第14話 採用試験

文字数 7,176文字

 経済誌の誌面に写るその男の容姿は、おれとは似ていない。

 おれが16歳の時にコソコソと隠れて様子を伺いに来たという人物。面会者名簿のノートに記入されていた名前と、ある自動車メーカーの最高経営者の名前が同姓同名であるため、事実上この男が父親であるのは間違いないようだ。


 そのインタビュー記事の中身はこうなっている。


【私たちがハンドルを手放す、その時まで。これからの車の未来】

●CEO  私たちは近年実現しつつある、自動運転技術や自動車のIT化構想から、一時逸脱する決定をしました。この業界のみならずロボット産業、あるいはAIが、何か大きなものを人々の手から奪っていくかのような話をよく耳にするようになりましたが、果たして本当にそうでしょうか。私の見立てでは、鉄腕アトムを見ていた人たちが夢想した未来、あるいは石炭時代のスチームパンクのように、実際には起こり得ない事柄もまた、幾分か混ざっている気がしてならないのです。

●CEO  そこで私たちのグループでは、自動運転技術が普及する前段階として、これまでよりも一層、オーナーの方々が愛車に入れ込んでもらう方向性を探ります。

●CEO  人々が自分の愛車を自分でメンテナンスし、内装の模様替えを行う『Rooming-CAR』構想ですが、整備というものはこれまで実に分かりづらい専門職であり、その舞台裏は一般の人々には馴染みのないものでした。ですが、私たちはこれらの舞台裏にスポットライトを照らしてしまいます。車の内部を分かりやすく、触りやすいものへと再設計している最中です。このプロジェクトは一番下の息子と一緒にやっているのですがね。

●CEO  例えばボンネット。その内側というものは、多くの人にとってこれまで未知の領域でした。わかるのは整備士と一部の人たちだけです。どこがエンジンオイルの流入口で、どこから古いオイルを排出して缶で受け取るか。あるいはバッテリーの設置場所。その取り外しのし易さを決めるロック周りの設計。それらを再設計し、自身が行える整備領域を拡張して使用感を良くしていきます。さらには各内部が見られることを前提として色分けされ、視認性も良くユーザインターフェイス化された、誰にでも一目瞭然である状態ならば、話は変わってくるでしょう。

●CEO  ショップでも愛車に交換してセットできるパーツの品型やオプションがどれであるかが、きちんと明確にわかるようにしていきます。『Rooming-CAR』、それはDIYでタイニーハウスを作る人たちの趣味のようなものになります。私たちにとって車は、突如として”自分でオプショナリーに触れられるもの”に姿を変えるのです。

●CEO  私はもともと車の運転が大好きでしてね。ドライブは今でもしょっしゅうしています。もう中毒と言ってもいいかもしれません(笑)。愛車を自ら進んでメンテする、その習慣はとても楽しいものになります。そうなる未来が私たちの夢なのです。

●CEO  ハンドルカバーは取り外しも装着もしやすい設計に、そもそも作り変えてしまいます。好きな材質の、好きな色の、好きな柄のものを選べるようになります。現在の主流は正規ハンドルの上に無理やりカバーを被せるような大変使い勝手の悪いものだ。座席も同様に、オプション対象品になります。実は車の座席は簡単に取り外しができるものですが、これもあまり知られていませんね。___標準座席に被せるシートの材質もカラーも柄も選んでもらいましょう。それらは最終的にマジックテープで固定設置できるものになる予定です。___突き詰めれば、答えはシンプルになってくるものだ。

●CEO  私は車を自分の手でこれからも運転する未来を夢見続けているんですね。そういうところがある。車はただの便利な移動手段ではなく、どこかへ出かけたくなるような気持ちにさせてくれるものであって欲しい。それはこれからもずっとです。オーナーの皆さんがこれからの時代、これまで以上に愛車に深く関わっていくことになる未来、___自分でメンテナンスをし、オプショナリーに模様替えもしてしまえる未来。そういったカー本体の再設計とショップを立ち上げてまいります。

