第4話 「眼力社」を掛ける
文字数 1,697文字
釣りの後に、祥子は敬寿と一緒に観音正寺を参拝した。一願一言地蔵様には、「心が強くなれますように」と祈念した。そしてご本尊の白檀の千手千眼観世音菩薩坐像に参拝し、散華で御身拭いをさせて貰ったとき「何を聞いても、へこたれない心を授けて下さい」と祈念した。御本堂は平成5年に全焼しており、再建させるために並々ならぬ困難を乗り越えたのだと知り、その力をあやかりたいと思ったのだ。そして敬寿は御身拭いの散華を自分の身ではなく祥子の頭を撫で「祥子が余計な事を考えませんように」祈念してくれていた。大きな白檀の観世音像からは温もりが感じられ、ご祈念の声を聞き入れて下さったのかどうかは分からないが、活力を授かれた。
11月10日、祥子は無性に眼力社へお参りしたくなり、独りで2時間半かけ伏見稲荷大社を巡った。千本鳥居をくぐり抜け、そこからは胸の鼓動を確かめながら稲荷山を登ったが、日頃の心臓リハビリテーションが効いていたようで動悸は気にならなかった。そして目的の「眼力社」へお参りをすませてから「眼力」と書かれた色紙を購入し、自宅の玄関の南側の壁に掛けた。
11月23日には目の観音様と呼ばれている、
寺伝によれば、811年弘法大使「空海」が眼病で悩む人々のために霊水にされたという霊験新たな湧き水で、今も眼病平癒の霊水として信仰を集めていると記されている。
祥子はどれほどの衝撃を受けようとも真実が知りたかった。そのためにも強い心と真実を見通せる眼が欲しかったのだ。
またひとつ記憶が蘇った
「顔が性器にしか見えない」と言ったのは、スキーバスで祥子の隣に座っていたプロパーだ(※当時は製薬会社の営業マンの事をプロパーと呼んでいた)
祥子は30年前のニセコスキー場の近くの、スキー旅行の記憶を掘り起こすことにした。
「なんて失礼な事を言うんや、可愛い子やんけ、大黒さんのお気に入りやぞ」と薬剤師の中島さんがフォローしてくれたが、それに対してプロパーは小さな声で
「だって、S病院で見たし、○○さんも言ってるし」と呟いた。「○○さん」の声が小さ過ぎて聞き取れない。しかし、プロパーがサイコバス・サイキと関わっていると確信した。プロパーの名前は、苗字に「西」の文字がついていたと思うが、西野、西田、西出、西沢、はっきり思い出せないのがもどかしい。
〝サイコバス・サイキ″とは、祥子に標本について説明した、男のことであるが、祥子がS病院の食堂上の廊下を歩いていた時に、
「なんやて! サイキがK病院と取引したのか、アイツはサイコパス・サイキや!」と、話している会話に聞き耳を立てながら歩いていて、その直後に、天然パーマの茶髪男が、正面から白衣をなびかせながら駆け寄ってきたのだ。
「皮膚の一部を横に引っ張れば人間の顔みたいに見える標本があって、それをこれから観に行くんや」と愉快そうに話しかけられた時、祥子の背後から、
「サイキには気を付けろ」という注意喚起の声が聴こえたので、男の名札を視て名前を確認したのだ。その名は「斉木」、サイコバスサイキは、
「標本は毛みたいなピンで留められていて、僕の毛は天然パーマやけど、ちょっと違う縮れ方をしているピンで留まってるんや、その毛は学生の髪より先生の髪に似てるんや」と喋りまくってから地下へと降りて行った。
「顔が性器にしか見えない」と言った西○の言動と類似していることから、サイコバス・サイキとプロパー西○とが、取引したのだと推測できる。西〇の正確な名前と製薬会社を知りたいが、中島さんや三橋さんとの繋がりも途絶えているので調べようがない、そうだ夏美に聞いてみよう。それにしても食道粘膜にタールがへばり付いているかのように胸が重苦しくて、えずいて仕方がない。