第7話 怪しげなスキーツアー

文字数 3,479文字

 プロパー西澤(25歳)から大黒の名を伝えられ、薬剤師の中島(38歳)は
「後で詳しいことを聞かせろ」と言っている。その後のトイレ休憩時、中島と医事課の三橋(27歳)と西澤の三人が停車中のバスの陰でヒソヒソ話をしている。

 この旅行の発起人は大黒で、宿泊先や交通手段などの段取りを立ててから、参加できなくなったと言って幹事を薬剤師の中島に引き継いでいたのだ。

「カギちゃんが退職するから、カギちゃんありきで計画されたスキーらしいで、行くしかないで」と二歳年上の先輩看護師の貴子さんに誘ってもらい、続いて医事課で一つ年下の、信ちゃんにも誘ってもらい参加することになった。旅行へ出かける前に夏美と準夜勤をしていた時、大黒が恋人の夏美を訪ねに来て、祥子に話しかけた。
「俺は行かれへんけれど、段取りはちゃんと立てといたったから楽しんでこいや、学生の時に、よう世話になったコテージを予約しといたったからな、ええところやぞ、へへへへ」
「大黒さんも懐かしいでしょうから、来れたら良かったのにね」
「俺は目を付けられてるからアカンね」
「どういう意味ですか」
「仕事がな、手が離されへんゆうことや、行かれへんのは残念やけど、土産話を楽しみにしてるからな」
 そして、夏美が大黒の用事で控室に入っている間に、大黒は口角を緩め、ニタニタしながら、こんな事を言っている、
「お前な、見えないところもちゃんと手入れしろよ、シシシシシ、ビキニラインちゅうやつや、シシシシシ」と、それはかなり気味の悪いしゃべり方だ、大黒が去った後、
「なんであんなこと言うの」と夏美に聞いている。
「ごめんな、すぐそうゆうことを言うねん、それに直ぐにギュってするし、酷いねん、本間に嫌やねん、止めて欲しい」と夏美は顔をしかめながら、開脚を想像させるように観音扉を開けるしぐさを見せる。
 そしてすこし間をおいてから、こう付け加える
「『おめでとう、君は合格や』と言われてん」
「・・・・・・・」絶句、

 祥子はS病院に渡った写真が気になって仕方がなかった、もしかすると動画だったのかもしれない、それを知ろうと意識を集中させた。しかし記憶は完全に消えていて呼び起こせそうにない、なのでヒントを求めるためにアルバムからスキー旅行の時の写真を抜き取って日付と照らし合わせた。1990年2月22日、コテージの2階でじゃんけんをして、負けてしまって、こそばされている写真が2枚、一階の和室でカラオケをしていたときの写真が3枚、23日スキー中の写真は防寒のために覆面をしている、その写真が5枚、25日札幌のホテルの室内の写真が4枚。23日の夜から25日の昼までの写真が一枚もない。写真をみながら記憶を振り返る。
 往路、千歳空港に降り立ったのは夜。千歳空港から札幌駅のバスターミナルまでスキーバスで移動した、車中では医事課の女子三人は西澤が祥子に気があるものだと勘違いして隣同士に座らせている、それは大黒が祥子を誘いださせるために吹聴した仕業に違いない、そして冷やかされたのが嫌だったらしく、西澤が発した言葉が
「顔が性器にしか見えないからタイプではない」と言う言葉だったのだ!
 スキーバスは札幌でひとまず停車し、スキー場に向かって再出発するのは早朝になるため、乗客は仮眠をとるために各々の宿に向かった。祥子たちグループ8名は大黒が手配していた格安ビジネスホテルへ向かった。ホテルは7・8階建で、大きなビルの狭間に建っていて裏通りからホテルに入っている。
 女子達は入浴後に男子の部屋の前を通りかかり、男子が盗撮ものらしきアダルトビデオを観ていたのに気づき、廊下で立ち見をしていた。その映像は無音のもので、女性は泥酔しているのか眠ったまま素っ裸にされ部屋の真ん中に放置されている、そしてフードを被った8人くらいの男が離れたところから裸の女性を眺めている。しばらくして女性を部屋の奥に移動させて犯しているが、襖の陰に隠れているために女性の上半身しか見えない、その時の映像を見て西澤が
「こうゆうのが興奮する」と言っている。祥子はあることに気づき皆に伝えた。
「ビデオの中の部屋の間取りやテレビ台が、この部屋とそっくりや」
 それを言った瞬間、
「出ていけ」と中島が怒鳴って扉を閉めた。女子達は追い出される形で自分たちの部屋に戻った、それからしばらくして窓の外を眺めていると、中島ら男3人がホテルから出ていくところが見え、下に向かって声を掛けている。
「どこ行くの」と
 声を掛けられた男たちは罰が悪そうな顔をしている。
 窓の下には大きな庇がせり出しているから、斜め向こうに見えてから存在に気づいている、声を掛けた距離からすると2階か3階の部屋に宿泊していそうだ。
 その日のホテルの写真はない、しかし当時の祥子は、そのホテルの廊下を見て、4年前にも宿泊していたことを思い出していた。(第25話26話27話と同ホテル)

