──その終
文字数 1,937文字
「ほ、ほら、あそこ!」
駐車場から浜辺に行く道は緩やかな下りとなっていて、その境目に立つとよっぴの指差す箇所がほぼ一望できた。
白、緑、オレンジ色と並んだ海の家の20メートルほど先、シーズン中でありながらもそこだけはまるで異空間であるかのように、他の人々から隔絶とされていた。黄色いロープの張られた立ち入り禁止区域のように。
根源はその土俵くらいの広さの中心に居る四人の男たちの仕業だろう。殺伐とした空気を漂わせながら三人が一人を囲んでいた。
「……もしかして、あそこで囲まれてる奴が、ナガなのか?」
「そう、あそこで三人組に囲まれてるのがナガ」
よっぴの視力はそれを長所と履歴書に記入してしまうくらいに良い。だから特徴的な容姿のナガはもちろん、その周りを囲ってる奴らの“ガラの悪さ”も的確に説明してくれる。
アロハシャツとサングラスと坊主頭。滲み出ている雰囲気はこれでもかってくらいチンピラ風。
「……絡まれてるの、ナガ?」
「そうねぇ、取り敢えず逃げられないように足を踏まれてるわね」
「なんでそんな状況になってるの?」
「ね、大変でしょ。早く助けてあげてよ」
こういう時に限ってでんちゃんはいない。だから僕とボトケと田中は取り敢えず助けに向かったが、あっさりと玉砕された。
その日の帰り道。車内でナガは当然のように怒っていた。
「ふざけんなよ。ふざけんなよ! 何がドッキリだ! ふざけんなよッ!」
くいっ、くいっ。自慢の顎も激昂している。
「だからそれは何度も謝ってるでしょ。不眠時特有の妙なテンションのせいだって。男性陣はみんな殴られたんだから、もうそれでいいじゃない。しつこい男は女にモテないわよ」
よっぴは案外過去を振り返らない。助手席のしぃと共にラジオから流れる音楽を陽気に口ずさむほどに。僕たち男性陣はこんなにも顔を腫らして泣きそうだってのに。
「それよりナガ、言いたい事があるのはこっちの方よ。なにあの状況? なんでわたし達が目を離してる隙に絡まれるてるの?」
よっぴのその質問は皆の代弁でもあった。僕たち男性陣が殴られた理由はなんだい? 返答はやや暫く後に苦虫を噛んだような顔と共に語られた。
◇◇◇
「暑かったんだ、俺は……」
まるで映画のタイトルのような言い回し。
「だから俺は服を脱いだんだ。まさか、外……しかも海に来てるなんて思ってもなかったからな」
なんともか細い声。自慢の顎も勢いを失い始めている。
「脱いだんだよ。そう、俺は。こうやってシャツを……」
言うとナガはこの場でシャツを脱ぎ始めた。途端によっぴとしぃが「うわっ!」と驚嘆の声をあげた。それは同性から見ても思わず後退りしてしまうような立派な“発育”だった。
まるで“闇”と見間違うかのような胸毛。
「子供たちが居たんだ。俺が寝ていた周りには」
子供……それが何故だかその胸毛と結び付いたのは、きっと僕だけではないだろう。
「五分が経った頃かな、急に子供たちがゲームを始めたんだ。悪魔を起こしたら負けというルールの、そんな他愛もないゲームを──」
「──悪魔ってのはすなわち、俺の胸毛の事だ」
僕たちは何も言わなかった。いや、正直なにも言えなかった。
「──本当は俺、子供たちのゲームが次第に度胸試しへと変わり、触る。が、叩く蹴る。と狂暴性を増す前から目を覚ましていたんだ」
「……」
「でも俺は、叩く蹴る。が、殴る踏む。となっても寝たふりを続けた。だって起きた場合の対応の仕方がわからなかったからな」
「……」
「でも今ふと思えばそれがいけなかったのかもしれない。子供たちはさらに調子に乗ったんだ。はしゃぎすぎて、周りに居た方々にぶつかってしまうほどに」
三人組のチンピラ登場。
「──奴らは俺にビンタをくらわせ、髪を引っ張りながら強引に立たせると、この子供らはお前のツレか? って訊いてきたんだ」
「……」
「違います。なんて答える暇はなかったな……だって三人組のチンピラは俺の“顔”を見るなり、ふざけてんのかッ! って怒鳴声を張り上げてきたんだから」
くいっ、くいっ。僕は本当に失礼で申し訳ないのだが、ナガが“顔”と発言した瞬間に思わず視線が顎へといってしまっていた。
「──なあ、俺の顔ってそんなにムカつかれる顔か?」
くいっ、くいっ。
僕たちは取り敢えず「たまたまだよ…」と声を揃えると、運転手のよっぴは運転に集中する“ふり”をし、他の者たちは寝た“ふり”をした。
だってこの可哀想な話の結末が、僕たちの爆笑ではナガがあまりにも悲惨だから。
悪魔の胸毛に、ふざけた顎……。
寝たふりをしている僕たちがどれだけ必死に笑いを堪えていたかは説明するまでもないだろう。
