第13話 児童養護施設、侵入

文字数 8,284文字

 椅子に座って水差しの中にある花を見ていた。

 しばらくすると、それは花ではなく、鉛筆立てに入れた3色の蛍光ペンであることに気づく。

 立ち上がって台所に行く時、よろめいて壁に激突した。そして何をしに来たのかを思い出せず、呆然と立ち尽くした。

 ___明らかに何かオカシイと気づき、電話を取りだす。


「あのパケの中身は何だったと思う?」

 おれがそう言うと、少々訝しったらしく、ナックルはしばし沈黙した。

「あいつが売り捌いていたのはLSDだ。どうした、アキアス?」

「実はパケを撒き散らした際に、少し吸い込んじまったかもしれない。今なんだか様子が変なんだ、おれ。部屋で大人しくしてようと思う。___LSDならまだマシなほうだ、いずれ抜ける。そうだよな?」

 ナックルとの通話を切って再び台所へ行き、寝てしまおうと市販の眠剤を一錠コップの水で流し込んだ。

 そしてシンク台の上を見ると、睡眠薬の錠剤のカラがすでにいくつか転がっていることに気づいた。

 ___なんだ、さっきも飲んでたんだな。眠剤を多飲してんのか・・。

 小さなおっさんが電子レンジの上で踊るのが見える。

 
 微弱ながらLSDの影響下にあったせいで、睡眠導入剤の作用はことごとく打ち消された格好になっていた。
 さらに眠剤を摂取したのに眠れていないままだと、極端にハイな状態が出来上がってしまうわけだ。

 あまり自覚はないもので、部屋で大人しくしていようと理性的に判断したにも関わらず、3ステップほど歩けばその事を忘れてしまい、あの夢に出てくる『開かないドア』をぶち破りたいという高まる衝動に飲まれ、まんまと外出してしまうという、完全にマズいことをやらかしてしまった。


 ここ数ヶ月の近況として、おれはレコード会社に呼ばれて札幌に来ている格好になっているが、そもそもは札幌の児童養護施設の出身者であるし(戻ったのは十数年ぶり)、市内には当時の施設職員らの手によって通わされていた心療内科もある。

 この近郊で十代までの頃を過ごしていた。

 18歳になると入院中にあの男が不意に現れた。
 ___少二郎によって”静養生活”に終止符が打たれ、退院手続きが取られると、そのまま彼の住む釧路のアトリエに移住。
 その2年の間はまるで、自分のキャンバスを上塗りするように、有意義かつ実践的な時間を過ごした。

 その後は、少二郎の提案に沿う形で、帯広に単身移住。この10年間をまるっきり自分だけを頼りに生活をして成り立たせた。
 それは仕事を含む身の回りの全てを、自力でもってして回していく実演だった。これに関しては極めて優秀であったと評価できる。

 彼と再会する事ができたなら、自慢できただろう。

 つまり最近戻った札幌という街は、そもそも子供の頃に住んでいた所であるために、個人的によろしくない思い出が付きまとうスポットが3カ所ほどあるわけだった。

 逃れたい一心だった『児童養護施設』。
 足かせでしかなかった『心療内科』。
 そして夜に人知れず訪れていた『殺戮の森』___。

 今回札幌に帰ってきて知ることになった意外な事実として、この内の2カ所はすでに消滅しているということだった。
 あの心療内科は店終いになり、今やもぬけの殻だ。『殺戮の森』のあった場所は分譲されるために更地になっている。

 だが今も残されているのが児童養護施設であり、当時と同様に身寄りのない児童が暮らす場所として稼働しているようだ。


 夢に出てくる『開かないドア』___。

 こいつを見る度に、おれはこのドアが必ずどこかに実在するのだと感じてきた。
 そして今日のこの悪名高い薬物トリップしたコンディションの渦中にあって、LSDから渡されたバトンを睡眠導入剤の副作用が引き継ぐと、それはもう最後まで走りきってゴールするしかない、という状態になってしまった。

「あのドアをブチ破ってやる」
 ふらつきながら立ち上がった。けれど気分は最高にハイだ。

 そしてどういうわけか、児童養護施設の内部にその『開かないドア』があるのだと完全に思い込んだ。
 ドアをぶち破る必要がある、気が済まねえから。___という式が成立すると、疑うこともなく児童養護施設へと向うことにした。

 PM11時過ぎ。マンションの玄関から外に勢いよく飛び出していく。
 玄関の靴箱の上で小さなティガーが跳ねている・・?