●CEO  この私たちの夢が叶えば『Rooming-CAR』構想は後から収益回収も見込めるでしょう。ビジネスとして成り立ってくる。___これはいつも申し上げていることで、皆さんも耳にタコかもしれませんがね、”2つ先を読んで行動する”、というのが私の信条であり続けた。自動走行運転やタッチパネルモニターは、おそらく”2つ先を読んだ未来”に対する反応ではない。車を自動走行でただ便利な乗り物にしていく? 一部の物流界で行う分にはいいでしょう。だが私たちは自動車メーカーです。もっと車に意味付けを施していかなければならない。実はその部分こそが、車のある世界を構築していく上で、我々が最もしなければならない事であると、信じるわけです。___”これまで無かったとされていたダークコーナーにスポットライトを当てる”。つまりはボンネットを含めて。


 * * *


 これまで無かったとされていたダークコーナーにスポットライトを当てるべく、おれは繁忙期のなか、建設会社に無理を言って三連休を許してもらった。
 休み初日の午前中には、千歳空港から羽田まで飛び、幕張までタクシーで移動した。
 自動車メーカーの中途採用面接はホテルの間借り室を会場としていて、おれが面接会場にすべり込んだ時には、すでに『広報部門』の職を希望する四名の人らが待機してた。

 彼らは見るからに元がその手の離職者らしく、同業種の経験がある気配が充満している。

 おれは初めて履いた安いビジネスっぽい革靴とダークスーツ、セット物だったブルーストライプの安ネクタイという、場に合ったコスプレをして、持参した詐称履歴書を提出すると、パイプ椅子に座って始まるのを待った。

 ホテルの応接間。足元は暖色系の絨毯。面接官は会議用テーブルの向こうに二人いる。

 一人はまだ若い女性で進行役、その横に一応見守る立ち位置の重鎮みたいな古い男が設置されている。おそらくこの二者は連動して動くことが予想された。どちらか一方を引き込めば芋づるになるか、逆の悪いパターンもありそうだな・・。


 ___そして面接は始まる。

「本日はお集まりいただいて有難う御座います。それでは皆さん簡単で宜しいので氏名と略歴など自己紹介をお願いします」


氏名 御厨子 正司 (おみずし せいじ)
性別 男性
年齢 30歳
生年月日 1989年 2月16日
学歴 北海道大学経済学部卒業
職歴 函館パンチラ広告代理店 コピーライター職(勤続5年)

《貴社の広報部門チーフ職を志望します》


 他の志望者の略歴を聞いていると、どの人もエリートであるらしかった。興味がなくても知っているような名門大学の出身者ばかりだ。そもそも実績があり、次なるステップへ駆け上がるような転職希望者なのだろう。

「ちょいヤバいな」

 おれは取ってつけたような履歴書と、明日には思い出せない経歴話でその場に適したデマカセを言いつつ、彼らのなかに紛れ込んでいる。

 基本おおっぴらに正直そのまま喋ってしまう体質であるため、少々緊張感をもって、デマカセに集中する必要があるだろう。___嘘は苦手だ。

 この面接はさっきの女性面接官が主体で進行していく。忘れそうになるが隣にはもう一人いる。
 そして彼女の説明によると、近年では海外のIT企業などがそうであるように、ユニークな出題をしたがる採用面接が流行っているようだ。
 口頭の受け答えのみならず、イラストやパズルを用いてみたり、志望者の適正や思考力の柔軟性を測るための様々な出題、ほとんど謎かけみたいなものまであるのだという。

 そういった説明をしつつ、面接官は言った。

「___私どもも、そういった出題をいくつかさせて頂きます。それほどお時間はかかりません、ご了承してください」

「はい」と志望者たちも応えた。

 始まって間もなくすると、面接官自身も自己紹介を軽く挟んできた。この女性は日本史に出てくる広田弘毅という人に詳しく、その人物から大きな影響を受けたと話している。大いなる目標だとも語った。
 この広田弘毅なる人物に対して、一人の志望者が激しい反応を示した流れのせいで(余計なことを)、皆が東京裁判についてどう思うかという面接官の個人的な質問に見舞われる羽目になった。

 おれは「その人は誰でした?」と正直に喋ってしまったせいで、彼らはざわついてしまう始末。

「___ご存知ない?」
「知らないですね」

 面接官の女性は絶句したような顔をし、志望者の誰かも失笑したような声を出した。開始早々、めんどくさい状況になったが誤魔化すために、

「いえ、近藤勇と混同してしまいがちでして。今度よくよく調べておきます。ご面倒を」とか言っておいた。

 すると女性面接官の横にいる古めかしい採用官がペンを走らせている様子が見えた。どうせ減点なんだろうよ。

「広報部の採用試験では、主に言葉に関する出題がメインとなっております。当社の面接で出題するものの中でも、他の部門より難しい内容になると思います。ですのでそこは皆さん覚悟なさってくださいね」と脅されて皆が笑った。

