第25話 札幌のホテルとマスターキー

文字数 1,199文字

 被害者は他にもいるはずだ、祥子はK病院内でのワルシの行動を振り返った、そして黒い目をランランと光らせているときのワルシを探し当てた。

 1985年、祥子22歳、秋
 関西国際空港が完成間近となり伊丹空港が閉鎖されるという噂が流れていた。そんな時に、乗り収めをしようということで、札幌行きの計画を立てたのがワルシだ、
「ダチの親父さんが経営しているホテルやから格安で泊まれる」と言われ、一泊二日の札幌旅行に行ったのだ。たった二日間のことであるが炉端焼きのホッケが美味しかったことが記憶に残っている。女子は看護師6・7名、男子は薬剤師のワルシと同じく薬剤師の中井さんと血液検査技師の畑さんであるが、二人は誠実で温厚な人柄である。
 大黒は部屋割りをすると言って、先輩の佳奈子さんと祥子をツインルームに割り当て、「他の者は自分らで、勝手に」と采配したが、その時の目がランランと光っていた。
 祥子は枕が変われば眠れない体質ではあるが、その晩は珍しく眠っていた。カチャっという物音のあと黒い影が足元を横切る、気になりながらも起き上がれない、しばらくすると隣で佳奈子さんのウーウーと唸る声が聞こえてきた。祥子は佳奈子さんの身に異変が起きていると思って、飛び起きている
「大丈夫ですか」と顔を覗き見する。するとベッドの上にワルシがいた。祥子はワルシが佳奈子さんを介抱してくれていると思い込んでしゃべりかけた
「何があったんですか? 介抱してくれていたの」
「そうや」
 朝食時に、祥子はふと昨夜の事を思い出し、佳奈子さんに尋ねた。
「佳奈子さん、体は大丈夫ですか、昨夜うなされていましたよ」
「大丈夫やけど、なんで」佳奈子さんは首を傾げている。
「うなされていたから起きてみたら、既に大黒さんが来てくれていて、介抱してもらっていたんですよ」
「覚えてないけど」と佳奈子さんはキョトンとした顔をしている。
「廊下でしんどそうにしていたから」とワルシは応えている
「鍵はどうしたの」と澄子さんが聞くと、ワルシは
「ダチからマスターキーを借りてきた」と応えた。その会話を聞いて中井さんがワルシを横目で睨みつけていた。そして食後、みんなが部屋に引き上げた後に祥子は置き忘れていたハンカチを取りに食堂に戻ってみると、手洗い場のところで中井さんがワルシの襟ぐりを掴んで凄い剣幕で怒っていた。

 風の噂で中井さんが逮捕されたことを聞いたことがある、最初にそれを聞いたのは2011年の同窓会の時に、夏美から聞いたのだ、
「大黒がね、中井さんに営業妨害されたの、だから逮捕してもらったの」
 もしかすると中井さんは勇気を持ってワルシの犯行を告発したのかもしれない、しかしレイプドラッグは被害者自身に自覚がない為に警察は捜査してくれず、それにより、逆にワルシから営業妨害として訴えられたのだろう、そうだとしたらこの手記は汚名返上に一躍かってあげられるかもしれない。

 
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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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