第17話 A HARD WORK NIGHT.
文字数 5,623文字
北海道は歴史的な豪雪に見舞われていた。
まるで職人の根気強い努力のように、空は雪の細かい粒を追撃のようにやってくれたせいで、札幌の街ではすでに年末年始の休業体制にあったうちの作業員も、除雪に駆り出される事態になっているようだ。
『えりも』での応援業務を終えて、おれとレイジーは札幌に帰る日取りになる。道内全域で大雪警報も発令された。
「おれたちも早く帰ったほうがいいよな。戻れなくなる」というわけで、東南端から札幌方面へと車を走らせた。
「正月ぐらい家で過ごしたいしさ」
レイジーがそう呟き、おれも同意した。
今年は残りあと7時間。
だが奇しくも仕事のある大晦日を迎えることとなってしまう。
札幌に向かう道中、レイジーのランクルの車内で、おれはラジオに耳を傾けていた。すると、峠に差し掛かる辺りで落雪による通行止めが発生してしまっているようだった。
「マジか。明日出ればよかったか。もうずいぶん走ってきちまっているし、どうする?」
いったん車を停めてレイジーが言った。ワイパーがフル稼働しても降雪量に追いつかない。日も沈み、ヘッドライトは闇夜と降り注ぐ雪だけを照らしている。車内のヒーターは唸り声を上げ、外気との温度差で窓は結露がひどい。
「ここまで来たら引き返すのに、また一時間もかかっちまう。行くだけ行ってみよう」とおれが言い、問題の通行止めの場所まで走ることになった。
そこは山の傾斜に面している箇所だった。思いっきり崩れた雪の塊が、道路を寸断している。ほとんどの車両はこれを目の当たりにすると、さっさと引き返していった。
近くに北海道開発局の黄色いパトロールカーと、ライトバンが脇に停車していた。ヘルメットを被った彼らは、何やら話し込んでいる。おれはそれを車内から見遣って言う。
「パトロールカーが見に来ている段階ってことは、除雪はまだ始まってすらいないらしいな。雪崩が起きて、まだ間もないんじゃないか」
おれとレイジーは家に帰れないため、困りながら彼らに近寄った。
「この雪、どかすって言ったら相当まだになるんでしょ?」おれが聞いた。
「まだまだ、これからだよ。今要員を集めている最中だから。___でもね、近くにウチの現場事務所があって、そこに一応ユンボならあるんだよ。でもオペレーターが来るのは全然先なんだわ」
レイジーがおれを小突く、「この男、乗れますよ」
おれも頷く。
けれど、どこかの建設会社の人は困った感じで唸っていた。
「___他に何か問題でもあるんですか?」
おれが開発局の人に聞いた。
「いやね、そのユンボがあるって言っても、その事務所の敷地がこの大雪で埋まっちゃっているのさ。しばらく誰も出入りしていなかったから。ユンボのところまで行ければ、鍵は座席の下にあるらしいから使えるみたいだけど」
「それで、結局どうする予定なんすかね」
「この雪の塊は除雪車では押せないから、ユンボを使うしかないんじゃないか、って今話していたところだよ」
「この人の会社の現場事務所にあるユンボを借りないと、今から重機を搬送車両で引っ張ってくるとなると、これまたえらい時間がかかるし・・」
開発局の人も言った。
そういうわけで、札幌にこのままでは帰れないおれとレイジーが、現場事務所の敷地内からユンボ(バックホー)を引っ張り出す、ということを提案した。
その建設会社の人と一緒に現場事務所まで行ってみると、案の定、腰ぐらいの高さまで雪が積もっていて、おれたちはスコップの手作業で雪を掻いて行くことになった。
「人が通れるように除雪すればいいだけだから。きれいにやる必要もない。なんなら途中から泳いで行ったっていいし」
絶望的な眼差しでそれを見ているレイジーに、「スコップ、車に積んでるよな?」と聞いた。
「アキアス、二本あるっちゃあるよ。だけどすまん、一本はコレだわ」
その手に握られていたのは、こういう場面ではクソの役にも立たない鉄製の角ショベルだった。
「マジか。おれは雪場の角ショベルほど、空気の読めないやつを見たことがない」
「俺もだよ、アキアス。こいつマジで重いわ」