 * * *


 ふらついてはいるものの二足歩行が無理という訳でもなく、実際かなりの距離をこの夜、歩いていた。
 スマートフォンが持ち主の異常に気づかずに距離と歩数を記録していたから分かる。___ちなみに消費カロリーは700kcalくらい。Siriに何か言われた覚えもない。

 おれは閉店間際のホームセンターに滑り込んでいった。

 しばらくそこで「何を買うんだか?」と忘れたりしつつ店内を歩いた。
 そして電球やシーリングライトが眩しい家電製品エリアに到着、テレビのリモコンをひとつ掴んで、レジまでフラフラと歩いて行って精算も済ませた。それは、どのメーカーのテレビでも対応する換え用のリモコン。

 店を出ると再び児童施設を目指して歩いた。

 おれは車を使わなかった。それはかろうじて働いた理性的判断というよりも、あの頃の記憶からか、”夜の散歩”に出たような感覚で徒歩を選択していたに過ぎない。

 向かう途中に工業団地があった。
 そこに差し掛かると、「そういやドアを破る道具を持ってねえんだな」などと気づき、団地内にある建設重機リース会社の倉庫に勝手に入った。
 倉庫のシャッターは施錠されておらず、手でそのまま持ち上げることができ、内部から手斧を持ち出す。
 これはいわゆる”マスターキー”と呼ばれる柄の長いアックスで、物を破壊するのに大変都合のいい道具になる。
 この斧は冬期の地面に厚く張った氷をかち割るために、ツルハシなんかと一緒に使われたりもする。
 倉庫内部は基本的に建設業者を顧客とするレンタル品ばかりで、確か水中ポンプの並ぶ一角にこの手斧が立てかけてあった。

 時刻は日付が変わり深夜1時。

 時間が示すように実際かなり長く歩いてここまで来た。ハイになっているため疲れ知らずの奴がアックス片手に、遠くからわざわざ歩いてやって来たってわけだ。別に誰も呼んでいないのにな。

 そして到着する___。


 * * *


 おれは目の前にある児童養護施設を見上げた。

 当時のままに___あの記憶のままに、青白くて冷たい外壁の建物が月明かりを浴びて、拘禁施設のように立ちはだかって見えた。

 ここから逃れることばかり夢見ていたのに、こうして自分の足で舞い戻ってくるという皮肉。この施設の主な機能としては身寄りのない子供たちのセーフティとなる最後の砦なのだが、おれらにとっては単に”他に選択肢がなかっただけ”だったとも言えるだろ。

 一般的にこの手の児童養護施設というものは民家を使っていたり、あるいはそれを改築して拡張した程度の規模でしかないのが普通なのだが、ここに関しては建物の規模がかなり大きい。
 その理由というのが、元が市の所有する何かの公共施設だったからって事らしかった。そういう訳もあってアットホームな外観とは無縁の、文字通りに施設らしい施設としてある。

 おれは当時から、この場所がどこか架空めいたものに思えていた。

 それは自分の出所が不確かであった事と相まって、立っている場所もまた不確かな暗がりの一角のように感じたのかもしれない。___だがここは現に存在する建物であるわけだし、実際に以前は住んでいたわけだ。

 ここまで来たからには『開かないドア』を破って帰りたい。

 施錠された時刻に児童養護施設へ入る方法、それは常駐警備員の部屋近くにある裏口から、ということになってくる。
 『殺戮の森』に向かう”夜散歩”の際に、よく取り外していた西棟の窓枠は十数年近くも経ていれば、いい加減誰かが気づいて修繕されているだろう。正面玄関、その他開く所といえば全て施錠されてしまうのがこの施設だった。


