第24話 バディ・セッション

文字数 5,662文字

「今日から録り始める。準備はいいか。俺をガッカリさせるなよ?」

 おれが到着すると、砂依田が待ち構えていた。
 スタジオで初のレコーディングが始まる。

 正式に『レイブン・レコーズ』のラッパーとしてスタートを切る形だ。しかし初作でコケれば、その次はない。

 建設会社が休みであるこの日、時間通りにスタジオ入りすると、砂依田はすでに準備万端整えていた。
 プロデューサーとしては超一流だが厄介な曲者、”ケイシー”と組める者は少ないとチェインスネアも言っていた通り、制作は厳しいものになることが必至。

 そしてグランドマスター、チェインスネアとの売り上げ合戦だ。
 おれは自分の持つものをすべて出し切るつもりで挑む。 


「当たり前の話だが、グランドマスターの連作と新人のデビュー作をぶつけてみたところで、どうなるか予想は誰でも立つだろう」

 砂依田は言う、

「今回みたいな競い合いでは、そもそも通常の戦い方なんざ採用しない。通常以外の”何か”でなければ絶対的に良くはねえ。仮に俺たちがスペシャルなやり方をかましてみたところで、結局は負けるってのも全然有り得るわけだ。なぜなら向こうが1ダースのボケであっても、使ってるアセットは奴だからだ」

 最大手レーベル『エクスポータル・レコーズ』の専属ラッパー、チェインスネア___。新作のリリース時期を互いにぶつけ合う。


 砂依田は湯気の立つマグからブラックコーヒーを飲み、おれは砂依田の意向を飲み込む。

 かつては『エクスポータル・レコーズ』の方で敏腕を振るっていたプロデューサーが、古巣とのやり合いにおいて如何に勝つべきかの戦略を考えているんだ、素人のおれがその部分に口出しするつもりもない。

 けれど、おれとチェインスネアは互いに、新譜の売り上げ合戦をする必要は感じてはいなかった。レーベル間の争い事でしかない。
 ただおれたち二人は、”でも勝負したらどうなるか?”という部分において興味があるだけだった。

 チェインスネアからは、アキアスの初リリースはどう転ぶか分からない未知数だと目され、こちらは、おれのデモテープ『韻フィット』に触発された彼が、新たな可能性を開拓しようという真っ最中であることが気になっているわけだ。


「作ってきたものを、見せてみろ」

 おれは促されて人生初の収録をした。ブースの中はステージとは真逆で、狭くて無音の空間だ。どちらかというと、こちらの方が『箱』といった感じが、おれはする。

 そして”宿題”であったリリック4曲をブース内で披露した。

「予想通りだ」
 砂依田はマグをすする。こちらを見ようともしない。

 散々愛着をもって用意してきた4曲のリリックが、砂依田によって早速ダメ出しを喰らうと、曲中にあったラインを使い回して新たなライムリリックへと編成していく作業を始めるよう指示される。

 そもそも砂依田は、おれが持ってくるリリックがどうせ使えないことを見越してたくさん作らせていたのだろう。それらのライムラインを使い回して2曲に仕立てるつもりだったようだ。


 ライティングは日暮れにまで及ぶ。

 練り直しに続く練り直しを繰り返し、砂依田 圭史もまた同じく編曲作業をやり直していく___。

 夜も更けていった。

 
 砂依田がおれのリリックを点検しながら言ってくる、

「奴に___チェインスネアに以前言われていた事がある。”アキアスのライムの組み方は普通ではないようだ。多少文法が違っていようが、彼を矯正せずに本人の伸びたい方へ伸びていくことを許した方がいい。その方がケイシーにとっても面白くなる”、と念を押されていた」

 意外な話だった。

「お前には話していなかったことだがな」


 蔓を伸ばすチカラさえあれば、
 いずれ未知なるものを、絡め取っていくことになる。
 後生大事にいつまでも握っていては、
 次のハシゴに手がかかることもない。
 それならば、いっそのこと
 『把握』など出来ないままでもいい。
 開いた手が空を漂う、
 それは自由そのもの___。


「これもあいつの弁だが、”現行のシーンにあってアキアスのような者が派生したのには、何か意味があるのかもしれない。あれは自然界のものではない気がする”」

 砂依田は友人の言葉を思い起こし、正確に話した。

「”彼はナチュラルではない。言ってしまえばアーティフィシャルのような気配がある。『Artificial(人工的・不自然な)』の語源はラテン語の『arti(技)』と『fic(作る)』からなる言葉。つまり何かのきっかけがあってこのように造られたアーティストなのだが、本来の彼は別段創作をするタイプの人間ではなかったのかもしれない。仮にそうならば、この先いくらでも伸びる可能性を有していることになる。現に今はこうなっているからだ。___生来備わった資質を頼りに奮闘している人々とは本質的にタイプが異なる”、ってな」

