第15話 眠りの中で聞いていたこと

文字数 1,393文字

 中島は、祥子に布団を掛けてくれている三橋に
「外に出とけ」と促す、それでいったん三橋さんの足音は遠のいていた。

三橋さんが去ったのを見計らって中島は西澤にこう言った。

「これはビヤクや」

「近づくな!天井の中央辺りにカメラが仕掛けてあるらしい」

「天井の中央辺り」と聞きこえたところから、祥子の体はまるで幽体離脱したかのように天井から自分自身を見下ろしている。
 裸体の祥子を傍観するように、少し離れたところに白いガウンをまとった鼠小僧のような後姿が見える。そうだ、中島はフード付きのガウンを部屋着にしていて、常にフードを被っていたのだ、その姿を写真に撮ろうとすると、いきなり「撮るな!」と激怒して、絶対に撮らせなかったことが蘇る。
 
 離れたところからカメラを構える西澤が見える、そこに三橋が戻って来てカメラを取りあげ、布団を被せてくれる。
「出とけ」と中島に言われるが、三橋さんは布団を掛け続けてくれる。
 その行動にしびれを切らした中島は、三橋さんを部屋の隅に連れて行きガウンの紐で三橋さんの身体を縛っている、天井からの目線では三橋さんの姿は布団の陰に隠れて観ることが出来ない。
 祥子の意識は部屋の真ん中に戻った、足元で中島の声が聴こえる。

「映像のこの辺りに婦人科の写真を貼りつけるんやろ、希少な映像が出来るで、これで親分も満足してくれるやろ」
「親分て?」と反復するのは西澤の声
「オ」中島の声、
「オ?」と西澤が反復する、
「グロ」と中島が言う、
「グロ・・・えっ」西澤が驚く、
「オオグロや!別の名は〝オオ・ハラグロワルシ″ヒトシとちゃうぞ、ワルシやぞ」
 
 そして三橋さんの方に向けて、大きめの声でこう言った。
「黙っとけや、大黒はマジやばい奴やぞ、ヤ○ザと仲ええし、ばらしたら殺されるぞ、脅しとちゃうぞ、可愛い〝みちや〟がどうなってもええんか、黙っとけよ、あいつな・・母親を殺しよったんやぞ」
「えっつ!・・・・」
 声のトーンが下がって、沈黙している。
「この計画を聞かされた時点で決行するしかないんや」

 〝みちや〟というのは三橋さんの歳のはなれた弟の名前だ、中学の時に弟が生まれ、そのことを恥ずかしいことだと思い、弟の存在を友達に隠し続けていたことを後悔していると言って、旅行中に何かにつけて「みちや、みちや」と口にしていたのだ。
 しばらくして三橋さんは自力で紐を解いたようだ、

「解きよった」と中島が言う、その後、再び三橋さんは祥子に布団をかぶせ始めた。
中島は三橋さんにも「フード被っとけ」と命令するが彼は応じず布団をかけてくれる。西澤は三橋さんの気を逸らせるように祥子にカメラやビデオを向け続けていた。

 三橋さんの精神状態が心配で堪らなくなった。

 フェースブックで「三橋みちや」さんを見つけることが出来た、全身が映っている写真は三橋さんにそっくりだから弟に間違いはなさそうだ。
 しかしその人の交友関係に三橋さんは見当たらない、消息だけでも知りたいところである。
 もしも再開できたら
「なんで警察に届けてくれなかったの」と文句の一つも言ってやりたいが、遠慮なく文句が言えるような暮らしぶりで居て欲しい。
 
 何故だか、三橋さんが踏切に向かって走っていくシーンがチラつく、無実の人は幸せでなければいけない。

 〝中島と西澤に告ぐ、警察に自首してワルシの悪行を全て供述せよ、さもなければ本名と顔写真を公開するぞ!〟
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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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