他所の建設会社の人も笑った。彼も自分の車からアルミ製の幅の広いスコップを取り出してきて、一緒になって雪を掻くことになった。
おれは「帰りが遅くなる」とタシさんに電話をかけることにした。予定では今日中には向こうに戻っているはずだった。時間がオーバーする旨を伝える。
「お前それ、バックホーのところまで行けないのか?」
「これからやり始めたところですよ。腰ぐらいまでの高さまで積もっているんで、1時間じゃ辿り着けないっすね。そのあと通行止めになっている箇所の雪を排除するんで、なんだかんだ、時間がかかるかと」
「一応何かあったら連絡しろな。全部終わった時にも連絡な。気をつけるんだぞ」
「大晦日だってのに、我々は仕事だもんな」
建設事務所の人もそう言いながら急ピッチで雪を掻いていく。
おれが先頭で雪を崩し、後続の二人が雪を脇にはねていった。
「まだ誰も応援に来ないんですか?」レイジーが質問をする、「俺、心のどこかでそればっか待ってますね」
三人ともが笑った。全員汗をかいている。吐く息が白い。
「いや俺もね、正月にもなるから家に帰ろうとしてたの。そしたらウチらの現場事務所の近くで通行止めでしょ。ユンボもあるから開発の人も来ていたし、話をしてたのね」
「おれはオペレーターがいないところに、たまたま通りがかったオペレーターですか」
おれは吹き出した。
「でも助かったよ。道戻ったってそっちに家あるわけじゃないからさ。通行止め解除しないと、帰れないもんね。ここ通る人ら全員そうだよ」
「俺たちは札幌なんですよ」レイジーは息を切らす。「おじさんはどこなんですか?」
「俺、音更町ね。出張でこっちに来ていて」
「おれも10年ほど帯広でしたよ。同じ管内」
鉄製の角ショベルがクソ重い。
誰からということもなく皆が手を止めて、ちょっと小休止しましょうかということになった。
我々は先を見遣る。
まだ3分の1ほどしか進んでいないようだ。
空に白い息が溶けて消えていく___。
「あなた方、いくつ?」
「俺たちは二人とも30です」レイジーが応える。
「ウチ、子供が25だわ」
「何をしているんですか?」おれが質問した。
「今は何もしていない。家で小説書いているらしくて。俺もよく分かんないけど、いつ完成するものなのかも」
「おれも音楽作ってますよ。___ラップですが」
建設の人が笑う、「マジかい。そりゃすごいな。あれはどういうジャンルなのか。歌ってないもんね。リズムで喋ってるみたいな音楽だもんな。かえってムズカシくない?」
「そこをまさに困っているところですよ。歌詞を書くのは得意なんですが」
おれが角ショベルを仇のように雪に突き刺す、
「でも何とかするしかない。一応レコード会社とも関わり合いながらやっているので、遊びじゃ済まされないので」
「へえ、いつかデビューするの? したら教えてよ」
「名前はカタカナで『アキアス』という奴なので、出て来たら分かるかもしれないですね」
「あの大晦日に一緒に雪を掻いた兄ちゃんだ、ってね」
夜の空を見上げると、雪粒がしんしんと舞い降りてくる。
また皆で雪を掻き始める。
バックホーまで辿り着ければ、あとは機を操縦して雪をはねて事務所までの道もすぐに開ける。そこで休憩するつもりで自らを鼓舞しながら、雪を急ピッチで掻きまくった。
けれど、最終的にバックホーまでの道のりだけでも、二時間半近くを費やした。
防寒服の中は汗で水没し、表面にまで浸透して湿った箇所は、氷点下の寒さによって、凍りついてしまっていた。
汗で防寒服が湿って、そいつの表面が凍るという経験は普通あまりないのだろうけど、防寒服はもちろん保温効果が高いものなので、こいつを着込んだまま暴れまわるとかなり汗だくになる。
寒いから着込まないといけないという固定観念が引き起こす事態なのだが、途中で防寒の前を開けるなり、上だけ脱ぐなりしたほうが良いこともある。おれたちは着込んだままだった。
三人で道を切り開いた。おれはバックホーのドアを開ける。
「これで鍵がなければ、かなり挫かれるよな」
「いや、運転席の下に隠してあるよ」
