第45話 へっぽこ市長

文字数 3,367文字

 祥子がツイッターを始めた目的はweb小説への誘引であるが、手記だけでは拭いきれなかった感情を吐露することと、孤独から解放されたかったからでもある、それにより「#性被害者のその後」の実態を知ることとなった。
祥子の場合は自分が被害者だという自覚がなかったことで精神を病むこともなく、自分を卑下することなく、普通に恋愛結婚し、負の感情を抱くことなく子育てをしてきた。しかし殆どの性被害者は被害を自覚している、それにより脳裏に何度も被害時の場面が再現されPTSDを引き起こし、鬱を併発させている。PTSDを引き起こすトリガーは被害者によってさまざまであるが、男の笑い声が引き金になることが多いという、混雑している場所には行けなくなった人も多く、電車に乗れなくなった人も少なくない、公衆トイレで被害を受けた人は公衆トイレが利用できないという、それら理由により外出困難となり社会生活に適応できなくなってしまう。精神を壊してしまうと働けなくなり焦りながら困窮に陥り惨めさを痛感させられる。加害者を憎む日々の中で過食や自傷行為や自殺に及ぶものも少なくないようだ。被害者の中には一見、社会に適応出来ている者もいるが、感情がなく目の前に見えている景色はリアルな世界ではなかったらしい、恋愛も育児も実感なく過ぎてしまったというのだから、なんと寂しいことだろう。 
 家の中にもトリガーがある、SNSをとおして近親姦の実態の多さを知って驚いた。加害者が母親の再婚相手の義父や義兄弟であることも多い。入浴時に被害を受けていたひとは入浴できないといい、寝ている時に襲われたひとは目を閉じるのが怖いという、母親にも相談できずに一人で抱え続けた人、相談をしたが信じてもらえなかった人、母親は気づいていたのに気づかないふりをしていたという人もいる。最も安心できるはずの家庭が最も危険な場所であったというのだから、心の傷は計り知れない。
 このように被害者は被害に遭った日から未来設計図の夢も人生も壊され、加害者への憎しみを募らせながら、もがき苦しんでいる。真夜中に「死にたい 死にたい」と流れる文字には涙が溢れてくる。これが性犯罪は魂の殺人と呼ばれる所以である。
警察庁の調べによれば性被害後のPTSD発症率は40%、適応障害をきたす比率は約30%にも上る、さらには「被害者にも非がある」という風習から、誰にも相談でずにいる人の数を足したなら相当な数にのぼる、一般社団法人springによれば、アメリカにおけるレイプ被害経験者のPTSD発症の比率は約70%にも上っている。
 日本国内では性被害を「被害者にも非がある」と云われる風習のせいで声を殺している被害者はかなりいる、それにより病状の悪化や回復の遅れを招いているのだが、加害者は庇護され犯罪を繰り返させているのだ、日本政府や警察は性被害を重んじて「被害者にも非がある」という認識の誤りを直すべく広報活動を繰り広げて貰いたい。

 さて性加害者その後の実態はどうなのだろうか、祥子は改めてワルシの知名度を探った。
ワルシは薬剤師でありながら、薬をレイプドラッグに使い、レイプ映像の販売を裏稼業にして財を得て調剤薬局をK市周辺に約10店舗も拡大している。それにより経営者として認められ若手社長の青年会会長、某薬剤師会におけるS県内薬剤師会長、などの経歴を経て現在は某薬剤師会の理事を担っている。しかしそれだけではなくK市社会福祉協議会評議委員の地区会長を担っているではないか、祥子は「市長が特に必要と認めた者」の名簿(PDF形式で保存)を見つけ、ワルシは市長から称賛されていることを知った。 
 ワルシは性犯罪者でありながら個人情報を得られる立場に君臨していたのだ。
祥子にはワルシがシングルマザーや性被害者の個人情報を見逃すはずはないとは思えた。他人の尊厳を貶めることを快楽にしている輩(やから)が社会福祉協議会の地区会長をするとは何たることか、怒りが止まらない。
 その怒りはK病院にも及んだ、K市の主幹病院であるK病院はワルシが元K病院の薬剤師であった頃にレイプドラッグを繰り返させるほど、管理がずさんだった。そのことを隠ぺいし、ワルシが退職後に調剤薬局を開業してから店舗拡大していくさまを看過してきた。  
ついには社会福祉協議会地区会長職までも看過しているとは何事だ!
市長や社会福祉協議会に、ワルシは会長には相応しくないと唱える者はいなかったということだ、K病院はK市の主幹病院であるというのに市民の安全を蔑ろにしていることは甚だ遺憾である。
 祥子は市長のフェースブックの友達一覧にワルシを見つけた、市長もワルシもK市の経済を盛り上げる青年会の会長を経ていることをから、青年会OBで繋がったのだろう。
祥子は市長の投稿から市民のためにエネルギッシュに動き回っている誠実な青年政治家であると感じ得たので、市長がワルシの友人であろうとも市民のために誠実に対応するだろうと期待を込め、市長に友達申請し、コメントを差し出した。