 夜間に常駐警備が行う定期巡回は、深夜0時と早朝4時頃だったはずだ。だがそれが今も同じであることはおそらくない。
 巡回中ならば裏から入ってすぐにある部屋で鉢合わせにならずに済むのだが、おれが裏口の外から様子を伺った時には、警備員はそこにしっかりと座っていた。
 その中年ではあるものの年齢不明に見える男は、手元でスマートフォンを操作していた。夜食らしきコンビニの袋が置いてある。
 そして背後には、暇つぶしに特化するように改良され続けてきた文明の鋭器、テレビが置かれている。けれど予想とは反して、電源はオフの黒画面のままだった。

 それでも結果は同じにはなるため、おれはポケットに手を突っ込み、さっき買ってきた多種メーカー対応のリモコンを取り出して、テレビの電源を入れた。

 テレビは常駐警備員の後ろでパチンと鳴って、画面が映し出される。そしてこのリモコンの音量の『+』ボタンを押しっぱなしにして、裏口を静かに開けて踏み込んでいった。手斧の”マスターキー”をどこかにぶつけて音が鳴らないように気をつけながら___。

 テレビはすぐさま耐えがたい大音量域に達し、警備の男はディズニーアニメのように、文字通りに飛び上がった。男は机の上のリモコンを探して操作するものの、おれも音量ボタンを押しているため、どうにもならず、慌てふためいていた。


 * * *


 目の前に現れた施設内部を、おれは一度立ち止まって静かに見据えた。

 暗がりの児童養護施設は、薬物によって乱された脳内コンディションと相性がよい感じに、ほとんど非現実的な空間として眼前に映し出された。
 廊下の床材である寒色系のリノリウムが月明かりに照らし出され、白い光の通路のように前方へと伸びている。
 消灯状態にある夜間の施設は、月明りの強い夜であることも相まって、外の夜光が建物内部を、幻想的かつ異様な場所としてライトアップしている。

 おれはアックスを片手に握りしめた侵入者であるし、今も稼動中のこの施設には、身寄りのない児童たちがすでに寝静まっている。さらにあの『開かないドア』が本当にここに実在しているなんて話のほうが、相当無理のある状況___。

 どう考えても「おれ、ここで何してんだ?」ぐらいの話なのだが、今日は13日ではなかったものの、奇しくも金曜日ではあったので、この行動はある程度正当化できるだろうと楽観視さえしてしまえる、そんなスペシャルな夜だった。

 職員室の明かりがだけが灯っていた気がするが、確かではない。この辺りから記憶が曖昧になり、その後のことは一部覚えていない。

 窓の外で誰かの顔が見えた気がした。


 * * *


 おれは『保管室』の中に入った。

 この部屋には児童施設が運営する過程で出てくる類いの書類、児童に関する個人情報が、まるで病院の患者カルテのように廃棄もされず、ただ蓄積されて保管されている。
 ___解体する手間も資金もかけられずに、ただ置いておくしかない削減枠の核弾頭のように、それらは在った。

 金属製のスチール棚は、耐震対策を施され、児童らのファイルをその腹に内包して隙間なくびっしりと並んでいる。
 そのファイル群の管理の規則性というのは全く分からないため、初めて目にする者にとっては、要するにランダムであるのと何も変わりはない。

 部屋の中央には90年代後半の富士通の大きなデスクトップが置かれているが、これには触れなかった。おれがここにいた当時は、紙管理されていたに違いないからだ。

 『保管室』のドアの向こうで、再び人の気配がした。
 そして少二郎のような声で「何だ、アキアスか」という幻聴らしきものも聴こえた。

 けれど、人の気配がしようが別にどうでもよくはあった。おれは無性にイラついていて、その感情を人に説明する事はできそうにない。

 おれは何かを探した。___何を?

