触る。どこにもロック系統らしきものが見当たらない。
・・なんで無いんだ?
「何か思い出せそうですか?」と心配そうに聞かれた。
「いえ、だめそうですね。___ああ、そういえばもう一つ頼み事が」
次に気になるのは、当時おれが出会った正反対の二人の保育士だ。
大好きだった”ナミキせんせい”と、おれを虐めていた”もう一人の奴”。
職員名簿は管理されてるのだろうか、実際そんな古い記録は残っていないだろうと思った。ところが卒業アルバムにはなかった写真を何点か見つけてもらえた。
おれは”ナミキせんせい”の顔が思い出せないのだけれど、例のあいつの顔は今でもはっきり覚えている。若い保育士の女性が段ボール箱から引っ張り出してきてくれた当時の職員の集合写真を見せてもらった。
すると、そいつの顔がはっきり写っている写真がある。おれは怒りが込み上げてくるのを感じた。___こいつは見つけ次第殺す。
「この女の名前が知りたいんだけど、どこかに載ってない?」
「むずかしいと思います。20年以上前の記録ですから・・」
「どこかに”ナミキせんせい”の顔が載っていないだろうか」
おれに優しくしてくれた人だ。全然思い出すことのできなかったその顔が見たいと思った。
しばらくすると若い保育士は、職員室の棚の引き出しから何かを見つけ出した。それは職員名簿で、正面の顔写真と氏名が明記されている。
「あまりこういうのは良くはないのですが。個人情報なので」
「漢字は『南』の『木』だったと思う。ナミキという姓の人はいます?」
「ええ、いますね」
「見せてほしい。おれが大好きだった先生なんで___」
「この人ですね」
若い保育士が指差したのは、おれを虐待していたあの女の顔写真だった。おれは笑ってしまった、
「ちがうよ。これじゃない、もう一人のほう。他の保母さんは? ”ナミキ先生”」
「もう一人? 当時、あおぞら組しかなかったみたいですよね。___ですから先生もこの人しかいないみたいですよ」
おれは名簿を引き寄せてよく見てみた。言葉を失った。あの虐待女の顔写真の下に『南木』という姓がはっきりと書かれていたからだ。
___これは一体どういうことだ・・?
「あおぞら組の”南木先生”ですよ、この人が」
* * *
おれは歩いて保育園の正門のところまで戻ってきたようだが、どうやってここまで歩いたのか、記憶があやふやだった。
おれはひどく混乱していた。
あの、おれを虐待していた女と、おれを優しくおぶってくれたナミキ先生。・・あの背中の温もりと、おれを虐めていた女。この二人は同一人物なのだ。
いや待てよ。虐められていた?
具体的に何をされていたっけか___?
思い出せないのに何でその感情が、強烈に残っているんだ・・??
おれは頭が真っ白になって何も考えられなくなるのを感じた。そして次第に吐き気に襲われ、立っていられなくなった。
みかづき保育園のネームプレートに手をついて、胃の中のものを吐いてしまった。おれは地面に倒れ込んでいる自分に気付きながら、ぼやける視界で空を見ていた。
・・そして空もよく見えなくなってくる。
おれは泣いているのだと気付く。
「始まったようだ、彼を運ぼう」
おれは声の方を見た。少二郎___。
少二郎がしゃがみ込んで、おれを見下ろしている。
おれは彼の脚を掴んだ。
「___どうして」声を絞り出した。
彼の手のひらがおれの眼を覆う、
「大丈夫だ、今は何も考えるな。アキアス」
おれは涙が溢れて嗚咽を吐いた。あんたは死んだはず。
どこからともなく数人が近くに集まってくるのを気配を感じた。
おれは誰かに担ぎ込まれたようだ。
そのまま意識が飛んだ。
____。
「せんせいは、ちがうひと。ボクも、・・ちがうひと」
2ndは言う、
「なあ、そろそろだよな。おれかおまえ、どっちがいいよ? 出てこい、隠れんぼは終わりだ。煩わしいぜ、今日この場で消えてもらう。Boy」
「おまえは弱い。そんなんじゃこの先、生きてはいけない。わかってるだろうが。おまえは怖がって泣いちまうが、おれはこのボイラー室の暗がりで笑う。ゾクゾクしてくるよな、まるでこの世界におれしか居ないみてえな」
