第28話 ヤカン①

文字数 996文字

 1986年、入社一年目の祥子は始めて、S県立公立病院青年交流会のスキーツアーに参加することになった。
 ワルシは毎年参加しているようだ。
 この冬は八方尾根、朝食と夕食は部屋ごとに(同じ職場の女子)が一つのテーブルで食べた、そのときのお茶は、厨房カウンターにヤカンが並んでいて、各自でテーブルに持って来て飲むのであるが、初日か二日目の夜
「女子には美味しいお茶を用意したったでぇー」と言って、ワルシがヤカンを持って来てくれた、一見、他のヤカンと変わりないが、当時は、冗談だと思いながらも気を良くしながらヤカンを受け取り、それぞれの湯呑に注いでいた、その時
「やっぱり特別なそのお茶は、隣のテーブルにあげて」とワルシは言いにきた、
「なんでよ!、もう注いでるし、お隣さんにはカウンターのお茶を取ってあげてよ」
「あかん、そのお茶をお隣さんに回して」と強引に言って、放射線科の下村さんに置き換えるように指示を出している。気の優しい下村さんはワルシの指示通り、祥子達のヤカンを隣のテーブルに渡した。

 翌朝、スキー場へ行こうとしていたとき、出入り口付近で男子が一人ずつ尋問を受けていた。そしてこんな噂が流れてきて騒然となっていた。
「大部屋の女子が寝ている間にレイプされていたらしいよ」
「寝ている間に?大部屋で?」
 実際にそんなに大胆なことが起こるなど信じられなかった、そんなとき
「妄想という噂も流れてんぞ」と祥子の後ろに立っているワルシが言った。
「どこから?」と言ってワルシの後方の人を振り向いた、その人はキョトンとした顔をしていて、噂の出どころは知らない様子だった。ワルシは少し遠い方向を見て、
「誰かがそう言っていた」と言う。どこから噂が流れて来たのかが気になっていた時に
 下村さんが呼ばれて、他の人たちに比べて尋問の時間が長いのが気になった。下村さんがそのようなことをするわけがないので、直ぐに解放されるだろうと思って待っていたが、
「濃厚らしいよ」という噂が流れてきた。

 〝まさか!同じ職場の人が犯人であるはずがない!‟

「そんなん、何かの間違いやで」

 そんなときにワルシが
「わしが文句言うてきたる」
 そう言って警察官に何かを言いに行った。それによりようやく下村さんは解放され、ゲレンデへと向かうことが出来た。このときのワルシの行動をみて、やはりワルシは頼りがいのあるリーダーなのだと勘違いしてしまっていた。
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登場人物紹介

祥子・・55歳~57歳、温厚な性格の夫と、成人になった二人の子供と猫との4人と1匹の家族、独身の頃は看護師をしていたが結婚退職の後は専業主婦、その後起業した夫の会社で働く、手術を要する病気2回(一つは癌)を乗り越え、仕事と家事の合間に短歌、作文、絵、神社仏閣巡りなどの趣味を嗜む

敬寿・・祥子の夫(59歳~61歳)41歳で起業する、その頃は祥子の看護師復帰を反対するほどワンマンではあったが、祥子が病気になってからは祥子の身を案じ、家事も手伝い、ワンマンさは消える。寡黙でありながら家族から尊敬されている。趣味は釣り、祥子の付き合いで神社仏閣巡りにも行く。

二木輝幸さん・・青年のシルエットが祥子の瞼の裏に現れて訴えかけてくる。その後名前が分かる、祥子は「輝君」と呼んでいる。

大黒仁志(おおぐろひとし)/別名「オオ、ハラ黒ワルシ」・・薬剤師、祥子とはK病院時代からの知り合いであるが、祥子がK病院を退職した同時期に、独立して調剤薬局の経営者となる、今ではS県内に10店舗経営しているが、裏稼業にレイプドラッグ及び強姦映像の販売をしている。悪行を企てている時の目がランランと光りテンションが高い、一見して明るく社交的で饒舌、リーダーシップを発揮するために頼りがいのある人物に見間違えるが、女性を嵌める為の機を窺っていて、巧みに嘘を重ねる。

夏美・・大黒仁志の妻、祥子とは看護学生時代の同級生であり、K病院では同じ病棟で働いたいた同僚でもある。

六林婦人科医・・この物語では過去の人物としてしか登場しないが、六林医師の盗撮がなければ、祥子はワルシに狙われる事はなかった為に重要人物である。

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