第44話 そいつはレイプ魔!気を付けて!

文字数 3,495文字

 祥子は書き綴ってきた手記をweb小説に掲載した。営利目的の掲載でなければ、文学賞へ応募も出来るらしくて都合がよい、賞への応募が落選すれば修正を重ねてなんども挑戦を繰り返すことを生きがいにするのもいい、web小説のプレビュー数が少しづつでも日毎増えているのもいい、プレビュー数の増加は怨念が浄化されていくようで、目に見えるのが良い、そのせいか祥子は睡眠薬を服用しなくても眠れる日が増えてきた。

 それでもまだ、夢にうなされることもある。

 2021年5月9日、ゴールデンウイークの最終日に祥子は夫、敬寿の運転で奈良県宇陀市にある室生寺に行った。山間を走る県道28号線の眺めは、緑の中に山藤が手招いているように枝垂れていて、手招きは室生寺まで続いていた。豊かな緑にうす紫の風、窓を開けると川のせせらぎ、そして突然飛び込んでくる鶯の声、なんとご機嫌なドライブだろう、鬱憤も素直に晴れる。
 太鼓橋を渡ると「女人高野 室生寺」と刻まれた石柱が目に留まった。
 寺伝によれば、室生寺は奈良時代に皇太子山辺親王の病気平癒を、五人の僧侶が祈願し優れた効果があった事から天皇の命により建立されている。
 女人高野と呼ばれる由来は、高野山が女人禁制だった明治時代まで、女性の信仰を集めていた寺院であったことが所以であり、令和二年に室生寺を含む四寺院が女人高野として日本遺産に認定されている。

 女人禁制と聞くと、過去の被害が蘇る。
 月経は不浄のものとみなされてきたから‥‥‥、

 月経時に盗撮されたことや、標本呼ばわりされたことや、嘲り笑われていた時の場面が脳裏に再現されて胸苦しくなってきた、またしてもフラッシュバックに襲われるというのか、いや、此処は女人高野と呼ばれる室生寺なのだ、長い歴史にわたって女性の屈辱を受け止めてきたところ、女性の生霊が眠る地なのだ。深く息を吸えば力が湧いてくるだろう、しかも目の前には樹齢200年もの荘厳な三本杉が天を指しているではないか、女性であることを誇れ、生きろ、貫け、と命を下されたような感覚を覚え、戦士になった気分でおぞましい影を追い払うことができた。

帰宅後に調べてみると室生寺はパワースポットであることが分かった。

 室生寺に訪れようと思ったきっかけは、ポスターになるほど有名な室生寺のシャクナゲを一目見ようと思ったからだ、しかしシャクナゲは咲き終わっていて、残念ながら愛でることは出来なかった。
 それに代わってシャクナゲが散った後の低木緑葉が五重塔へ上る石段に生い茂り、放射線状に付いた葉は自分を見てくれと言っているかのように石段の方を向いている。花のない鬱蒼とした茂みはまるで、祥子がweb小説に載せたような重苦しい内容の小説に似ており、祥子は自分自身を見ているようで深緑色の葉が健気に見えてきた。よくよく見ると放射線状に互生している葉はパラボラアンテナに似ているではないか、胸裡(むねり)を聴き取って発信してくれれば良いのにと思い、心の中で呟いてみた。

web小説が話題になりますように、
 ワルシに捜査の目が及びますように、
 被害者たちに届きますように、
 被害者同士で怨恨の念を分かち合えますように、
 ワルシの妻がマインドコントロールから覚めますように、
 ワルシの妻や娘や息子がワルシを訴えますように、
 
 本堂には室生寺の本尊、如意輪観音菩薩像が厨子に安置されている。
 厨子までの距離は10メートル程だろうか、薄暗い堂内に仄かな灯で照らされた如意輪観音菩薩像は、ずっと見ていたいと思うほど穏やかな表情をしていて、その表情に導かれたのか「家内安全」を願っている自分に驚いている。
 ここ数年の祥子は祈念する時はいつも、小説が話題になり捜査の手がワルシに及びますように、パソコンが押収され映像や写真が削除されますようにと念じ、はたまた、不動明王への参拝では護摩木や写経にワルシの悪行を住所と共に書き連ねるといった気概の入れようであった。しかし今回は被害を自覚する前の、穏やかに過ごしていた時期に戻ったように「家内安全」を念じているのだ。許したわけではないが癒されていることを実感した。
 きっとそれは、小説にワルシの悪行を晒し切れたという清々しさの表れだと思う。
 手記を書き始めた頃は感情を発散させているだけの荒々しい文章だったが、推敲を重ねるうちに読み易い文章へと変わってゆき、それと同時に心の中が整理されていった。その過程は自身が心の傷に寄り添い治癒に導くことになった。つまり知らず知らずのうちにセルフケアを施していたようだ。
 如意輪観音菩薩像の手は六本あり、しなやかで柔らかそうな手は指の先まで見惚れてしまう。
 そんな手を見ていると、どうしても搾取された輝幸さんの手のことが浮かぶ、
「もう死んでいるかも」と婦人科医に嵌められて内診室に連れて来られ、小さな命を助けたい一心で介助の手を差し出せば、手ごと盗撮され、その写真は好奇の目に晒され、レイプ魔ワルシの手に渡り悪用されてしまい、輝幸さんを自殺させてしまった。
 S病院内では写真は頑丈に塞がれたが、手は映像に貼りつけられたままで、ワルシのパソコン内にも保存されたままだ。