「だから夜の散歩は好きなんだ。静まり返った宅地の外れ。誰もいない静寂。孤独こそ最高だ。だからおれは最高なんだな」
「隠れてるって? キミがボクを出してくれないんだ」
2ndはまったく聞いていない。
「ボクは持っている、キミには無いものを。ボクが消えたらそれも消えてしまう。大切なものだと思うけど」
視界が反転する。そして『殺戮の森』が見える___。
「ったく、よう!」
2ndが『皇帝の木』のポットプラントの上で鉢植えになっている。ボクはそれを外から眺めていた。
周囲を見渡すと、2ndに殺された草花の観客。上空の強風に押し流される漆黒の雲。月明かりの森___。
背の高い木々が風に煽られて、ガサガサと音を立てて暴れている。
2ndは鉢植えの中でもがいているけれど、膝まで埋まった両足を引き抜くことが出来ずにいる。ボクは吹き荒れる風のような存在で、そこらを飛び回る。2ndからボクの姿は見えないようだった。
「そこにいるんだろ、Boy?」
2ndは『チャーリー・スティール』の話をボクにしたがる。あの悪しきナイトの殺戮の物語。
皇族の一派から切り離され、島流しに遭った皇帝は先天性の白内障のある子供であり、当時の人々は彼を悪魔か何かのように虐げる。庶民ならばもっと扱いがひどかったはず。若きチャーリーは皇族だったため、その処遇はむずかしいものとなった。
結局は使い走りの民衆の手により、遠くの無人島に連れて行かれたチャーリー皇だったけれど、彼らから「必ずやお迎えに戻って参ります故」と口約束を聞かされていた。この時点での白内障はまだ失明状態ではない。
チャーリー・スティールが迎えを本当に信じていたかどうかは、彼の一人称でも描写されてはいないものの、2nd独自の読解によると、
『島に連れられる際に民衆との間に皇帝は取引をしていた。一度皇族らの命令により島流しにされたが、チャーリー皇も自ら金品を民衆に支払い、あとで迎えに来てほしいと頼んでいた』
という解釈。
「金を受け取って時間も経ってしまい、白目の皇帝は島から自力では出ても来れず、口約束の証拠もねえ。わざわざ迎えに行くこともない。そのままにしておいても別に問題はない、ってなっちまった。おれはそうだと思うわね」
「かわいそうだね。それは怒るよ、誰でも」
ボクがそういうと、2ndが笑った。
「おまえはその”お迎えが来ない”って部分におセンチになってしまうんだろ? そんなとこに共鳴するなよ。おれが奴を気に入った理由は、そんな状況下にあっても島から自力で生還したって部分だ。でなきゃ島でまんまと殺された悲劇でしかない。___おれはこの腐れプランターから抜け出す。”隠れんぼ”のおまえと違ってな、BOY」
2ndはさっきから、まともに身動きひとつ取れていない。膝まで地中に取られ、足首には足かせ。そこからの鎖が植物の根のように下へ潜って行っている。
「まったくどうすりゃいいんだか、コレ」2ndはもがく、
「どうせほじくり返してみたところで、鎖はどこかの輪っかに繋がってんだろ。外飼いドッグみてえに」
「でも植物根を模しているなら、どこかで端は切れて終わっているんじゃないかな」
ボクがそう言うと、2ndは、マジかそれならやる気が出てくる、とすぐさま持ち前の本領を発揮し始める。
2ndはすぐさま膝下まで埋まっているプランターの土を掘り始めた。大量に出る掘り返しをバシャバシャとまき散らしながら。
風のボクはその様子を飛び回りながら見守っている。
2ndが掘り進めていくと、遂には目論み通り、地中に伸びきっていた鎖の最端部を4本を全て引っこ抜くことができた。
「やったぜ!」
2ndは鉢植えから抜け出し、身体を伸ばして小躍りした。
全てが終わると土まみれ。2ndは自分自身を収穫し終えたみたいに、しばし悦った。
闇夜の『殺戮の森』の中で、見せしめのようなポットプラントから抜け出すと、吹き荒れる風のボクに向かって2ndは言い放つ。
「おれへの懲罰はここまでだ」