 おれもそのようにして笑う。

「では実務となるコピーライティングの出題をひとつ。広報部門はその業務上、コンセプトされ、デザインされ、実際に製品となって世に流通していく各車、___各ラインナップのその魅力をお客様に伝え、購買意欲を刺激し、さらには市場に広めていくという使命が、ハイ・プライオリティとなります」

「ですので、本日は実際に過去に製造された車、『キッカー』のコピーの実例を皆さんの感性で再構築してみてください。『キッカー』に対して当社が打ち出したコピーは、【Your Way. Keep Driving.】というものでした。これは大衆認知の傾向としましては、あまり振るわなかったコピーの前例なのですが、このコピーをどうすれば良いか考えてみてください。まったく書き換えてしまっても良いですし、加筆するなり改訂するなり、皆さんの感性の赴くままに、リライトしてみてください」


 おれは配られた『キッカー』本体の写真と、その企画当時のコンセプトなどが簡素に書かれた資料を眺める。そしてその前例コピーに加筆する方向を選んだ。

 彼らは順繰りにコピーを発表していく。各自いろいろなものの考え方があるようだ。そして。

「では御厨子さん、どのように書きましたか」

 おれはこうした。


【未知なりに、道なりだから。Your Way. Keep Driving.】


 少し沈黙され、その後で面接官が色々と指摘した。

「”みちなり”、という2つの言葉が続いていますが、それでいて意味も通じていますね。前回のコピーとも結びついていて、とても面白いと感じました。短いテレビCMの間に挟むワードとして、大変魅力的に思います。CMの絵もイメージしやすいですし・・」

 コピーライティングにライムを併用した形だった。

 そして横にいた面接官のあんまり動いていない方が、再びおれの履歴書に何やらペンを走らせたようだ。その後はペーパー心理テストと、複雑な木製のパズル(Tの字を作るやつなど)を色々とやっていった。


 * * *


 面接試験が終了し、自分は北海道在住で三日間の滞在予定であると先方に伝えておいて退散すると、翌日には早々に連絡が入った。
 会長がおれに興味を持ったということで、会長本人による直面談する次のステップに入ってほしいという案内を、人事担当からホテルの電話で受け取った。


「廊下の先を左に折れていただき、一番奥が会長の執務室になります」
「ありがとうございます」

 おれはそう言い、厳かな装いで廊下を進んだ。まだ二回しか履いていない新調の黒靴が綺麗なカーペットの上を踏みしめる。
 突き当たりを左に曲がり、人の視界から抜け出したところで、おれはいい加減ムカついていたネクタイを外して廊下に落とした。
 ワイシャツの首元を緩めて楽にし、前に現場でケガをしていた手の甲のでかい絆創膏もついでに剥がして廊下に落とすと、いつものラフな歩き方に戻していく___。

 自動車メーカーの最高経営者、会長執務室の前に来ると、一回だけ拳でドアを小突き、特に返事も待たずにドアを開け放った。

 中に入ると、60代付近の男がいた。
 手元にはおれの履歴書があり、顔を上げて驚いた表情をしている。

「アキアスだ」おれは言った。

「どうやらお前が、おれの父親らしい」

 室内を見渡した。
 家族写真などのパーソナルなものが目立つ棚の割とすぐ近くに、『キーラ・ナイトレイのフォトグラフィ』が貼られ、その少し離れたところにある大型4Kテレビの側には、『エグザイルのライブDVD』が見える。
 部屋の南側の隅に『エアロバイク』と『バランスボール』が置かれ、近くのダークウッドの木目が美しい東欧家具の上には『腰痛バンド』が。そしてその横には『各種ビタミン剤』、他に『低カロリー雑炊セットの試供品』が封切られた状態で乗っかりつつ、ソファ前のガラス製ローテーブルには『森永のチョコレートビスケット』が一袋置いてあった。

「どういう順番で買っていったか、分かりそうな品々だな」

 とおれは言いながら室内を歩き回る、

「人間味が溢れすぎてるようだ。公然わいせつにならないよう気をつけたほうがいい」

 そしてCEOに視線を戻すと真正面から向かい合った。

 CEOは丸くなった身体にゴルフウェアを着て、奥の執務デスクに座ったまま呆気に取られた顔をしていた。だがそいつはすぐに消え失せた。

 侵入してきた者の素性を知ると、交戦体勢へ移ったようだ。

 おれは経済誌のインタビュー記事を思い出し、相手を見る。おれに対処するその姿勢には、まだ何の予定も気構えもない現時点にあって、すでに”用意がある”という雰囲気をチラつかせている訳なので、

 ”あんたはサイコパスだと誰かに言われたことはあったか?”