「もし、あいつの読みが正しいならば、お前は今回の制作中にも早々に『化ける』必要に迫られる。いや、むしろそいつが間に合わないと勝算はゼロになるだろう。あのクソポータルのボケどもにそっと鏡を差し出す、みてえなシャレオツがお見舞いできねえってことになってくる」


 * * *


【RHYME DRIVING】 作詞:アキアス

おれは走るぜ そこどけい
振り切るぜ 速度計
スキルは 底抜け
おまえはせいぜい 毒吐け
ただ それだけ

見ろよこの表情
氷上路面からあの頂上まで
上り詰める 意気揚々
面白おかしく 生きようよ

駆け出すブーツはミリタリー
言葉を自在にスコールしたり
リコールしたり したり顔してみたり

おれはフリーランス
スリーマンスは続く いいパフォーマンス

こんな不敵さが 素敵さと
駆け上がる マウンテン
運転スキルが スリル満点

500万くらいする クライスラーも
早々にクラッシュさせ
キャッシュを見事にジャンクした
おれはそういう GANGSTA

難所を攻略する無難な指南書
そんなもん 要らんしょ

著しい目印も 正直わかんない
どこにあるのか 標識案内?

かき集めた語彙の Full Set
ひとつ残らず 使い古せ

おれは利口ぶるわブルマも被るわで
オツムがさみしいヒマもねえ
惜しまぬソシリで端折りだし
尻だし走り出すから軽々しい

その瞬間 春夏秋冬
本物の花に 進化すっと
クリエーションが旬ものの
Wanna Beとして 原価沸騰



「ダメだ、もっとイイもんを書け」

 プロデューサーから指示が出る。”砂依田ケイシー”は決して良いとは言わないのではないかと錯覚してくるが、おれが良いライムが書けていないだけだ。作詞の途中で早々と却下された形だった。

「ライムスキルだけじゃだめだ。”何を物語るか”を意識しろ。お前はほぼ何も言っていないだろうが」

 おれはライムしていくので精一杯で、内容で物語るところまで技術が追いついていかない。そのことを打ち明けた。
 ライムする言葉を見つける、それらを繋げて文章を作る、____それだけでも十分大変だった。
 その上に更にリリックの内容が、ストーリー性を帯びていなければならない。

 それも聴くに足る内容だ。これは並大抵ではない。

「そうだ、普通の人間には書けない。だがラップのソングライターなら書ける。チェインスネアなら書ける。だからお前は今ここから化けちまわないとならない」

 プロデューサーは続ける、

「俺はチェインスネアが言うように、お前にああしろ、こうしろ、とは言わない。好きなように書き進めろ。だがダメ出しはする。お前の中でいいもんが出てくるまで、お前が試行錯誤していくんだ。分かるな? 行きたい方へ自由に伸びていけ。だが必ずいいもんに仕上がっていなければならない。違った場合は違うと言う、それが俺の役割だ」


 おれは再びリリックを書いていく___。


 * * *


【ONE DAY】 作詞:アキアス

バトルの相手は  He? Who? ME?
いたる所に 「ひい ふう みい」

いつか終わりが来るというその ONE DAY
気にしすぎていたら 構わんで

あの日もこの日も I was lie.
それ自体がかなりの まあ煩い

「ゼロ」に始まり気づく頃は
「ナイン」もないんだ

そのまま言わんでいる勘とその違和感
知らん顔なんかじゃ済まんだろ

「すでに止んでいた雨」に「すでに噛んでいたギア」
「すでに去っていた影」に「すでに立っていた岐路」

だから掴むのさ自分の素手で
おれたちに出来る全てがその術で

掴んだと思ったら 指の間から 
すり抜けた 愛だから

それはまるで握った流砂
いつもそんなふうに言うさ

てめえが低迷する
手痛い 停滞
それはバス停で雨宿って
過ぎ去ったバースデイのていたい

大抵時間どおり到着する
ナー”バス”にご乗車し 
下車するタイミングには
ターミナルとお見合う
チャーミングな手合い


 * * *


ちくしょう・・

マスターに限りなく近いところまで仕立てたトラック候補を二人で聴き直した。おれはデリバリーの仕方で修正すべき箇所をいくつかピックアップしていたが、砂依田はやはりライムのことを考えていたようだ。