おじさんはそう言い、おれは運転席の下からキーをなんとか探し当てた。そして長い間、余熱をした後で確実にエンジンをかけた。
無事動き出したバックホーで、現場事務所までの雪をどかす。外の二人が重機のパワーに喜びの声を上げていた。
三人は事務所の中に入っていった。灯油ストーブを動かして冷たいフェルト床の上を、濡れた冷たい靴下の足で上り込む。
おれはタシさんに電話した。
「バックホーまで辿り着いて、他所の事務所にお邪魔して休憩中です」
「道路のほうは?」
「まだこれからですね。終わったらまた連絡しますんで」
30分ほどすると灯油ストーブもガンガン鳴るような勢いにもなり、室内は快適になった。だがすぐに外に出ないとならない。
皆が着ているものと手袋を乾かそうとしていたが、時間が短過ぎて乾かずじまい。仕方ないので外に出る前に事務所内にあった誰かの私物の粉末ココアを全量使って濃い一杯を作り、三人して飲み干しておいた。
しばらくすると出来上がった道を漕いで、北海道開発局の人が戻ってきて言った。
「悪いね。やっぱ皆さんにお願いするしか手がない状況になった。お願いしますね」
再び外に出て寒い外気に晒されると、ものの数分でおれたちは今しがた飲んだばかりのココアが早々に排出される段となってしまい、立ちションをする羽目になった。
レイジーは震えた声を出す。
「マジで寒過ぎて、かつてないほど縮みきってるわ。無くなっちまうよ」
おれも頷いた。
「このサイズダウンをおれたちは決して許すべきではない、___願わくば女人の柔手でヒヨコを包み込むように温めて頂きたい。結局はそれが世界各地の氷河を終わらせる、愛になる。___その種子が花々を咲き乱らせ、いずれ春の訪れがやってくるからだ」
哲学的放尿を済ますと再びバックホーに乗り込み、通行止めエリアに到着した。
おれはバックホーで雪を次々にとどかしていく。レイジーもスコップを手に加勢していた。
もうかれこれ何時間動きっぱなしなのか、二人ともわからないままに___。
そして作業が終わる。
最後の仕上げに除雪車が通過して、路面がキレイに露わになり、全てを終えて気がつくと、すでに新年になっていた。
おれとレイジーは雪の路面にへたり込んで座っていた。氷点下の明け方だというのに、着ているものを脱ぎ捨てたいぐらいだった。
「やったな」おれが笑う、「今夜の感想はどうよ、レイジー?」
「かなり堪えたけど、気分はそう悪くはないな。俺」
タシさんにも連絡を済ませ、ランクルに乗り込んだ。
「ありがとうね、兄ちゃんたち」
「いえ、こちらこそ」
彼らとも別れた。二人とも手を振ってくれていた。おれたちは無事に帰路についていく。
* * *
この夜の出来事は、レイジーが迎えた大きな転換期となった。
それは年明けのタイミングに訪れた、思わぬ『ハードワーク』だった。
なり振り構わず仕事にぶち当たり、その臨界を突破し終えたあとで、自然と芽生える、仕事に対する捉え方の変化___。
賃金の勘定に気がそがれることもなくなり、手を抜きたいという意識もなくなったようだ。
このような経験をするもしないも人それぞれだし、実際意味合いも各自違ってくるのだろう。けれどレイジーの場合は、おれと同じような着地の仕方を見せていた。
疲れてはいたものの、二人とも清々しさのようなものを感じていた。
「なんだか戦(いくさ)でもやって来たような気分だよ」
レイジーはそう言って笑った。
その後、重役に収まったレイジーは役員の身分にあっても、しょっちゅう現場作業に出たがりな奴に化けてしまった。
こういった個人の意識の変化を意図して作り出せるものではないのだろうけれど、彼はそういう人間に成長を遂げてしまう。
___このような事例は、多くの参考書ステューデントを混乱させるものになるのだろうか。
なぜならMEME(ミーム)には継承されない、その個体のなかで生じ、その個体と共に消えていく類いの後天的な”性質”だから。
* * *
【フレーム・オーバー】 作詞:アキアス
不可能の窓枠 取り外し惑わす
サッシ差し替え 不要な差し金
フィルムが切り取るフォルムと風景
彩るブーケも飛び出すShowcase.