 翌朝にスキーバスに乗ってスキー場へ移動している、当初は大黒から「ニセコスキー場」だと聞かされていたが、実際にはニセコ付近ではあるが別の名前のスキー場だった。スキーバスの中では中島が、大黒から差し入れを貰ったと言って一升瓶を呑んだくれており、他のスキー客から顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。コテージは敷地内に2棟が平行して建っているが客室は一棟だけだとオーナーは言っていた。利用した客用コテージの構造は、3帖ほどの踊り場の奥に襖で仕切られている8畳ほどの和室があり、踊り場から階段を上がると8帖くらいのフローリング広間がある。ここは1階の踊り場からは吹き抜けになっていて広前への仕切りがない。トイレとお風呂は、外に出たところにある。お風呂は二か所、男子用と女子様に別れている。男子は一階の和室を使い女子は2階の広間を使っていた。
 コテージ泊の初日、女子4人でお風呂に向かう途中に勘のよい信ちゃんが男たちに
「カメラなんか仕掛けてないやろうな!」と言った、すると西澤が慌てて風呂場に向かい、何かを上着の中に隠して戻ってきた。
「まさか本当に仕掛けてたんか!」と女子達は西澤を睨んだ。西澤は顔を曇らせて距離を置いて横をすれ違った。風呂場では女子達はカメラが隠されていないかどうか、あちこち探し回ってからら入浴している。写真の日付からすると、コテージには二泊しているはずだが二日目の入浴の記憶がなく不安が積もる、頭痛に堪えながら意識を集中させる。
 二泊目はコテージのオーナーに、女子用の浴場ボイラーが故障したので、今夜は男女共同で浴場を使って欲しいと言われる。女子達は入浴しないと言う、祥子はどうしても汗を流したかったから入りたいと言う、それを聞いていて中島が「カギちゃん一人でのんびり入っておいで、何も仕掛けていないから、ゆっくり入った方が良いよ」と言い、その直後に「冗談やから大丈夫や」と言う、そしてまた「綺麗に洗っといでや」と言う。祥子はまさか盗撮などするはずがないと思っているが、脱衣所でカメラが仕掛けられていないか探している、穴が開いていそうなところをポーチで塞ぐ、そこまでは思い出せた。さて、今の私ならどうするかと考える。そうだ浴室を見るだろう、そうだ、服を脱ぐ直前に浴槽を確認している。すると窓が開いていて外は真っ暗だ、それならば電気を消すだろう、そうだ、電気を消して窓を閉め、脱いだ。しかし着衣を着やすい位置にセッティングしていなかった為、バスタオルを胸に巻いて一瞬電気を点けた。そういえば翌朝も奇妙だった
「真っ黒や、あっ!・・・あ~あ」とため息をつきながら、中島と西崎が8㎜ビデオに見入っていた。スキーを滑っているところが上手く取れなかったと言っているが、本当にスキーを滑っているところなら、女子たちにも堂々と見せられるはずだ、しかし「近寄るな、見るな」とコソコソしているところから察すると、祥子が電気を消して入浴したからだろう。そして「カギちゃんのことを撮ってあげていたのに写ってなくて御免ね、今度こそちゃんと映してあげるね」と言う。やっぱりどこかにカメラを仕掛けていたのだろうかと疑念が過る。結局どんなシーンを盗撮したのだろうか、ふざけた野郎どもめ!
 祥子は数日間かけてこの場面に集中していたので頭がボーっとしている。記憶を呼び起こす時には酷い頭痛に見舞われるが、過去が蘇るとボーっとするのだ。
 ひとまず意識を元に戻すことにした。しかし胸のざわめきも動悸も治まらない。もしかすると、まだ何か重大なことが思い出されていないのかもしれない、
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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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