ボクは黙っていた。
「おれはプランターを抜け出したが、おまえはドアの向こうに居てもらう。___これが一連の”答え”なのさ。おれたちのな。そう、これまで通り上手く世の中を立ち回っていけるだろう。おまえには悪いけどな、Boy。さあ、目を覚ますぞ」
『殺戮の森』の景色が反転して消えていく___。
* * *
発信 micoto
今日もリハビリ頑張りました。
事情は聞いたよ。
君はまだ眠っているのかな。
多分そうだね。
今度は『自分の半分』を失っても、
立て直していくアキアスを見せて。
保育士の若い女性が警戒しながら言った。おれは誤魔化すのではなく、ざっくばらんに事情を説明する方法を選んだ。
「以前、この保育園に通っていた者なのですが・・」
おれは卒業アルバムを見せる。
「___この明快(あきあす)というのが自分です。これが運転免許証。同じ名前なのを確認してください。そうそうある名前ではないと思う」
保育士の女性はそれを見ている。
「実は当時この保育園で行方不明になったことがあります。ですが三日後に園内のボイラー室で無事発見された。その時に何があったのか知りたい。記憶を辿ってます。もしよければボイラー室を拝見させてください。何か思い出せるかもしれない。___これは子供たちにどうぞ。贈呈します」
おれはビニール袋を保育士に手渡す。そこには折り紙が50セット入っている。
「あ・・ありがとうございます。少々お待ちください。責任者に許可を取ってきますので」
待っている間、保育園の建物を眺めた。懐かしさが込み上げてくる。外観は同じままだ。こんなにも歳月が流れた___。
おれは大人になり、いわば”世間”との始点でもあるこの場所に舞い戻ってきた形だ。おれは園児たちの帰った時間帯を選んだ。そのほうが双方にとっても都合がいい。
「許可が降りました、どうぞ。案内します。・・ボイラー室ですね?」
建物の中は見覚えがなく、改装されていた。園内を歩き、教室の中から外にあるブランコを見た。おれは立ち止まってしまう。
皆が外で遊んでいる時、おれは教室の中で一人でいたことがよくある。
どうしてそういう子供だったのかは分からない。当時、自閉症か何かの疑いをかけられていた。思い起こせるのは教室の中で一人、考え事をしていたということだった。
頭の中で自分の声に耳をすませ、頭の中で一人で喋っていた。それを『声に出さないで喋る方法』を発見したと、あの頃思っていたっけ。
言葉が、頭の中をかけ巡る___。
・・そうか。おれは当時から・・。
「こちらですね。宜しければ入ってみても構いません。ボイラーがあるだけですが___」
ある意味ようやく本物の『開かないドア』に辿り着いた。おれはその面前に立つ。ドアは重量感のある代物で、手で触れてみるとひんやりと冷たい。そしてドアノブを見た。
「これは当時のものとは違うかな。___鍵が付いていない」
おれはそう言い、ドアノブに手をかけて中に入らせてもらった。
薄暗い室内ではボイラーのパネルにスイッチ、各種カラーランプが灯っている。ボイラーそのものが当時と同じものであるわけはなく、何度か入れ替えになっているだろうと察した。消耗品だからだ。
当時のボイラーの唸り声のような騒音は今日の製品にはない。あれはもっとうるさいものだった。___だから子供はビビるわけだ。
その狭い室内を見た後で、内側からドアを観察する。おれは腑に落ちなかった。そいつを指差す。
「___ドアは変えてますよね?」
若い保育士はわからないと言った。当たり前だ。
ドアを調べてみる、見たところ年季の入ったドアだ。率直に思ったことは、頑丈でスムーズに開閉するこいつをそもそも取っ替えるようなことはまずないだろう、ということだった。例え二十年以上経っても。
ドアの下部についた数々の擦り傷や色の消えない付着汚れ、それらを見ていると、どうしてもあのドアで間違いない気がしてきた。
「___どうして”付いてねえ”?」
ドアノブを触る。どこにもロック系統らしきものが見当たらない。
・・なんで無いんだ?