吹かれて舞い散る奴らも花びらOkey.
遙か彼方も儚いからだと
フレームがオーバー
誰だろうが 聞く耳持たねえクレームだろうが
ぶっ潰れちまっておれもお前も
ため息交じりにゲームオーバー迎え
迎え撃つ”OVER-GAME”の始まりに
恥じ入る隙もなく過ぎ去るDAYSと過酷なRACE.
戦況いびる おれはイーヴィル
ドライなドライブにウエットなシットだ
”御託を言うやつ知っとるかい?”
”あれはかなり嫉妬深い”とおたくも言うし
プレイヤー勢は常にハイ&ロー
勇士おちょくる多勢のダセえに”Hi, androids !”
ミットも無い外野の勝手な意見はみっともない
苦難に闇も伴う訳だが
有り得ねえデビルナイトもビビるまいと
おれもmateも上へ上へとランナウェイ
「大志を抱けばいいだけ」と
いいだけ煽って蹴っ飛ばす
「苦楽もあるさ」とクラーク笑う
笑う門では裸神のおれも仕方ねえから”服着たる”
Little Boyもチビるようなデビルフローを
基底部にSet Mindした おれがFatman.
童話で見かける小太りじいさんですら
欧米食が進むハンド・バーガー
ラップカルチャーが到来すれば
おれも食指のばしてサウンド・メーカー
MIX SOUNDに跳ねちまうFOXHOUND
二兎追ったら迷い込んだゲットーで両方GET
まるで職人の根気強い努力のように、空は雪の細かい粒を追撃のようにやってくれたせいで、札幌の街ではすでに年末年始の休業体制にあったうちの作業員も、除雪に駆り出される事態になっているようだ。
『えりも』での応援業務を終えて、おれとレイジーは札幌に帰る日取りになる。道内全域で大雪警報も発令された。
「おれたちも早く帰ったほうがいいよな。戻れなくなる」というわけで、東南端から札幌方面へと車を走らせた。
「正月ぐらい家で過ごしたいしさ」
レイジーがそう呟き、おれも同意した。
今年は残りあと7時間。
だが奇しくも仕事のある大晦日を迎えることとなってしまう。
札幌に向かう道中、レイジーのランクルの車内で、おれはラジオに耳を傾けていた。すると、峠に差し掛かる辺りで落雪による通行止めが発生してしまっているようだった。
「マジか。明日出ればよかったか。もうずいぶん走ってきちまっているし、どうする?」
いったん車を停めてレイジーが言った。ワイパーがフル稼働しても降雪量に追いつかない。日も沈み、ヘッドライトは闇夜と降り注ぐ雪だけを照らしている。車内のヒーターは唸り声を上げ、外気との温度差で窓は結露がひどい。
「ここまで来たら引き返すのに、また一時間もかかっちまう。行くだけ行ってみよう」とおれが言い、問題の通行止めの場所まで走ることになった。
そこは山の傾斜に面している箇所だった。思いっきり崩れた雪の塊が、道路を寸断している。ほとんどの車両はこれを目の当たりにすると、さっさと引き返していった。
近くに北海道開発局の黄色いパトロールカーと、ライトバンが脇に停車していた。ヘルメットを被った彼らは、何やら話し込んでいる。おれはそれを車内から見遣って言う。
「パトロールカーが見に来ている段階ってことは、除雪はまだ始まってすらいないらしいな。雪崩が起きて、まだ間もないんじゃないか」
おれとレイジーは家に帰れないため、困りながら彼らに近寄った。
「この雪、どかすって言ったら相当まだになるんでしょ?」おれが聞いた。
「まだまだ、これからだよ。今要員を集めている最中だから。___でもね、近くにウチの現場事務所があって、そこに一応ユンボならあるんだよ。でもオペレーターが来るのは全然先なんだわ」
レイジーがおれを小突く、「この男、乗れますよ」
おれも頷く。
けれど、どこかの建設会社の人は困った感じで唸っていた。