「これでいいわけがない」奴は言った。
「いいわけがねえと俺は思う、お前はどうだ?」

 おれはペンを置いた。一気に疲労感が押し寄せくる。
 この”セッション”までもがNGならば、おれはもう何も出せないと正直感じた。___これまでか。

「___おれは」
「わかってる」砂依田がさえぎる、

「だがギブアップは口にするな。たとえそうだとしても、今は自分で”その感じ”を誤魔化しておけ。言葉に出すな。MCはお前にとって新しい”技能”なんだからよ」


 良くも悪くもどんな時だって
 言葉が人を変える入り口になっちまう。


 二人とも疲れきっていた。
 長時間籠ってのスタジオ作業だったし、”今度こそは”と二人とも躍起になっていたからだ。
 そしてケイシーがこれ以上これらを編曲しないということは、つまりおれのライムパートに根本的な問題があることを意味していた。

 砂依田はドアを開け放った。
 ”いったん外に出たほうがいい”、という休憩の合図でもある。

 しかしケイシーは再びデスクに戻り、何やら周りを漁り始めた。

「急に思い出したことがある。お前が初めてここに来た時、俺に渡した紙がまだあっただろ? ”ついでにこれも書いた”とかいう短いライムが」

 ああ、あれかと思い出す。3枚書いたうちの2枚目のやつだ。
「覚えてる。おれは何て書いてた?」

 砂依田は書類の山の下のほうから、その紙切れを見つけ出した。

「これだ」


 * * *


わざわざ軽井沢まで来た訳は
たわけたざわめく胸の内
ぶつくさ道草 分入って
何だかんだと訳言って

酒でも飲んだ帰り際
際どい浴衣の女人見て
「見たかこれが青春」と
ばかりにバカ言い はばからず

追ってみたり 撒かれたり
終いにゃ迷子の芝居のよう

「何の用だ?」と自問して
疑問詞で片付く訳もなく
泣く泣く戻る 指定席
私的なことをしてきたが
素敵なことは何もない


 * * *

 ケイシーとおれはそれを眺める。

「当時は、”何書いてんだ、こいつは?”ぐらいに気にも留めなかったが、今俺がこれを思い起こしている意味は何だ」

 おれは頭を振る、これはおれにとって大して意味のないものだ。

「時々こういったフザケたことを言ったり書いたりするのが好きなだけなんだ。そういったよくわかんねえ側面が自分にはあるらしい」

 ケイシーは言う、
「違う。この手のもんをお前は今回まだ出してきてないようだが?」


『ファニー・ラップ』____?


「リズミカルに踏むことはこれまでにもあった、でもライムに『笑い』ってのは、まだおれは書いてなかったか」

 オフザケ、それ自体はおれにとっては当然のことだった。あまりにも容易すぎて詩作って感じではない。

「実はこういったもののほうが簡単に書いちまうんだよ。半分遊びでしかない」

「書き易いのか?」奴は聞く。おれはそうだと答える。

「わかってないようだな」ケイシーは立ち上がる、
「そいつは得意だということだぞ」

 そう言い終えるとケイシーは、さっきまでのトラック制作の過程で出た諸々の全てをジャンクボックスの中に放り込んだ。そこには再び何もないスペースが目前に現れる。

 何もない広いデスク。____無限の宇宙が。

 おれはリーガルパッドの真新しいやつのビニールを剥ぎ、ぺんてるゲルペンを取って笑ってしまった。後ろを向いて時計と日付を確認する。

「マジで時間がねえ」

「そうだ」とプロデューサーも言った。


 * * *


 マンションに戻り、”宿題”のライミングをした。”自分の強み”のライティング・スタイルで書いていく。それは思わぬ方法論だった。

 果たしてそれで上手くいけるか___?

 おれはどういうわけか、オフザケのようなものを書くのが一番やりやすかった。自分の中にあるこの性質の由来は分からないのだけれど。

 チェインスネをはじめ、micoto、そして少二郎までもが、おれの行方に注目している。なんとしてもコケるわけにはいかない。

 自分には何かが足りない、と感じた。
 パズルのピースが何か欠けているような気がしている。

 そろそろ眠気も限界に達した時間帯になり、手を止めて書いたものを眺めていた。するとその時、出し抜けに電話が鳴る。それは聴き覚えのある声だった。

「私だ。誰か分かるか」

 CEO___。おれの実の父親。

「なんでおれの番号を知ってる?」
「人に調べさせたんだ。ところで話がある」

「今かなり忙しいな」とおれが言う。「一体なんだよ?」

「忙しい理由も想像がつく。音楽をやっているんだろう? デビューを控えているらしいな。レコード会社のウェブサイトを見たんだ」

 おれは返事をしないで用件を待っている。

「近々こっちに来れないか、アキアス。紹介したい者がいる。___ついでに、あの人について教えてやってもいい。自分のルーツを知っておくと、人前でパフォーマンスする際の助けにもなるだろう。おそらくはそうなる」

「誰のことを言ってる?」

 CEOは少し黙ってから静かに言った、
「お前の母親だ」
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