第13話 三十年後の覚醒

文字数 2,688文字

 市販の睡眠薬が効いているのか祥子は浴槽で船を漕ぎ始めた。

しばらくすると湯気の中から心地好い寝息のリズムが聴こえてくる。

スースースースー、祥子の身体は人肌の湯加減に包まれている、湯気の精がリラックスさせてくれる。

寝息のリズムの合間に、左の耳から誰かの声が聞こえて来た。

 スースー スースー

「あかんあかん、ヤメヤメヤメヤメ」
 
右の耳からは、
 
スースー スースー

「いい気持ちにさせてあげよう」
 すると、体が撫でられる
〝えっ!もとい、その前は?〟

「上を観てきて」と右の耳から聞こえ、誰かが階段を上がる、足音が戻ってくる。

「大丈夫、みんな寝てる」

「いい気持にさしてあげようー」とまた右の耳元から聞こえ、体が撫でられる。手の感触はお湯の温度に近い、左の耳から必死な声が聴こえてくる

「あかん、あかん、ヤメヤメヤメヤメ、あかん あかん ヤメヤメヤメヤメ」

〝えっ!私はもしかして、スキーへ行ったとき、
コテージに泊まったとき、
ぐっすり眠っている間に‥‥‥、
もしかして、薬を飲まされていたのか?
それで、強姦されたのか? 
未然だったのか? 
どっち?〟 
 
 そういえば、S病院の食堂上の通路で、群がる人だかりを縫いながら歩いていた時に、
「K病院の仲間らとスキーに行って、薬をもられてレイプされたらしいで、でも本人は気づいていないらしいで」という会話を聴き取っていたのだ

〝えっ、マジ!、違う、違う、私の話ではない、あいつら下ネタばっかり話しているけれども、さすがにそんな卑怯な事をしたりはしない〟
 
 祥子は真実を知ろうと心を落ち着かせ、意識的にスースーと寝息を掻き、続きを聞こうと耳を澄ませた、
 すると、わずかに眠りの世界に戻れた、

「ヤバい、上が起きたで、降りてくる、ヤバイ、パンツをはかそう」と誰かが祥子の足を持ち上げて、足を潜らせようとしている、
その慌てぶりが伝わってくる、
だから祥子は膝まで上ってきたところで自分の手で穿いた
続けてパジャマのズボンも渡され、
自分で穿いた。
「カギちゃん偉いな、次は上も着て」と誘導されるがまま、
上着を被って、
その後すぐに寝入っている。

誰かに抱き上げられる、数歩先で降ろされる、その時
「カギちゃんごめんな」という三橋さんの声を、お腹の辺りで聴いている。
 階段から誰かが降りて来る、
「カギちゃん、こんなところで寝ていたら風邪ひくで、上へあがろう」と言って、手を引っ張ってくれるのは貴子さんだ、祥子はよろけながらも自分の足で階段を上る、上階では信ちゃんが身を起こして心配そうに声を掛けてくれた。
「何かされたんちゃう、時間的におかしいで」
 しかし祥子は眠くてたまらず、滑り込むようにして布団に入った。

 肝心なところの記憶が飛んでいる。
 祥子はもう一度寝息を掻いて、振り返ってみた。

 中島が女子五人に一缶のイチゴミルク味の酎ハイを分配して振舞ってくれた、祥子は下戸なので飲めないが、後でウーロン茶を飲めばいいからと勧め、酎ハイを2・3口飲んだ、そして中島から、自分だけガラスのコップに露が滴っているウーロン茶を貰っている。
「いっきに飲み干しや、そうすれば楽になる」と言われ、
言われるがままグイグイと全部飲み干している。
こんなに美味しいウーロン茶を飲んだのは後にも先にもこの時が初めてだ、
そしてウーロン茶を飲み干しても動悸は治まらない、
その様子を見て中島に
「楽になるまで、そこで休んでいればいいから」と言われ、小上がりのところに座ったまま上半身を和室側に倒して横たわっていた、
すると意識を残したまま体だけスースーと寝入ってしまった。

 他の女子達も眠気が指してきたようで、祥子に向かって
「上に行こう」と声を掛けるが、祥子の体が思うように動けない。
中島が
「お酒で動悸がしているんやろ、治まるまでこのままに寝かせといたり」という、

「じゃあ先に上がってるね」といって信ちゃん達は上がっていく、
貴さんは夕食後から頭痛がするといって先に寝ていたので酎ハイは飲んでいなかった。
 少しして寝入ってしまった祥子の身体はふわって持ち上げられた。

「かぎちゃんを、上に連れて行ってあげるね」
 そう言って抱き上げてくれたのは三橋さんの声だ、階段の途中まで上ったところで、中島の声がする
「せっかくやから、もうちょっと寝顔を見とこうや」

「そうやな、もうちょっとだけ寝顔を見とこう」そう言って、祥子は降ろされた。
 
寝息の中で三人の視線を感じている。

「上、寝てるかどうか観てきて」と中島が西澤に指図を出す、西澤は中島のパシリとなり二階で寝ている4名の女子を偵察しに行く、その後に三橋さんの声が響き始める、
「あかんあかん、ヤメヤメヤメヤメ、あかんあかん、ヤメヤメヤメヤメ」
 そして
「カギちゃん、感じたらあかん、感じるな、感じるな、感じるな」と励ましてくれる。しかし祥子は心地の良い寝息のなかでリラックス状態にある、肌に伝わる温かい手が体を撫でて来る、その感覚はまるで催眠術に掛けられているかのようだ、祥子の体は素直に反応している。

「撮るな、撮るな、撮るな言うてるやろ」と三橋はバタバタと西澤を追いかける、その合間に祥子に布団を掛けてくれる、
「暑い、掛けるな」と中島が布団を払う、三橋は布団を掛けたり、西澤を追いかけたりと、祥子の周りを走り回っている。
「ヤバい、上が起きたで、降りてくる、ヤバイ、パンツをはかそう」

  浴槽でなんとか此処までは思い出せた。
未遂であることを期待している。一

一日前の夜にカラオケをしたのは、睡眠薬の量を見定めるためだったと推測できる。祥子は少量のお酒で体が真っ赤になり、ぐったりしてしまうことを知った中島は、他の女子を眠らせるために睡眠薬入りのイチゴミルク酎ハイを飲ませ、祥子には睡眠薬入りのウーロン茶を準備したのだ。

 旅行から帰って、三橋が祥子に目を合わせようとしなかった理由が解明された。

 しかし何故三橋は中島の犯行を止めさせることが出来なかったのだろう、西澤が撮っていた写真や動画は削除してくれたはずだが、実際にはどうなっていたのだろう、疑問と不安と雪辱が祥子に襲いかかる、34年も昔の話だというのに、早く警察に被害届を出さなければと焦る、旅行後に、もどかしそうにしていた信ちゃんの顔が目に浮かぶ、信ちゃんと共感したいが苗字が思い出せない、だから誰かに尋ねることも出来ないのだ。深川君は信ちゃんの事を苗字で呼んでいたような気もするが、池ちゃん、堀ちゃん、中ちゃん、あれこれ浮かぶがモヤモヤするばかりである。
 
 そしてレイプされたかもしれないことは、敬寿にも話せないまま数日が過ぎた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み