「何か思い出せそうですか?」と心配そうに聞かれた。
「いえ、だめそうですね。___ああ、そういえばもう一つ頼み事が」
次に気になるのは、当時おれが出会った正反対の二人の保育士だ。
大好きだった”ナミキせんせい”と、おれを虐めていた”もう一人の奴”。
職員名簿は管理されてるのだろうか、実際そんな古い記録は残っていないだろうと思った。ところが卒業アルバムにはなかった写真を何点か見つけてもらえた。
おれは”ナミキせんせい”の顔が思い出せないのだけれど、例のあいつの顔は今でもはっきり覚えている。若い保育士の女性が段ボール箱から引っ張り出してきてくれた当時の職員の集合写真を見せてもらった。
すると、そいつの顔がはっきり写っている写真がある。おれは怒りが込み上げてくるのを感じた。___こいつは見つけ次第殺す。
「この女の名前が知りたいんだけど、どこかに載ってない?」
「むずかしいと思います。20年以上前の記録ですから・・」
「どこかに”ナミキせんせい”の顔が載っていないだろうか」
おれに優しくしてくれた人だ。全然思い出すことのできなかったその顔が見たいと思った。
しばらくすると若い保育士は、職員室の棚の引き出しから何かを見つけ出した。それは職員名簿で、正面の顔写真と氏名が明記されている。
「あまりこういうのは良くはないのですが。個人情報なので」
「漢字は『南』の『木』だったと思う。ナミキという姓の人はいます?」
「ええ、いますね」
「見せてほしい。おれが大好きだった先生なんで___」
「この人ですね」
若い保育士が指差したのは、おれを虐待していたあの女の顔写真だった。おれは笑ってしまった、
「ちがうよ。これじゃない、もう一人のほう。他の保母さんは? ”ナミキ先生”」
「もう一人? 当時、あおぞら組しかなかったみたいですよね。___ですから先生もこの人しかいないみたいですよ」
おれは名簿を引き寄せてよく見てみた。言葉を失った。あの虐待女の顔写真の下に『南木』という姓がはっきりと書かれていたからだ。
___これは一体どういうことだ・・?
「あおぞら組の”南木先生”ですよ、この人が」
* * *
おれは歩いて保育園の正門のところまで戻ってきたようだが、どうやってここまで歩いたのか、記憶があやふやだった。
おれはひどく混乱していた。
あの、おれを虐待していた女と、おれを優しくおぶってくれたナミキ先生。・・あの背中の温もりと、おれを虐めていた女。この二人は同一人物なのだ。
いや待てよ。虐められていた?
具体的に何をされていたっけか___?
思い出せないのに何でその感情が、強烈に残っているんだ・・??
おれは頭が真っ白になって何も考えられなくなるのを感じた。そして次第に吐き気に襲われ、立っていられなくなった。
みかづき保育園のネームプレートに手をついて、胃の中のものを吐いてしまった。おれは地面に倒れ込んでいる自分に気付きながら、ぼやける視界で空を見ていた。
・・そして空もよく見えなくなってくる。
おれは泣いているのだと気付く。
「始まったようだ、彼を運ぼう」
おれは声の方を見た。少二郎___。
少二郎がしゃがみ込んで、おれを見下ろしている。
おれは彼の脚を掴んだ。
「___どうして」声を絞り出した。
彼の手のひらがおれの眼を覆う、
「大丈夫だ、今は何も考えるな。アキアス」
おれは涙が溢れて嗚咽を吐いた。あんたは死んだはず。
どこからともなく数人が近くに集まってくるのを気配を感じた。
おれは誰かに担ぎ込まれたようだ。
そのまま意識が飛んだ。
____。
「せんせいは、ちがうひと。ボクも、・・ちがうひと」
2ndは言う、
「なあ、そろそろだよな。おれかおまえ、どっちがいいよ? 出てこい、隠れんぼは終わりだ。煩わしいぜ、今日この場で消えてもらう。Boy」
「おまえは弱い。そんなんじゃこの先、生きてはいけない。わかってるだろうが。おまえは怖がって泣いちまうが、おれはこのボイラー室の暗がりで笑う。ゾクゾクしてくるよな、まるでこの世界におれしか居ないみてえな」
「だから夜の散歩は好きなんだ。静まり返った宅地の外れ。誰もいない静寂。孤独こそ最高だ。だからおれは最高なんだな」
「隠れてるって? キミがボクを出してくれないんだ」
2ndはまったく聞いていない。
