第31話 結婚祝い

文字数 2,545文字

 1988年、看護師の敏美さんが寿退職された。
 その半月前に祥子は敏美さんの病棟に物品を借りに行ったとき、敏美さんとワルシが喋っている場面に遭遇していて、ワルシとの会話を終えた敏美さんから、こんな話を聞いている。

「結婚祝いに御馳走をしてあげると、言って貰ったの、だれかが結婚する時にはいつも誘ってあげているんだって、人に知られて、やっかまれてはいけないから、他人には話さないでと言われていたのだけど、見られちゃったから話しておくね」

 ある朝、祥子の病棟に髪をボサボサにした敏美さんが訪ねてきた、
「昨日、大黒さんに御馳走をしてもらう予定だったのだけどね」
「あ、それは昨日だったのですね、美味しかったですか」
「それが、寝てしまっていて、起きたら朝だったの」
「えっ! どこで寝てたの?」
「スナック」
「大黒さんは」
「来なかったの」
「なぜスナックなの」
「大黒さんと約束した場所がね、カフェだと聞いていたのにスナックだったの」
「スナックで朝まで寝てたの! 何かされたんじゃないの?」
「寝てただけ‥‥‥、だけど‥‥‥、気づいたら朝だったの、今日は遅番だったから間に合ったけれど、全然気づかなかったの‥‥‥」
 敏美さんは頭を押さえてうろたえている、そして、
「K看護師長に相談してみる」と言って、自分の病棟へ戻っていった。

 血相を変えたK看護師長と敏美さんがバタバタと階段を下りてゆく、

 祥子と目が合った敏美さんは祥子に近づいてきて

「何もなかったから安心してね、今日の事は聞かなかったことにしてね、誰にも言わないでね」と言って去って行った。

 敏美さんは寿退職された数日後に結婚されている。
 結婚式にK看護師長が披露宴に出席された。

 祥子はK看護師長に琴美さんの結婚式の話を聞いている、そのとき、K看護師長の顔色が瞬時に蒼白色に変わった。
「妊娠していたの、それで新婚旅行はキャンセルしたそうで」
「できちゃった婚になったのですね、新婚旅行は残念でしたが、赤ちゃんが楽しみですね」
「ダメよ」
「何がダメなんですか」
「生んではダメよ、言ってあげて」
「そんなこと言えないです、何故だめなんですか」
 K看護師長は蒼白の顔貌を呈したまま答えてはくれなかった。

 敏美さんは結婚して、嫁ぎ先の和菓子屋さんで若女将になられた、その和菓子屋さんはホームページで見ることができる。

 2013年 二十五年ぶりに一度だけ再会している。その時に敏美さんとの会話が蘇った。
 敏美さんは、旦那さんとの間に距離感を感じていると打ち明けてくれた。

 第一子の長男の血液型が夫婦の血液型と一致しないことを聞かされた。しかし彼女が浮気などするとは考えられず、
「何かの間違いではないの」と問いかけると、
「お医者様に『シスAB型だろう』と言って貰えたの、でも夫から『長男は僕の子供ではないかもしれない』と言われているの」といって嘆いていた。

 また長男は、いつかは夫の和菓子屋を継ぎたいと言って、今は他県で修行をしているが、性格は旦那様とは真逆らしく、旦那様は繊細な性格でお客さんには真心重視で接しているが、長男はクールに割る切るタイプだそうで、旦那様は長男とは同じ店では働かない方が良いと言っていて、地元には戻らない方が良いとまで言っていることが納得できないと言って悩んでおられた。

 祥子はスキーバスの中での中島が西沢に話していた内容が思い出された、その時は不妊治療の一環だとして聞き耳を立てていたのだが、疑問に思ったことがあって、横から割り込んで質問をしていたのだ。それは、セックスの後に膣洗浄をすると言ったからだ。
「何故、洗浄したら妊娠に成功するの」と聞いていたのだ。
 洗浄には60㏄のグリセリン浣腸液の容器の中身を捨てて、精製水に入れ替えて、洗浄液として使用するというのだ。避妊するために使うと言うのなら分かるが、妊娠を成功させるために使うという理由が理解できなかったから、しきりに聞いていたものだ、しかし曖昧にしか答えては貰えなかった。

 しかし、その答えは分かった。
 それはコテージで眠らされ、強姦されていたときにも聞いていたからだ。

 中島に強姦されているとき、中島は西澤に向かって
「鞄のポケットにタオルで包んでいるやつを持って来て、グリセリン浣腸と精製水と避妊リングと精子を殺す錠剤がはいっているから、持って来て」
 三橋くんが
「もうそこまでするな、もう止めろ」と言っている。
「あかんのや、ボスの指示なんや、あいつは精液が流れ出ている映像を撮りたいんや、そのあとに膣洗浄するんや、ボスは射精の後にしばらく放置して妊娠させろというけど、わしはそこまで悪人と違うから、避妊リングと錠剤を使うんや」
 西澤は中島の要求しているものが見つけられなかったようで、中島は祥子から離れて、自分で鞄のところまで行った。その時に、二階から誰かが降りて来る足音が聞こえ、行為は終わった。
 グリセリン浣腸60ccの説明をすると、市販のイチジク浣腸と比べると直腸に挿入する箇所が長く、10㎝ほどあるために、容器を膣洗浄に使用したのだろう。

 ワルシは強姦・映像・販売だけでなく、妊娠させることまで楽しんでいる。その奇行ぶりはサイコパスそのものであり、化け物だ。一体何人の女性を妊娠させたのだろう、おそらく経営している調剤薬局の従業員や訪れる患者さんも標的になっているに違いない。
 
 祥子は、ある温泉旅館で流れてきた無料アダルト放送に敏美さんに似た女性を見ていたことを思い出した。そのときは、似ているだけで本人のはずはないと思い、すっかり忘れていたが、その女性は眠っていて、モザイクのかかっている女性性器の辺りにテロップで、
「二回目、結婚祝いしたった」と書かれていたのだ。

 祥子の脳裏に恐ろしいことが過った。ワルシは祥子の夫やマンションの自治会や同窓生に猥褻なチラシを送っていたと同様に、敏美さんの旦那さんにも送っているに違いないと思った。だから敏美さんの旦那様は、同じような写真を長男にも送られてしまう恐れがあると考え、地元に帰らない方が良いと言っているのではないかと推測している。

 やはりワルシを野放しにさせてはいけない、パソコン内などのデーターを削除しなければならないのだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み