「___他に何か問題でもあるんですか?」
おれが開発局の人に聞いた。
「いやね、そのユンボがあるって言っても、その事務所の敷地がこの大雪で埋まっちゃっているのさ。しばらく誰も出入りしていなかったから。ユンボのところまで行ければ、鍵は座席の下にあるらしいから使えるみたいだけど」
「それで、結局どうする予定なんすかね」
「この雪の塊は除雪車では押せないから、ユンボを使うしかないんじゃないか、って今話していたところだよ」
「この人の会社の現場事務所にあるユンボを借りないと、今から重機を搬送車両で引っ張ってくるとなると、これまたえらい時間がかかるし・・」
開発局の人も言った。
そういうわけで、札幌にこのままでは帰れないおれとレイジーが、現場事務所の敷地内からユンボ(バックホー)を引っ張り出す、ということを提案した。
その建設会社の人と一緒に現場事務所まで行ってみると、案の定、腰ぐらいの高さまで雪が積もっていて、おれたちはスコップの手作業で雪を掻いて行くことになった。
「人が通れるように除雪すればいいだけだから。きれいにやる必要もない。なんなら途中から泳いで行ったっていいし」
絶望的な眼差しでそれを見ているレイジーに、「スコップ、車に積んでるよな?」と聞いた。
「アキアス、二本あるっちゃあるよ。だけどすまん、一本はコレだわ」
その手に握られていたのは、こういう場面ではクソの役にも立たない鉄製の角ショベルだった。
「マジか。おれは雪場の角ショベルほど、空気の読めないやつを見たことがない」
「俺もだよ、アキアス。こいつマジで重いわ」
他所の建設会社の人も笑った。彼も自分の車からアルミ製の幅の広いスコップを取り出してきて、一緒になって雪を掻くことになった。
おれは「帰りが遅くなる」とタシさんに電話をかけることにした。予定では今日中には向こうに戻っているはずだった。時間がオーバーする旨を伝える。
「お前それ、バックホーのところまで行けないのか?」
「これからやり始めたところですよ。腰ぐらいまでの高さまで積もっているんで、1時間じゃ辿り着けないっすね。そのあと通行止めになっている箇所の雪を排除するんで、なんだかんだ、時間がかかるかと」
「一応何かあったら連絡しろな。全部終わった時にも連絡な。気をつけるんだぞ」
「大晦日だってのに、我々は仕事だもんな」
建設事務所の人もそう言いながら急ピッチで雪を掻いていく。
おれが先頭で雪を崩し、後続の二人が雪を脇にはねていった。
「まだ誰も応援に来ないんですか?」レイジーが質問をする、「俺、心のどこかでそればっか待ってますね」
三人ともが笑った。全員汗をかいている。吐く息が白い。
「いや俺もね、正月にもなるから家に帰ろうとしてたの。そしたらウチらの現場事務所の近くで通行止めでしょ。ユンボもあるから開発の人も来ていたし、話をしてたのね」
「おれはオペレーターがいないところに、たまたま通りがかったオペレーターですか」
おれは吹き出した。
「でも助かったよ。道戻ったってそっちに家あるわけじゃないからさ。通行止め解除しないと、帰れないもんね。ここ通る人ら全員そうだよ」
「俺たちは札幌なんですよ」レイジーは息を切らす。「おじさんはどこなんですか?」
「俺、音更町ね。出張でこっちに来ていて」
「おれも10年ほど帯広でしたよ。同じ管内」
鉄製の角ショベルがクソ重い。
誰からということもなく皆が手を止めて、ちょっと小休止しましょうかということになった。
我々は先を見遣る。
まだ3分の1ほどしか進んでいないようだ。
空に白い息が溶けて消えていく___。
「あなた方、いくつ?」
「俺たちは二人とも30です」レイジーが応える。
「ウチ、子供が25だわ」
