第33話 孤軍奮闘のトシちゃん

文字数 901文字

 1990年 春、
 K病院を退職したばかりのトシちゃんと祥子と、K病院勤務中の梨さんとの三人で白樺湖へのドライブ旅行に行った。
 白樺並木の白が幾重にも重なる光の柱となって空に伸びている、祥子はその光景に心を奪われながら散歩していたとき、梨さんが突然口を切った。
「祥子に大事なことを伝えなあかんねん‥‥‥祥子は強姦されてんで!」
 それは唐突だった。すかさず祥子は
「失礼な事、言わんといて!」
「ほんまやねんで」
「身に覚えがない、せっかく綺麗な景色を見ているのに、そんな不愉快な話は聞きたくない」と話題を打ち切った。

 祥子に伝えられなかった梨さんは
 会話の続きをトシちゃんに聞かせている。
 祥子は二人を他所に白樺湖畔の清々しさを堪能していた。


 1991年、祥子、トシちゃん、みどり、よっちゃんの4人で草津温泉までドライブ旅行に行った時の事だ。
 草津温泉の客室が、祥子がトイレに入っている間に停電になった。
 祥子が慌ててトイレから出ると、トシちゃんがブレーカーを触って復旧させようとしていた。
 そこへ旅館の人がやって来て、ブレーカーが落ちた理由を聞かれた。
 トシちゃんは中居さんに説明するために廊下に出て、祥子には部屋に戻るように促す、部屋に入ると、みどりが血相を変えて、こう言った。
「今な、アダルトビデオに、祥子そっくりな娘が映っててんで」
「よっちゃんも見た?」
「私は寝てたわ」
 そしてみどりは部屋に戻って来たトシちゃんに声を掛ける
「なぁートシちゃん、トシちゃんも観てたやろ」
「余所見しとったし観てないわ」
「どんな人やったんか私も見てみたいな」とよっちゃんが言う
「私とそっくりな人って興味あるわ」と祥子も言う
「そっくりやったで、まるであんたを観てるみたいやったで」と、みどりの興奮は治まらない。そんなやり取りの後に
「電気系統のトラブルが発生しました」という内容の館内放送が流れてTVが切れた。
 しばらくしてTVは復旧したが、祥子は自分に似ている女優を一目見ようと、アダルト番組を見続けた、しかし祥子似の女性は登場しなかった。
 トシちゃんは祥子の目に触れないよう孤軍奮闘《こぐんふんとう》してくれていたようだ。
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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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