第30話 ヤカン②

文字数 1,226文字

 1987年、昨年に続いて同じスキーツアーに参加した、そして参加女子のメンバーは一新して、同年代と後輩の6人で同じ部屋に宿泊した。そしてワルシからのヤカンは祥子達のテーブルに届けられた。昨年と同じように
「特別に美味しいお茶やから、全部飲めよ」とワルシに進められる、やはり冗談半分に聞いていて、素直に飲んでいる。
 全員が食事中に眠気を催したので、誰かが、
「もしかして睡眠薬はってるとか?」と言い出したが、まさか本当だとは思わなかった。

 その夜の睡眠中にワルシの声が聞こえて来た。
「またや、この子も生理中や、そっちはどうや?」
「こっちも」と小さな声が聞こえる。
祥子は眠りながら
「私も」と、自己申告している。

そうだ、メンバー6人のうち5人が生理中だったために、
「真紀ちゃんも生理がもうつるでぇー」と言って、生理中ではない真紀ちゃんをからかっていたのだ。
 翌日、トイレから出てきたマキちゃんが妙な表情をしていた。
「やっぱりマキちゃんも生理になったんや」と言ってみたら、首を横に振った。
詳しい理由は教えては貰えなかったが、数人の子には伝えられていたようだ。

「夜中に誰かがこの部屋に入ったのか?」という会話が聞こえて来たので、祥子は平然と
「そういえば、夜中に大黒さんの声が聞こえて『生理中ばっかりや』と喋ってたで」と言っている。
「気持ち悪いー、私らも触られてたってこと!」と言ったが、真紀ちゃんの顔を見て、言葉を止めている。祥子は
「まさか、触ってないと思うで、私は触られてないで、でもなんで生理中やと分かったのかなー? なんで部屋に入ってきたのかなー?」

  スキーツアーが終わって出勤してみると、真紀ちゃんは体調不良を理由に長期間休んでいて、出勤したときに、退職の話になっていた。
「旅行中には退職の話をしていなかったのに、何があったの?」と尋ねても、
「一身上の都合で」としか答えてくれなかった。
 
  夏美との会話が蘇った、夏美はスキーを趣味にしていない、それについて
「大黒さんにスキーを誘われることはないの?」
「スキーは嫌いやねん、それに大黒も『スキーは貼りつけの刑にされるから、せん方がええ』と言いうのよ」
「貼りつけの刑ってなに?」
「分からないのよ」

 ワルシは毎年、S県立公立病院の青年交流会スキーツアーに参加して、ヤカンの中に睡眠薬入りの何かを入れて、女子部屋に忍び込み、強姦・撮影を繰り返していたようだ。

 ところで、スイーツアーに参加したK病院の男子の中にはワルシと組んでいるものがいたということだ、誰だろう、祥子は当時の写真を探ってみた。
 一人、怪しい人が見えてきた、その人は院内では出会うことのない職種の人だ。スキーツアーの初日の夜のこと、全員が大部屋で自己紹介をしていた時、その人の順番になってワルシが横からチャチャを入れた。
「この人な、毎年、このスキーツアーだけ参加しよるねん、嫌らしいおっさんやで」
 その人は今もK病院で働いているのかもしれない。
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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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