「K市にはレイプドラッグ撮影と販売を裏稼業にしている人が市長の友人にいます、
個人情報を得られる立場は相応しくありません、事実確認を調査して下さい」
しかし返信されることはなく削除されたので二度目のコメントを送った。
「削除するのではなく調べて下さい」
市長からメッセンジャーにコメントが届いた。
「友人とは誰ですか?」と市長が書いたが、ワルシの名前は告げなかった。
「K病院の人たちは知っていますから、聞いてください」。
「誰ですか?」
「I病院理事長であるI市長にも聞いてみてください」
「警察に言ってください」
「レイプドラッグにより私の記憶は欠如していましたから、被害を自覚したときは既に時効であり、警察は耳を傾けてくれませんでした」
「警察が関与しないことは対処出来ません」

 市長は時効となった犯罪は問題なしと判断したようだ。

祥子は写真に撮って保存しておいた「市長が特に必要と認めた者」の名簿を市長へのコメントに添付した。
その後に市長は調査をしたかどうかは分からないが、K市のホームページ上から名簿は削除された。しかし名簿を削除したからといって市民の安全が護られた訳ではないのだ。

祥子が市長に期待していたのは、ワルシの悪行に関する事実確認を調査するために、祥子から詳細を聴取すること、社会福祉協議会中央部にワルシの解任要求をすること、市長の特権をもってハメル薬局に査察の手を差し向けてもらうことだったのだが、祥子は市長を買い被っていたようだ。誠実そうに見えた青年政治家の顔は見せかけであり、知名度と財力にひれ伏す〝へっぽこ市長〟だったようだ。

祥子はSNSのアカウント名のうしろに「元K市民」という文字を追加し、自己紹介文を修正した。
「K市にはレイプドラッグによるAⅤ販売を裏稼業に財を得た性犯罪者が、個人情報を知り得る立場に君臨しているので市民は気を付けてください。市長や市議会は調査してください。なお他人を巻き込みたくないので友達は非公開にしています、なので『いいね』も不要です」
祥子は法律で裁けないなら文学で裁いてやりたいという一念で、K市民の投稿に「いいね」を押して、自分のホームを観てくれることを期待した。またプロフィールにはweb小説サイトへのリンクも載せている。どれだけの人が「そいつはレイプ魔!気を付けて!」を読んでくれているのかは分からないが、日々プレビュー数は増えていることから。少しは鉄槌を喰らわせられていると思いたい、

昨今、一般社団法人springのロビイング活動のおかげで「性犯罪を許さない」「女性の尊厳を守る」をマニュフェストに掲げる政治家が増えてきている。また警察学校の性犯罪の講義に講師として呼ばれるようになったことから、これまで軽視されてきた性犯罪が意識改革されつつあることが分かる。
近い未来には時効撤廃や刑法改正も達成することだろう、そして必ずワルシは逮捕される。


            


「サイコパス」中野信子著 文芸新書出版
「まんがでわかる 隣のサイコパス」精神科医 名越康文監修 株式会社カンゼン
「西国三十三所めぐり」JTBパブリッシング
「仏さまの履歴書」市川友康著 株式会社水書坊、


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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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