 ワルシから手を取り戻したい、

 祥子は仏画絵を習い始めて二年が経った、仏様の手を柔らかく描き上げることで手を取り戻せそうな気がしたのだが、上達しないのがもどかしい、
 2018年にシルエットとなって現れた輝幸さんが祥子に伝えたかったこと、

 写真に写った手が自分のものだということを隠され、
庇護されてきた、
庇護から放たれたい、
ひとを守りたい、
ひとを救いたい、

 そう祥子は受け取ったが、正確だったのだろうか、
 小説を書くことで応えてあげられたのだろうか、
 もう現れてはくれない。

 帰宅してから如意輪観音菩薩像について調べてみた。六本の手とポーズには意味があって、地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道に迷う衆生を救うため、如意宝珠と法輪を持ち、頬杖をついて救済策を思案しているのだそうだ。
 何故に地獄道まで救済しなければならないのか、せっかく閻魔大王に、法をかいくぐって悪事を働くワルシのことを告げて地獄に落としてもらえるように頼んでいるというのに、地獄から救われようとするなんて納得がいかない、解せない、祥子はそんな気持ちのまま眠りに付いた。

 解せない、
 解せない、
 解せない、

 ワルシが女性と会話をしている、祥子は必死に声を上げた、
 
 そ‥‥‥そ‥‥‥そいつは、 レイ‥‥‥レイ‥‥‥ レイプ魔!
 レイプ魔!気を付けて!
 気を付けて!
 気を付けて!

 祥子はワルシと喋っている女性に向かって必死に叫んだ、
 けれども声が出ない、
 声が出ないもどかしさ
 警察に対するもどかしさ、
 現在の刑法のもどかしさ、

祥子は夢でうなされ目が覚めた。

 声が出ないなら、
 この小説が
 ハメル薬局で働く女子社員に伝わりますように、
 ハメル薬局を利用している女性客に伝わりますように、

web小説の題名は

そいつはレイプ魔!気を付けて!

ワルシならこんな嘘をつくでしょう、

「うちの薬局は乳製品飲料会社の依頼を受けて新製品試飲のアンケートを集めています、試飲に協力してくれたら、一ダースプレゼントします」

いつも防犯カメラをチェックしていて、睡眠薬が処方された女性の自宅へ行くでしょう
「ピンポーン、」
「どなたでしょう」
「ハメル薬局です、すみません薬が届くのが遅くなって」
「なんのことでしょう」
「あっ!しまった!配達先の家を間違えてしまいました、私はまだ見習い中なのに大変な失敗をしてしまいました、こんなこと店長にばれたら私は採用されません、黙っていて貰えませんか?」
「大丈夫です、言いつけたりしませんから」
「優しい方で良かった、首が繋がりました。店長は厳しい人なんですよ、お詫びに、〇〇飲料を差し上げます、これは〇〇企業の新製品ですよ」
聴き取りアンケートを続けながら眠くなるのを待ち、
「大変や、薬が効きすぎているのかも、私は見習い中とはいえ、れっきとした薬剤師です」と言って、脈をとるパフォーマンスを見せて安心させて家の中に上がり込むでしょう。

 従業員には、宿泊研修と称して毎回同じ施設の同じ部屋に宿泊させるでしょう、
「オーナーの知り合いがブドウ園をしていて、ブドウジュースを差し入れて貰った、生ものやから、今すぐ飲んだほうがいい、残したら悪いから全部飲み干すように」
そう言って女性全員を眠らせ、マスターキーで部屋に忍び込むでしょう、

祥子はweb小説への誘引を狙ってSNSへの投稿を始めた。
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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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