「何をしているんですか?」おれが質問した。
「今は何もしていない。家で小説書いているらしくて。俺もよく分かんないけど、いつ完成するものなのかも」
「おれも音楽作ってますよ。___ラップですが」
建設の人が笑う、「マジかい。そりゃすごいな。あれはどういうジャンルなのか。歌ってないもんね。リズムで喋ってるみたいな音楽だもんな。かえってムズカシくない?」
「そこをまさに困っているところですよ。歌詞を書くのは得意なんですが」
おれが角ショベルを仇のように雪に突き刺す、
「でも何とかするしかない。一応レコード会社とも関わり合いながらやっているので、遊びじゃ済まされないので」
「へえ、いつかデビューするの? したら教えてよ」
「名前はカタカナで『アキアス』という奴なので、出て来たら分かるかもしれないですね」
「あの大晦日に一緒に雪を掻いた兄ちゃんだ、ってね」
夜の空を見上げると、雪粒がしんしんと舞い降りてくる。
また皆で雪を掻き始める。
バックホーまで辿り着ければ、あとは機を操縦して雪をはねて事務所までの道もすぐに開ける。そこで休憩するつもりで自らを鼓舞しながら、雪を急ピッチで掻きまくった。
けれど、最終的にバックホーまでの道のりだけでも、二時間半近くを費やした。
防寒服の中は汗で水没し、表面にまで浸透して湿った箇所は、氷点下の寒さによって、凍りついてしまっていた。
汗で防寒服が湿って、そいつの表面が凍るという経験は普通あまりないのだろうけど、防寒服はもちろん保温効果が高いものなので、こいつを着込んだまま暴れまわるとかなり汗だくになる。
寒いから着込まないといけないという固定観念が引き起こす事態なのだが、途中で防寒の前を開けるなり、上だけ脱ぐなりしたほうが良いこともある。おれたちは着込んだままだった。
三人で道を切り開いた。おれはバックホーのドアを開ける。
「これで鍵がなければ、かなり挫かれるよな」
「いや、運転席の下に隠してあるよ」
おじさんはそう言い、おれは運転席の下からキーをなんとか探し当てた。そして長い間、余熱をした後で確実にエンジンをかけた。
無事動き出したバックホーで、現場事務所までの雪をどかす。外の二人が重機のパワーに喜びの声を上げていた。
三人は事務所の中に入っていった。灯油ストーブを動かして冷たいフェルト床の上を、濡れた冷たい靴下の足で上り込む。
おれはタシさんに電話した。
「バックホーまで辿り着いて、他所の事務所にお邪魔して休憩中です」
「道路のほうは?」
「まだこれからですね。終わったらまた連絡しますんで」
30分ほどすると灯油ストーブもガンガン鳴るような勢いにもなり、室内は快適になった。だがすぐに外に出ないとならない。
皆が着ているものと手袋を乾かそうとしていたが、時間が短過ぎて乾かずじまい。仕方ないので外に出る前に事務所内にあった誰かの私物の粉末ココアを全量使って濃い一杯を作り、三人して飲み干しておいた。
しばらくすると出来上がった道を漕いで、北海道開発局の人が戻ってきて言った。
「悪いね。やっぱ皆さんにお願いするしか手がない状況になった。お願いしますね」
再び外に出て寒い外気に晒されると、ものの数分でおれたちは今しがた飲んだばかりのココアが早々に排出される段となってしまい、立ちションをする羽目になった。
レイジーは震えた声を出す。
「マジで寒過ぎて、かつてないほど縮みきってるわ。無くなっちまうよ」
おれも頷いた。
「このサイズダウンをおれたちは決して許すべきではない、___願わくば女人の柔手でヒヨコを包み込むように温めて頂きたい。結局はそれが世界各地の氷河を終わらせる、愛になる。___その種子が花々を咲き乱らせ、いずれ春の訪れがやってくるからだ」