「ボクは持っている、キミには無いものを。ボクが消えたらそれも消えてしまう。大切なものだと思うけど」
視界が反転する。そして『殺戮の森』が見える___。
「ったく、よう!」
2ndが『皇帝の木』のポットプラントの上で鉢植えになっている。ボクはそれを外から眺めていた。
周囲を見渡すと、2ndに殺された草花の観客。上空の強風に押し流される漆黒の雲。月明かりの森___。
背の高い木々が風に煽られて、ガサガサと音を立てて暴れている。
2ndは鉢植えの中でもがいているけれど、膝まで埋まった両足を引き抜くことが出来ずにいる。ボクは吹き荒れる風のような存在で、そこらを飛び回る。2ndからボクの姿は見えないようだった。
「そこにいるんだろ、Boy?」
2ndは『チャーリー・スティール』の話をボクにしたがる。あの悪しきナイトの殺戮の物語。
皇族の一派から切り離され、島流しに遭った皇帝は先天性の白内障のある子供であり、当時の人々は彼を悪魔か何かのように虐げる。庶民ならばもっと扱いがひどかったはず。若きチャーリーは皇族だったため、その処遇はむずかしいものとなった。
結局は使い走りの民衆の手により、遠くの無人島に連れて行かれたチャーリー皇だったけれど、彼らから「必ずやお迎えに戻って参ります故」と口約束を聞かされていた。この時点での白内障はまだ失明状態ではない。
チャーリー・スティールが迎えを本当に信じていたかどうかは、彼の一人称でも描写されてはいないものの、2nd独自の読解によると、
『島に連れられる際に民衆との間に皇帝は取引をしていた。一度皇族らの命令により島流しにされたが、チャーリー皇も自ら金品を民衆に支払い、あとで迎えに来てほしいと頼んでいた』
という解釈。
「金を受け取って時間も経ってしまい、白目の皇帝は島から自力では出ても来れず、口約束の証拠もねえ。わざわざ迎えに行くこともない。そのままにしておいても別に問題はない、ってなっちまった。おれはそうだと思うわね」
「かわいそうだね。それは怒るよ、誰でも」
ボクがそういうと、2ndが笑った。
「おまえはその”お迎えが来ない”って部分におセンチになってしまうんだろ? そんなとこに共鳴するなよ。おれが奴を気に入った理由は、そんな状況下にあっても島から自力で生還したって部分だ。でなきゃ島でまんまと殺された悲劇でしかない。___おれはこの腐れプランターから抜け出す。”隠れんぼ”のおまえと違ってな、BOY」
2ndはさっきから、まともに身動きひとつ取れていない。膝まで地中に取られ、足首には足かせ。そこからの鎖が植物の根のように下へ潜って行っている。
「まったくどうすりゃいいんだか、コレ」2ndはもがく、
「どうせほじくり返してみたところで、鎖はどこかの輪っかに繋がってんだろ。外飼いドッグみてえに」
「でも植物根を模しているなら、どこかで端は切れて終わっているんじゃないかな」
ボクがそう言うと、2ndは、マジかそれならやる気が出てくる、とすぐさま持ち前の本領を発揮し始める。
2ndはすぐさま膝下まで埋まっているプランターの土を掘り始めた。大量に出る掘り返しをバシャバシャとまき散らしながら。
風のボクはその様子を飛び回りながら見守っている。
2ndが掘り進めていくと、遂には目論み通り、地中に伸びきっていた鎖の最端部を4本を全て引っこ抜くことができた。
「やったぜ!」
2ndは鉢植えから抜け出し、身体を伸ばして小躍りした。
全てが終わると土まみれ。2ndは自分自身を収穫し終えたみたいに、しばし悦った。
闇夜の『殺戮の森』の中で、見せしめのようなポットプラントから抜け出すと、吹き荒れる風のボクに向かって2ndは言い放つ。
「おれへの懲罰はここまでだ」
ボクは黙っていた。
「おれはプランターを抜け出したが、おまえはドアの向こうに居てもらう。___これが一連の”答え”なのさ。おれたちのな。そう、これまで通り上手く世の中を立ち回っていけるだろう。おまえには悪いけどな、Boy。さあ、目を覚ますぞ」
『殺戮の森』の景色が反転して消えていく___。
* * *
発信 micoto
今日もリハビリ頑張りました。
事情は聞いたよ。
君はまだ眠っているのかな。
多分そうだね。
今度は『自分の半分』を失っても、
立て直していくアキアスを見せて。