 と聞いてみた。するとおれのセリフの文末に被るぐらいの素早さで淀みなく、「君自身は私をどう思うんだ?」と返答してきた。

 おれは笑った。企業経営のリーダーには珍しくはない。むしろその種の人格傾向の者が多い。

「___らしいな。いやこっちの話だ。今の返答の仕方で確認しただけだ、ところで」

 CEOがまじまじとこちらを見ているので、少し話を切っておいた。
 おれも相手をよくよく観察してみる。互いに一親等の血縁者であるために、どこか自分と似通っている部分があるんだろうか、と考えを巡らせ合っているようだ。

 そしてCEOは口を開く。

「母親のほうに似ているんだな。___そうか。で、今更何しに来たんだ? 金に困ったか、私を責めにきたのか」

「何に対してだ?」おれは言った。

「つまり、お前を捨てたことだ」

「そういう倫理観は特に持ち合わせていない。お前は初めからいなかった。いない奴にどうもこうもない。”無いものは無い”でいい。だが”ダークコーナーにはスポットライトを当てるべきか?”___それはおれにとっても趣味のうちではあるわけだ」

「そうか」

 とCEOは言い、履歴書を折りたたんで封筒に入れ直すと、デスクの隅に滑らせる。それは卓上ライトの下に置かれた。偶然そういう形になっただけだ。

 おれと話をする気はあるらしく、奴は指を組み合わせておれを見遣っている。その視線はおれの頭蓋の向こう側の壁を見ているような目だ。考えながら同時に喋る奴でもあるということだ。

「電話をしてくれば、わざわざこのような手の込んだ真似をせんでも事足りただろうに」CEOは微かに笑う、「面白い男になったようだが、少々無礼者でもあるようだ」

 履歴書を指差す、
「こういうタイプは好きだが、コソコソするのは頂けん」

 おれも頷く。
「そうだ。だから同じ方法を取らせてもらったんだ。おれが16の時にコソコソしてくれたからな」

 CEOはそのことをすぐに思い起こし、頷いている。

 おれは言った。
「用があるなら聞くつもりで来た。もし無いんなら、この辺で別々の道を完全に歩むことにしたい。今日は”念のための確認”をお伺いにきた。あんたはどうしたいか、言うといい」

「それは現状と全く同じことではあるだろうが、その確約、確証を公式にしたいということなんだな? ”おれには何も後ろ盾は要らない”という、確認がほしいと」

「そんなロンリーウルフでもなかったからな実際は。少二郎がいた。お前たちとは違う」

「誰だ、それは?」
 CEOがそう言うので、おれは呆れた。

「親戚にいるアーティストのジイさんだ。なんで知らねえ?」

 CEOの口元が笑った。
「誰のことを言ってるのか分からんが、面倒を見てくれた者がいたんだな。今もそれと一緒に暮らしてるのか?」

「なんだって?」おれは困惑した、「何言ってる___」


 そのとき背後が急に騒がしくなり、二名のセキュリティが執務室に雪崩れ込んできた。CEOはおれを追っ払うような仕草をする、

「この人は不採用だから、ロビーまで見送って差し上げてください」

奴は立ち上がっておれの側まで来ると、履歴書をつまんでヒラヒラさせた。

「せっかく楽しみな候補だと思っていたんだが」CEOは怒っている、
「身分を偽ってまで会いに来るとは無礼だぞ」

「よく見てみろよ」おれは軽蔑した、
「別に偽ってもいねえだろ」


 オミズシセイジ
 お水 私生児


 セキュリティに両腕を取られておれは退散した。ロビーの回転ドアから外に放り出されたのち、おれは再びこの本社を見上げてみた。

クソでっかいビルだな、と正直に思う。
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