 けれど、探していたのは『開かないドア』ではなかった。

 10分程を要すと、自分にまつわるファイルを探し当てた。ファイルの背表紙には、あの心療内科の院名が明記されている。
「どうせ、あそこに通ってたのはおれだけなんだよな」と思いながら手に取って開いてみた。
 予想通り、当時のおれの診断記録の一部分であり、心療内科からの送付されてきた経過報告らしき文書だった。
 一番上にファイルされているページが、診察記録の最終のものになっていた。

 さっきからおれの頭の中では、ビートルズの『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ』が繰り返し再生されまくっている・・。


 * * *


《問診 NO:144》 明快(あきあす) 男性 16才

【これまでの経過を総括すると、患者は精神疾患ではないと見なすべきである。どの人格障害等に分類されるものか判断は依然難しいため、”診断名不詳”の症例として観察するに留まる。現在患者は、昼と夜が逆転した生活を送っており、昼間は眠っているか起きていても静かに座っているなどの状態であり、問診自体が非常に困難である。】

【一方、夜間は活動的になり、児童養護施設の西側の窓サッシが何度も外れていた件も患者によるものと判明。夜間にそこから外に抜け出すことを繰り返す。この件に触れると患者は激しく感情的になる。過去の問診の発言や主張等に支離滅裂な所見は見られないが、物事の捉え方がひどく偏っており、独特である。病性せん妄や反社会性を思わせる虚言癖のようなものも見られないが、考え方は極めて異質であり、風変わりと解釈される。】

【例えば本人曰く、「仮に100年後に自分が生まれていようが、今現在生きていようが、その周りにいる自分以外の人々が誰であれ自分にとっては全く同じこと」であるとし、「自分が生まれて、そこにたまたま社会があったという順番と捉えている。よって自から進んで集団社会の規律を乱すようなことはしないが、集団の規律を守るために自分が生きているわけでもないため、”個”としての自身が脅かされる際には、社会のルールを厳守するつもりはない」、または「社会は公共施設のようなものと捉えている。公共施設を利用するような関わり方しかしないし、またそんな所には住んでいない」などと発言し、他にも____】


* * *


 ここまでざっと当時の記録を読んで、もう読む必要ねえわと感じた。当時、彼らが行なった問診は茶番でしかないだろうし、現在の自分とは考え方も違う。

 おれは18歳で社会に出てから、この手の物事の捉え方も改善され、今では他者と接する感性もずいぶん良くなっている。

 適した節度ある対人関係なくして、この年齢まで社会でやって来れている訳もなく、早々に何度もブチのめされてもきたものだ。問診当時のおれはすでに存在していない。

『過去にどうであれ、現時点での自分』が在ればそれでいい。事は足りる。
 人の過去はその人を判断する上での、材料としてウエイトが大きいのも事実だが、その過去の姿が払拭されてしまっている人物に、過去の幻影を見る必要もない。

 ___だが、今回は三日間行方知れずになっていた”あの時期”の自分自身の真相を探る必要はあった。あの行方不明事件の後、あの不愉快な診療所に度々連行されるようになった経緯が知りたかった。

 児童施設に送付された《診断報告》は、古いものから順繰りにファイリングされているようなので、一番下の記録から試しに当たってみた。
 初診報告は情報量の乏しいものだったが、2回目以降からの記録は、それなりに分量もあったので、おれは再度読み始める。


* * *


《問診 NO:2》 明快(あきあす) 男性 4才

【前回から一週間後の問診となる。今回は児童の体調も回復したと見なし、「なぜボイラー室の奥の暗がりに隠れていたのか?」を問いただす。児童は今件より以前から、多少なりとも様子の変わったところが散見しており、自閉症もしくは何かしらの発達障害を有している可能性が指摘される。】

【この年齢の割に自発的な発話に乏しく、手も掛かり、職員による負担も大きい。また児童養護施設の職員の名前を一人も覚えないまま、今日まで至っている。人と接するよりも、一人でいることを好む傾向が顕著であり、保育園においては同世代の子どもが外で遊んでいる際も、一人で教室にいる様子が度々見られていた。】