哲学的放尿を済ますと再びバックホーに乗り込み、通行止めエリアに到着した。
おれはバックホーで雪を次々にとどかしていく。レイジーもスコップを手に加勢していた。
もうかれこれ何時間動きっぱなしなのか、二人ともわからないままに___。
そして作業が終わる。
最後の仕上げに除雪車が通過して、路面がキレイに露わになり、全てを終えて気がつくと、すでに新年になっていた。
おれとレイジーは雪の路面にへたり込んで座っていた。氷点下の明け方だというのに、着ているものを脱ぎ捨てたいぐらいだった。
「やったな」おれが笑う、「今夜の感想はどうよ、レイジー?」
「かなり堪えたけど、気分はそう悪くはないな。俺」
タシさんにも連絡を済ませ、ランクルに乗り込んだ。
「ありがとうね、兄ちゃんたち」
「いえ、こちらこそ」
彼らとも別れた。二人とも手を振ってくれていた。おれたちは無事に帰路についていく。
* * *
この夜の出来事は、レイジーが迎えた大きな転換期となった。
それは年明けのタイミングに訪れた、思わぬ『ハードワーク』だった。
なり振り構わず仕事にぶち当たり、その臨界を突破し終えたあとで、自然と芽生える、仕事に対する捉え方の変化___。
賃金の勘定に気がそがれることもなくなり、手を抜きたいという意識もなくなったようだ。
このような経験をするもしないも人それぞれだし、実際意味合いも各自違ってくるのだろう。けれどレイジーの場合は、おれと同じような着地の仕方を見せていた。
疲れてはいたものの、二人とも清々しさのようなものを感じていた。
「なんだか戦(いくさ)でもやって来たような気分だよ」
レイジーはそう言って笑った。
その後、重役に収まったレイジーは役員の身分にあっても、しょっちゅう現場作業に出たがりな奴に化けてしまった。
こういった個人の意識の変化を意図して作り出せるものではないのだろうけれど、彼はそういう人間に成長を遂げてしまう。
___このような事例は、多くの参考書ステューデントを混乱させるものになるのだろうか。
なぜならMEME(ミーム)には継承されない、その個体のなかで生じ、その個体と共に消えていく類いの後天的な”性質”だから。
* * *
【フレーム・オーバー】 作詞:アキアス
不可能の窓枠 取り外し惑わす
サッシ差し替え 不要な差し金
フィルムが切り取るフォルムと風景
彩るブーケも飛び出すShowcase.
吹かれて舞い散る奴らも花びらOkey.
遙か彼方も儚いからだと
フレームがオーバー
誰だろうが 聞く耳持たねえクレームだろうが
ぶっ潰れちまっておれもお前も
ため息交じりにゲームオーバー迎え
迎え撃つ”OVER-GAME”の始まりに
恥じ入る隙もなく過ぎ去るDAYSと過酷なRACE.
戦況いびる おれはイーヴィル
ドライなドライブにウエットなシットだ
”御託を言うやつ知っとるかい?”
”あれはかなり嫉妬深い”とおたくも言うし
プレイヤー勢は常にハイ&ロー
勇士おちょくる多勢のダセえに”Hi, androids !”
ミットも無い外野の勝手な意見はみっともない
苦難に闇も伴う訳だが
有り得ねえデビルナイトもビビるまいと
おれもmateも上へ上へとランナウェイ
「大志を抱けばいいだけ」と
いいだけ煽って蹴っ飛ばす
「苦楽もあるさ」とクラーク笑う
笑う門では裸神のおれも仕方ねえから”服着たる”
Little Boyもチビるようなデビルフローを
基底部にSet Mindした おれがFatman.
童話で見かける小太りじいさんですら
欧米食が進むハンド・バーガー
ラップカルチャーが到来すれば
おれも食指のばしてサウンド・メーカー
MIX SOUNDに跳ねちまうFOXHOUND
二兎追ったら迷い込んだゲットーで両方GET