第35話 地団駄を踏む

文字数 1,601文字

 1992年12月、O病院でのこと、
新婚旅行の海外から帰国した北田看護主任が旅先で凄いものを見たらしい、祥子は
空き病室の101号室に呼ばれた。

急ぎ早に質問の嵐が飛んで来た

「K病院にいた時に男女でスキーに行ったことある?」
「ある」
「どんなメンバーで?」
「男子は、薬剤師と製薬会社の営業マンと医事課の三人、女子は看護師の私と先輩と医事課の三人と併せて五人、全員で8人」
「婦人科で診察を受けたことはある?」
「あるよ」
「どこで?」
「S病院」
「何の病気?」
「生理痛」
「何歳の時?」
「看護学生の時、21歳」
「分かった、今はまだしゃべられないけど、なんとかする」

後日、医事課職員が病棟の看護職員を集めてカルテの処理の仕方をレクチャーした。
その後ろに北田主任が立っている、
「変質的趣向の婦人科医が月経過多など虚偽の病名を付けて、性器の写真を添付した場合には、当病院では、マジックで写真を塗りつぶし、上から全面を糊付けした紙を貼りつけてから、端をテープで止めるように対応することにしました」

同じようなレクチャーをK病院でも受けたことがある、違うのは、今回はマジックペンで写真を塗りつぶして、全面を糊付けした紙で貼りつけるということだ。
誰かが言う
「この病院にはそんな変態医師いませんよ」
北田看護主任が付け加える
「別の病院で問題になっています、当病院も対策を練ることになりました」
さらにこう付け加えた
「根本的な解決にはなっていないけどね、あー腹立つ」と言って、地団駄を踏んでいる。
北田主任から祥子の被害のあらましを聞かされたO病院の上層部にとっては、祥子は一看護師に過ぎず、本人が気づいていないのならそっとしておくのがベストと捉え、県立病院のS病院やK病院に対してはビデオが出回っているという報告はなされたであろうが、警察の捜査を差し向けるというよりも、同じ立場の病院を護る側になったのだろう。

それから

時折O病院内の男子職員が祥子の顔を確かめに来るようになった。
レイプビデオを探し出して鑑賞しようという目論見なのだろう、結局北田主任の行動は祥子を晒し者にしただけだった。


 ところで、北田さんの指示通りだとすれば、S病院のカルテに貼られていた標本はマジックで塗りつぶされ、その前面に紙が糊付けされていたはずであるが、S病院内では「標本」という言葉が飛び交っていた。実際にはどうだったのだろうか、もう一度、耳を澄ませてS病院の通路を歩いてみた。

「標本は後で観に行く」

「標本は観てきた、でも、標本は蓋をされていた」

サイコバス・サイキが地下に向かうのを
「行くなー」と言って追いかけていく事務員がいたことも思い出した。
祥子は興味津々に事務員の後を付け階段を降りて行った、しかし階上から学生に呼び留められたのでUターンして廊下に戻っている、廊下に戻ると学生に扉を指さされ
「立ち入り禁止区域だったのね」と言っている。

しかし地下のカルテ室の光景を見ている、そこには何列も天井高の書棚が並んでいて、細い通路の奥ではサイコパス・サイキと事務員がカルテを奪い合っていた。
二人は祥子の気配に気づいていない、サイキが「あれっ?」と言って、カルテを開いたまま立ち呆けている、そしてそのページを事務員にも開けて見せ、二人で不思議がっている。
その様子からしてカルテは北田さんの指示通りの状態で保管されていたのだろう。

実は、カルテ室で観た光景は、その晩の夢の中で見た光景だ

長期記憶が夢の中まで再生されるとは脳とは実に奇妙なものだ。
そしてふと、
カルテ室の光景が見えたのは幽体離脱をしていたのかもしれないと思えた。
また幽体離脱で観てきたことは夢の中で再現される仕組みになっているのかもしれない。
もしそうだとしたら手を汚さずに復讐が出来るではないか、
催眠術にかかりやすい体質ならば幽体離脱も出来そうな気がしてきた。

祥子はストリートビューにてワルシの家を探している。
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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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