【本件に関する主治医の質問に、今回は少なからず本人からの回答を得られた。それによると児童は、「ボイラー室内に閉じ込められており、自力では出てこれなかった」という旨を主張した。さらに捜索隊による呼びかけ等の声は聞いていないとも回答しており、明らかに事実とは異なった内容を話す。児童は「先生に閉じ込められていた」と主張し、「それは誰か?」と問いただすと、「あの先生」としか返答は得られない。この児童は周囲の大人や職員たちの名前のほとんどを覚えることがないため、状況から判断するに、「あの先生」とは同保育園の”南木先生”を差していると推察されるが、これもまた事実とは異なるものであり___】


 * * *


 ここまで読んだだけで相当キレそうになった。
「バカか。ナミキ先生じゃねえよ。もう一人の方に決まってんだろうが」

 ああ、また頭の中で『オール・ユー・ニード・イズ・ラブ』が聴こえてくる・・♪♪♪


 おれはこの問診記録を読んだ事で、『開かないドア』の本質に行き当たった気がした。
 要はしょっちゅう悪夢の形で出てきていた『開かないドア』は、あいつ(もう一人の保母)に閉じ込められた過去の記憶が抽象化されて、出てきてしまっているだけなのだろう。

 実際に『開かないドア』は、当時あったに違いない。

 ___ということは、もう一人の方の保育士のアマを見つけ出して、ぶち殺せば解決はする。ここに丁度いいアックスも持っているしな。
 けれど、肝心のあいつの名前は全然思い出すことができない。

 「どうしてなんだろうな?」と思いながらも、こうして過去の関係者をほじくり返してみたことで、これまでどうでもよかった過去に関わりがあった連中に対してまでも、次第に怒りが込み上げてきた。
 本来ならば在ったはずのその怒りは、わざわざ触れなければ通電することもない、おれの記憶の中に埋もれた古い回路だった。

 だが一度ムカついてくると、連鎖的にそれらは点灯し始めてくる。

 そもそも”児童施設に送られるようになったきっかけ”にまで遡ってイラつき始めると、少二郎のボイスレコーダーに記録されていた肉親に関する内容にまでリンクして、顕在化してきた。

 少二郎曰く、

『父親のほうはお前を私生児にした。”認知しない”事に決めたようだ。お前が施設暮らしをして親戚から孤立無援で生きてきたのは、こいつのせいだった。いつだったか、お前を見に行った事があったらしいが、当時16歳でお前がちょうど荒れていた時期だ、記録にも残ってるだろ』


 おれが16の時___?

 その後も手当たり次第に、保管室をひっくり返してみると、《面会者名簿》と黒のマジックペンで書かれた大学ノートを探し当てた。

 2004年(当時16歳)の時期を含むノートを開く。面会対象に自分の名前を記入している外部者を見つけた。
 ページを全てくまなく調べ上げ、他に自分の名前が書かれていない事を確認するとそのページに戻り、その部分だけを破ってパーカーのポケットに突っ込んだ。

 おれは『保管室』から廊下に出た。マンションに帰ることにする。

 その途中、マスターキーを引きずったおれは、現在の孤児たちの部屋の前を通過した。その時、一人の男の子がたまたまトイレに向かう場面に出くわす。

「それヤバくない?」と男の子は言った。
「やっぱそうかい。もう帰るよ。出口はどっちだっけか」
 おれは訊ねた。

 彼は廊下の向こう側を指差して、非常階段の場所を教えてくれた。


 児童養護施設から抜け出し、外の世界に再び戻ってくると、二種類の薬物に汚染されていた頭も次第にクリアになりつつあった。
 途中で元の倉庫にマスターキー(手斧)を元に戻してから、正確な足取りで自分の住むマンションへと引き返していった。

 その道すがら、さっきの《面会者名簿》に記入されていた部外者の名前をスマートフォンで検索すると、自動車メーカーの最高経営者の一人に素早くヒットした。

 この人物は最近、ある経済誌のインタビューを受けて特集されているらしい。

「顔を拝ませてもらう」

 コンビニに寄って、その経済誌を立ち読みする事にした。
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