そもそも悪いのは、当然僕たちだし……。
駐車場から浜辺に行く道は緩やかな下りとなっていて、その境目に立つとよっぴの指差す箇所がほぼ一望できた。
白、緑、オレンジ色と並んだ海の家の20メートルほど先、シーズン中でありながらもそこだけはまるで異空間であるかのように、他の人々から隔絶とされていた。黄色いロープの張られた立ち入り禁止区域のように。
根源はその土俵くらいの広さの中心に居る四人の男たちの仕業だろう。殺伐とした空気を漂わせながら三人が一人を囲んでいた。
「……もしかして、あそこで囲まれてる奴が、ナガなのか?」
「そう、あそこで三人組に囲まれてるのがナガ」
よっぴの視力はそれを長所と履歴書に記入してしまうくらいに良い。だから特徴的な容姿のナガはもちろん、その周りを囲ってる奴らの“ガラの悪さ”も的確に説明してくれる。
アロハシャツとサングラスと坊主頭。滲み出ている雰囲気はこれでもかってくらいチンピラ風。
「……絡まれてるの、ナガ?」
「そうねぇ、取り敢えず逃げられないように足を踏まれてるわね」
「なんでそんな状況になってるの?」
「ね、大変でしょ。早く助けてあげてよ」
こういう時に限ってでんちゃんはいない。だから僕とボトケと田中は取り敢えず助けに向かったが、あっさりと玉砕された。
その日の帰り道。車内でナガは当然のように怒っていた。
「ふざけんなよ。ふざけんなよ! 何がドッキリだ! ふざけんなよッ!」
くいっ、くいっ。自慢の顎も激昂している。
「だからそれは何度も謝ってるでしょ。不眠時特有の妙なテンションのせいだって。男性陣はみんな殴られたんだから、もうそれでいいじゃない。しつこい男は女にモテないわよ」
よっぴは案外過去を振り返らない。助手席のしぃと共にラジオから流れる音楽を陽気に口ずさむほどに。僕たち男性陣はこんなにも顔を腫らして泣きそうだってのに。
「それよりナガ、言いたい事があるのはこっちの方よ。なにあの状況? なんでわたし達が目を離してる隙に絡まれるてるの?」
よっぴのその質問は皆の代弁でもあった。僕たち男性陣が殴られた理由はなんだい? 返答はやや暫く後に苦虫を噛んだような顔と共に語られた。
◇◇◇
「暑かったんだ、俺は……」
まるで映画のタイトルのような言い回し。
「だから俺は服を脱いだんだ。まさか、外……しかも海に来てるなんて思ってもなかったからな」
なんともか細い声。自慢の顎も勢いを失い始めている。
「脱いだんだよ。そう、俺は。こうやってシャツを……」
言うとナガはこの場でシャツを脱ぎ始めた。途端によっぴとしぃが「うわっ!」と驚嘆の声をあげた。それは同性から見ても思わず後退りしてしまうような立派な“発育”だった。
まるで“闇”と見間違うかのような胸毛。
「子供たちが居たんだ。俺が寝ていた周りには」
子供……それが何故だかその胸毛と結び付いたのは、きっと僕だけではないだろう。
「五分が経った頃かな、急に子供たちがゲームを始めたんだ。悪魔を起こしたら負けというルールの、そんな他愛もないゲームを──」
「──悪魔ってのはすなわち、俺の胸毛の事だ」
僕たちは何も言わなかった。いや、正直なにも言えなかった。
「──本当は俺、子供たちのゲームが次第に度胸試しへと変わり、触る。が、叩く蹴る。と狂暴性を増す前から目を覚ましていたんだ」
「……」
「でも俺は、叩く蹴る。が、殴る踏む。となっても寝たふりを続けた。だって起きた場合の対応の仕方がわからなかったからな」
「……」
「でも今ふと思えばそれがいけなかったのかもしれない。子供たちはさらに調子に乗ったんだ。はしゃぎすぎて、周りに居た方々にぶつかってしまうほどに」
三人組のチンピラ登場。
「──奴らは俺にビンタをくらわせ、髪を引っ張りながら強引に立たせると、この子供らはお前のツレか? って訊いてきたんだ」
「……」
「違います。なんて答える暇はなかったな……だって三人組のチンピラは俺の“顔”を見るなり、ふざけてんのかッ! って怒鳴声を張り上げてきたんだから」
くいっ、くいっ。僕は本当に失礼で申し訳ないのだが、ナガが“顔”と発言した瞬間に思わず視線が顎へといってしまっていた。
「──なあ、俺の顔ってそんなにムカつかれる顔か?」
くいっ、くいっ。
僕たちは取り敢えず「たまたまだよ…」と声を揃えると、運転手のよっぴは運転に集中する“ふり”をし、他の者たちは寝た“ふり”をした。
だってこの可哀想な話の結末が、僕たちの爆笑ではナガがあまりにも悲惨だから。
悪魔の胸毛に、ふざけた顎……。
寝たふりをしている僕たちがどれだけ必死に笑いを堪えていたかは説明するまでもないだろう。
そもそも悪いのは、当然僕たちだし……。